第二章・4 「臨時授業」
あれから一ヶ月も入院し、退院して家に帰った今は戦闘服と睨めっこ状態である。
押し入れから引っ張り出し、リビングにあるテーブルの上に置いて椅子に座り、よく考えていた。
妖なのかなんなのか、とにかく俺の中での死神は、言霊の原理についてこう話していた。
――「言霊で誰かを殺める場合、何の罪も犯していない相手には一切効果がないのだ。しかし、逆の場合、言霊が与える死に方は、その者が過去に犯したやり方をそのまま相手に返す形となる」――
つまり、「死ね」と言わなくても、場合によっては死に至るというわけだ。
父さんの言う通り、俺たちは言葉を選んで口にしなければいけないし、また言霊を発動させる際には限度を考慮しなければならないが、これらを踏まえた上で、俺にこの戦闘服を着る覚悟や資格があるのだろうか。
国や国民を守るのが仕事であって、死刑執行人ではない。どれだけの悪党であっても、自分の力で人を殺めていいわけではないのだ。
それに、俺はビビリなくせに猪突猛進なタイプである事がわかった。幽霊島でのユマは海賊を威嚇してはいたが、攻撃は一切していない。
それと比較すると、闇影隊として未熟すぎるといえるだろう。
とはいっても、ユズキを探すには否応なしに戦闘服を着るしかない。
他国での決まりはさておき、北闇では一般人の夜間の出入りは禁止されており、外に出られるのは闇影隊のみとされているのだ。
となれば、ユズキに関しての情報を入手したとき、すぐに動ける態勢でいるには、戦闘服を着ないという選択肢はない。
そんな沈んだ気分を胸に、一枚の用紙を片手に深いため息をつく。
用紙には、訓練校の一室に下級歩兵隊が集まり臨時授業が行われる、とのことが書かれていた。闇影隊になってから外に出る機会が増えたため、訓練校の授業では習わなかった闇影隊の階級や他国について学ぶらしい。
先に出たヒロトを追いかけるため、重い腰を上げ、小袖に腕を羽織り栽付に足を通した。それから手甲を装着してブーツを履き、地中にのめり込みそうな重い足取りで訓練校に向かった。
教室に入ると、俺を除く十人の同期の姿と先輩方の姿があった。どうやら俺が最後のようで、みんなを待たせていたみたいだ。
手招きで呼んでくれたヒロトの隣に座り、しばらくして教室に入ってきた隊長たちのほうを向いて、初めに自己紹介を聞いた。
「青島班率いる、青島ゲンイチロウだ」
「赤坂班率いる、赤坂キョウスケ。よろしくね」
「黄瀬班率いる、黄瀬ミハルだ。よろしく頼む」
この三人は俺たち同期の各隊長で、卒業後、十一人はそれぞれの班に配属された。
赤坂隊長と黄瀬隊長の姿を目にしたのは大猿の任務を含めてこれで二度目になるが、赤坂隊長は体の一部だけを半獣化できる珍しい混血者だ。それに加え、この人は卒業試験の折り返し地点にいた男でもある。
目が合うと、にっこりと微笑まれてしまい思わず目を逸らした。
厳格があり大柄な青島隊長と比べると、赤坂隊長は細身の筋肉質でどこか抜けたような顔をしている。
黄瀬隊長は、女性らしい華奢な体格であり、目つきが優しく柔らかな面立ちだ。
そんな三人に共通していえるのは、体に残る傷跡の数だろう。見えている肌だけでも、所々に傷跡が残っており、三人が幾つもの修羅場を乗り越えてきたのは一目瞭然だった。
こうして、全員が集まったところで、青島隊長を一番手に授業は始まった。
「まず初めに、四大国について説明する。我々が住むここ北闇の国の他に、東に東昇の国・南に南光の国・西に西猛の国があり、この四つをあわせて四大国と呼ばれている。各班は任務でどれか一つの国を訪れていると思うが、時折、「王家」という言葉を耳にしてきたはずだ。王家は南光の国に君臨し、この世の秩序を保つ貴族であり、また我々闇影隊の始まりでもある」
当時、闇影隊は王家のみで構成されており、その中に混血者はいなかったのだそうだ。
混血者が闇影隊として活躍した歴史は浅く、導入する発端となったのは三種の数が急激に倍増したことにあった。
訓練校の授業でも習ったことだが、王家が南光の国にいるというのは初耳で、幽霊島の任務の時に見た南光の壁の造りが北闇よりも頑丈である事に納得がいった。
その後も青島隊長が王家について説明するものの、混血者の顔色は良くなかった。
右肩を握り締める者や、顔をしかめて窓の外を見る者、そもそも話を聞いていない者など様々で、いかに王家を嫌っているかがわかる。そんな混血者たちを青島隊長が特に注意する事もなかった。
次に教壇に立ったのは黄瀬隊長だ。見た目からは想像もつかない、太くて芯があり、なおかつインパクトのあるメリハリのきいた声で前を向くように混血者を一喝した。そして黒板にある文字を書き記す。
すると、それを見た混血者たちは真剣な面立ちへと変わった。
「……上級試験。近々、南光で上級歩兵隊への昇格をかけた試験が開催される。四大国全てから下級歩兵隊が集結し命を賭けた試験に臨む事になるが、班全員の参加が条件ではなく、あくまで自由参加だ。ご両親とよく話し合った上で、自分の意思で決めてもらいたい。最後にもう一つ、試験は不定期で開催されるため、次のチャンスはいつ訪れるかわからない。……しかし、君たちはまだ若い。経験を積んでからでも遅くはないだろう」
黄瀬隊長の話しで、今回の臨時授業が行われた意味を理解した俺は頭の中で簡潔に整理していた。
四大国についてや王家の説明、そして上級試験の参加有無。これらは全て結果として南光に繋がる内容だ。つまりは俺たちに南光を知れと言いたいのだろう。
この世界の法である王家がそこにいるとなれば、今まで通りの俺たちで国を歩く事は許されない。北闇の顔となる以上、他国が見ている前で恥を晒すような真似は出来ないのだ。
だからこそ、あらかじめ王家の存在をもう一度より詳しく教える必要があったのだと思う。
黄瀬隊長の説明が終わった後、最後に赤坂隊長が教壇に立った。しかし、何の覚悟も出来ていない俺には話しを聞く余裕はなく、ヒロトに声をかけられて初めて授業が終わっている事に気がついたほどであった。
家に帰り、また戦闘服をリビングのテーブルの上に置いた俺は、それをずっと眺めていた。
試験云々の前に、俺にこの戦闘服を着る資格があるのかわからないのだ。
海賊の時と同じ事を繰り返してしまったら――、と不安が大きな波となって押し寄せてくる。
家の引き戸が叩かれたのは、そんな時だった。
玄関に行き、引き戸を開けると、そこには赤坂隊長が立っていた。




