第二章・6 「導き出した答え」
身を粉にして蟻の小隊のごとく延々と任務をこなし、空いた時間があればヒロトと言霊について話し合ったが、死神の存在をヒロトには打ち明けることはできなかった。
カナデの暴露で、自分の家族に集会や当主について隠されていたことをつい最近知った俺だが、なぜそうする必要があったのかと考えてしまうのだ。それが邪魔してしまい、今はまだ秘密にしておこうと決めた。
そうして今日、任務で国外に出向いていた青島班は、帰る途中で日が暮れてきたため野宿をする事となった。近くで獣の唸り声が聞こえてきても、ビビる自分を誤魔化しながら、時間を無駄にしないようにと合宿のために青島隊長と修行に励んでいた。
そのすぐ近くでは、焚き火の炎に赤々と顔を染めながら修行の様子を見ているカナデがいる。周囲を暖める火と同じくして俺の心に安らぎと温もりをくれるだけでなく、目も魂も奪われるほどに可愛かった。
「よし、今夜はここまでだ。明日、北闇に戻り休暇を終えた後、いよいよ明後日は合同強化合宿となる。今のうちから体を充分に休めておこう」
青島隊長が修行の終わりを告げて、俺は大きく息を吐き出した。
身体は湯気がたたんばかりに汗まみれになっていて、脱いでいた小袖を手に取ったものの、あまりの汗の量に着るのをやめて青島隊長の横に腰を下ろした。
ゆらゆらと生き物のように蠢く炎を見ていると、なぜだかあいつが脳裏をよぎる。
「……青島隊長、少しいいですか?」
他の三人と離れ、声が聞こえないところまで移動した俺は前から気になっていた事を尋ねてみることにした。それは、俺の前に姿を現した死神に関することだ。
鬼と一戦交えたとされる青島隊長なら何か知っているのではないかと思ったのだ。
三人と距離を置き、小声で尋ねる。
「二十年前くらいに起きた戦争で、青島隊長は鬼と戦ったと伝説を残しています。先生は獣かなにかだと説明していましたが、そいつは本当に獣だったんですか?」
先生は鬼は存在しないと断言し、別の生き物だったのではないかと話していた。
あいつのことをイツキに話した時は、イツキは妖ではないかと推測していたが、胸のどこかで突っかかりを感じるのだ。なぜだか俺には、獣でも妖でもない生き物に思えて、あいつの存在がずっと頭の中をちらついている。
俺の問いに、木の幹を背もたれにして腕を組んだ青島隊長は、離れた場所にいるヒロトたちを横目に口を開いた。
「あの生き物のことか……。あいつの姿は今でも明確に覚えているが、私にもその正体はわからん。しかし、これはあくまで俺の勝手な推測にすぎんが一つだけ可能性がある。……ナオトよ、訓練校で「重度」について話されたか?」
「伝説とだけ……」
「私は、それではないかと考えている。そもそも、教師が鬼や重度を伝説とするのは誰も見たことがないからなのだ。カナデのような混血者を軽度とし、重度とは、姿が半獣化、あるいは半妖化している状態の者を言うが、噂だけで私は一度たりともお目にかかった事がない。しかし、突然として戦場に現れたあいつは、例えるなら重度としか言いようがないのだ……」
「それは、獣か妖か区別がつかない生き物だったからですか?」
「まさしく、その通りだ。重度という言葉がある以上、確かにその者たちは存在した。だが昔、重度は発見次第、脅威と見なされ死刑に処されていたと聞く。今の時代、四大国全てが王家の監視下にある中で重度がいるとは考えにくいが……。だとすると、私が見たあの生き物はなんなのか……」
姿を現したのは戦争中の一度きりで、発見されていないのであれば今もなおどこかで生きているのではないか――。
そう言った青島隊長は、俺を見て質問に至った経緯を尋ねてきた。全てを話し、死神の特徴を伝えると、青島隊長が見た生き物とは別である事がわかったが、類似した点がいくつかあった。
「着物のような服に、角か……。ナオトが見たのは赤だな?」
「はい」
「私が見たのは白だ。白い着物に、白い角。そこだけは色違いなだけで一致する……」
「妖でしょうか?」
「断言は出来んが、一理ある。しかしお前は命を救われたのだろう? 妖という生き物は、滅多に遭遇する事はなくとも出会えば最期……。己の存在を知られたくないのか、魂を奪い去るのだ。獣やハンターと違い、どちらかと言えば死に方は綺麗であり、血の気のない姿で発見される。しかし、その死神とやらが妖だとして、お前は生かされた」
「じゃあ、鬼……なんて事はないですよね、さすがに」
俺の一言に、青島隊長は豪快に笑った。頭には大きな手が置かれ、それはあり得ないと答える。
そして、木の枝を拾うと地面に絵を描き始めた。そこに描かれたのは、金棒を片手にパンツを履いたやつだ。目つきは鋭く、口の両端からは牙のような物が飛び出していて、まるで童話に出てきそうな生き物である。
その絵はまさしく鬼だった。
「私が知る鬼はこんな感じなのだが、ナオトよ、お前はどうだ?」
「同じです……」
つまり青島隊長は、あくまで伝説や空想の中での生き物であり、三種以外に確認されていない以上「いる」と断言は出来ない――、と言いたいのだろう。となると、イツキの推測通り、妖の線が濃くなってきた。
話し終えて、三人のもとに戻り、交代で見張りを続けながら朝を迎えた。早朝に北闇に帰還し、家に帰って戦闘服を洗い、ラフな服装に着替えてベッドに寝転がって一息つく。
そして、これまでの出来事を整理した。
今から約十一年前、ここ北闇の国で双子として走流野家に誕生し、ナオトと名付けられた。生まれた時から母親の姿を見た事はなく、じいちゃんも旅に出てしまい、今では俺が暮らす一軒家には三人しか居ない。
そんな俺たちは、母さん以外の全員が薄紫色の瞳を持っていて、人間離れした特殊能力のような力を持っている。自己暗示で自身の身体能力を上げ、言葉一つで人を殺してしまう言霊の能力だ。
その力を持って闇影隊に入隊し、大猿と戦い、そして幽霊島での事件が勃発した。
それから、この二つの任務を機にいろんな不可解な出来事が巻き起こった。
大猿の任務の時には、どこからともなく聞いた事のない声が聞こえ、直後に大猿は去った。幽霊島の任務後には、言わずもがな死神の出現だ。
それに加え、イツキの体内には「ジンキ」という名の北闇の土地を守る神様が封印されていると知り、そいつは北闇の大地震を引き起こした生き物である事がわかった。その被害は、東にある東昇の国にまで及んでいる。
そこでふと、これらの出来事にはある人物が関係しているとの考えに至った。
「ユズキ……」
入隊直後、大猿の任務後の入院、イツキの体内に封印されたジンキ。いずれも必ずユズキが関与しているのだ。
上体を起こし、一点を見つめたまま思考がストップした俺は、死神の言葉の意味に辿り着いたような気でいた。
走流野家に関する答えだけでなく、俺自身が見つけられていない答えの全てをユズキが持っているのではないだろうか、と。
「俺の夢も、もしかしたら……」
彼女に話せば何か答えてくれるだろうか。なんて、淡い期待を抱きつつ、見えてきた行くべき道に心臓は強く脈を打った。




