第一章・1 「呪われた赤子」
なんだろう、身体が暖かい――。
病院に運ばれたのだろうか。首元に目をやると白い布に身体は包まれていた。
起き上がろうとするも、身動きが取れず、耳鳴りも治っていない事に気づく。打ち所が悪かったのだろうか。そんな事を考えながら、辺りを見渡してみた。
まだ視界はぼんやりとしていてよく見えなかったけど、どうしてか俺の隣には赤ちゃんが寝転がっていた。しだいに、赤ちゃんの泣き声が聞き取れるようになり、そこで俺は愕然とする。
「やっとこさ寝かしつけたのに、起きちまったのかい。さぁ、おいで……」
そう言った誰かは、なんと赤ちゃんではなく俺を抱き上げたのだ。
声の質からして老婆である事は理解したが、どこの怪力だと文句を言おうとすると、これまた驚いた事に俺の口からはか弱い声しか出てこなかった。なんと、俺も赤ちゃんだったのだ。
耳鳴りがして倒れただけなのに何が起きたのだろうか。パニックになる俺を知らずか、老婆はこんな事を口にした。
「彼女が呪われているのか、それともお前が呪われているのか……。まったく、とんだ出産になったもんだねぇ……」
そこに他の誰かがやって来た。激しく呼吸を繰り返し、もう一人の赤ちゃんを抱きあげて俺について尋ねているが、二人は妙な会話を繰り広げる。部屋に入ってきたのは男のようだ。
「双子が生まれたと聞いたのですが……。一人ではなかったのですか?」
「……彼女が身籠もっていたのはたしかに一人。わしにも原因はわからんよ」
老婆は、先に隣に寝ていた赤ちゃんが誕生し続いて俺が生まれたと言葉を紡ぎ、原因不明の双子の出産に立ち会っていた人たちは言葉を失ったと言った。
「そんな事がどうして……。妻は無事なんですか!?」
「彼女の身体に問題はないさ。しかし、この子は突然として産道から姿を現した。用心するにこした事はない……。いいかい、目を離すんじゃないよ。わしはタモン様に報告してくる」
男に俺を渡した老婆はそのまま部屋を出て行った。
多分、俺をジッと見つめているだろう男の人は、俺の頬を突っついたり撫でたりしながら優しい口調で話しかけてくる。
その行為がくすぐったくて、自由の利かない体を無理矢理動かそうとした。それどころではないと伝えたいのに、残念な事にいくつかの単語しか口に出来ず、おまけに舌は回らない。
もしかすると夢かもしれない――。そう思い、舌を噛もうとすると歯が一本も生えていなかった。本当に赤ちゃんになったのだと現実を突きつけられた俺は、為す術もなく手足を不規則に動かす他なかった。
「君は元気がいいね。……さてと、名前はどうしようか……。一人だと思っていたからヒロトの名前しか決めてなかったんだ……」
何も知らずに、しかも気味の悪い出産を受け入れた様子の男は、俺をもう一人の赤ちゃんの横に寝かせてベッドに腰を下ろした。きっと、名前を考えてくれているのだろう。
俺はというと、突然の出来事を頭の中で整理するので必死だった。これが夢でないとして、あの時、倒れた瞬間に体に異変でも起きたのだろうか。誰かが発見してくれた時にはすでに赤ちゃんで、救急隊の人も知らずして搬送したのかもしれない。
「(いや、そうじゃない……)」
それは論点がずれている。そもそも、俺はなぜもう一度生まれたのだろうか。そう考えているうちに、ある事に気づいた俺の体は一気に温度を失っていく。
生まれたという事は、前の世界で死んだ事を意味するのではないだろうか。
でなければ、産道から姿を現したと言っていた老婆が嘘をついている事になるが、それは違うと頭が否定している。恐らく、老婆の言葉が全てだ。
となると、俺の横に座る人は新しい父さんで、俺を生んだ人は母さんになるわけだ。
何のいたずらだろうか。両親が死んだあの日を思い出した俺は、赤ちゃん特有の甲高い声でわんわんと声を上げて泣いてしまった。必死に俺をあやす新しい父さんは、なぜだか何度も謝ってくるけど、今の俺には何の説明もしてやれない。
「よし! 君の名前はナオトにしよう! うん、走流野ナオト……。君にぴったりだ」
その言葉すらも俺には毛布以上に温かく感じられて仕方がなかった。
こうして、俺は「走流野ナオト」として二度目の人生のスタートをきったわけだが、気持ちが落ち着いてくると、やはり受け入れる事は出来なかった。
つい最近まで、俺には自分の両親が存在したのだ。今のように赤ちゃんの頃から親を見た事があるわけではないが、思い出は確かに頭の中に記憶されていて、褒められた事も、怒られた事も、その時の表情も全部過去になったわけではない。
これから先、どう接していけばいいのかわからず、不安ばかりが積もり夢である事を何度も願った。
と、そんな時だ――。
いきなり、「ドン!」という音が聞こえ、建物が大きく揺れ始めた。俺とヒロトを抱き、よろめきながら外に飛び出した父さんは、辺りを見渡して呆然と立ち尽くす。
何が起きたのか全く理解出来ない俺は、ヒロトと同じようにただ父さんの顔を見上げていた。




