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蝕喰(しょくばみ)  作者: 犬丸
蝕喰=♂・ナオト編
18/47

第一章・17 「依頼詐欺」

 幽霊島に来て数日が過ぎた。


 三種がいない、安全かつ穏やかな小さな島の浜辺。そこで俺たちは交互に見張りを続けた。


 待てど暮らせど奴は姿を見せず、水平線を眺めながら完全にやる気が失われつつある中、ヒロトは今日も元気に声を張り上げている。




「俺と勝負しろ!!!!」




 ミツルに挑むその姿に、初めは青島班全員で止めていたが、今では良い暇つぶしになっているらしく、ユマは「いいぞー、やれやれー」と気の抜けた声で声援を送っていた。


 一方、ミツルはというと、どこかボンヤリとしていて全く勝負を受ける気配が感じられなかった。


 二日前、そんなミツルに耐えかねてヒロトが掴みかかった。あまりの勢いに鎖に戦闘服の首元が引っかかり、あろうことか斜めに裂けてしまった。それをミツルが元の形に戻しながら、機械のように無表情で口を開いた。




「情けない君の姿を見たくはないよ」




 ただの一言ではあるが、鼻の穴を膨らませながら激怒したヒロトに青島隊長が一喝し、タカラが縫い直してくれたおかげでこの件は丸く収まった。


 そんな穏やかな日々を過ごして数日がすぎた今日。


 眠気を誘うような、海の緩やかな響きは単調に繰り返され、潮の匂いを運ぶ風に思わずあくびが出た。




「(このまま何事もなく帰還できればなぁ……)」




 あまりの閑寂(かんじゃく)さ気が緩み、そんな甘い事を胸の中で呟いた、その時――。


 スイッチが入ったみたいに突然立ち上がった青島隊長は、遠くを見つめながら一カ所を指さした。目を凝らすと、そこには黒い点がいくつか確認できる。




「あれは……」




 一言そう呟いた青島隊長は、何が見えたのか、いきなり俺とユマを担ぎ上げ陸の方へと投げ飛ばした。


 そして、瞬きをする間もなく耳鳴りをともなう爆発音が空気を振動させた。どういうわけか、俺の頭上を青島隊長の身体が飛びこえ、目で追うと、両腕で砂埃から視界を守るヒロトとイツキの姿が確認できた。


 その全ては、スローモーションで映し出される。


 いったい何が起きたのだろうか。


 耳を押さえながらカナデの身を守るユマが海を見て立ち上がり、俺のところに駆け寄ってくると腕を引っ張り上げてさらに陸地の方へと走った。振り返ると、そこには何隻もの中型船が確認できた。

 

 甲高い音に耳を支配されるなか、タカラは必死に何かを叫んでいた。その声に、ミツルはヤシの木の根元を力強く蹴り飛ばす。すると、砂浜の中からは、とんでもない大きさのクロスボウが姿を見せた。


 矢の太さは通常の何倍もあり、二人がかりで引くのがやっとの代物だ。その間も、黒い点は放物線を描くように島をめがけて飛んでくる。


 耳鳴りが収まった頃、ようやくその黒い点の正体を突き止める事が出来た。ドーン……という鈍い音に続き、ヒュー……と高い音が鳴る。そう、あれは大砲を撃った時の音だ。


 あろうことか、一発が青島隊長をめがけて飛んできた。




「――っ、青島隊長!!」




 ふらふらと立ち上がった青島隊長に直撃した大砲は、その身を一瞬にして火だるまにしてしまう。


 人が燃える様にカナデが小さな悲鳴をあげた。両手に握る汗に温度はなく、心臓が身体中を鼓動する。

 

 死んだ――。心の中でそう呟いた。


 呆然とたたずみ、煙が晴れるのをただ静かに待った。膝から崩れ落ちたカナデの目から涙が溢れ、クロスボウの所にいるヒロトとイツキも、火の光が消えていくかのように勢いをなくす。


 しかし、青島隊長はそこに立っていた。




「……生きのいい海賊どもだ。この俺にオモチャの玉を打ち込んでくるとはな。この程度の攻撃で私を殺せると思ったのなら大間違いだ」




 腕を組みながら仁王立ちでいる青島隊長は豪快に笑う。我が目を疑うその光景に、一驚し唖然とする俺たちだったが、ふと青島隊長の武勇伝を思い出した。


 さすがは「不死身のゲンさん」だと言うべきか、その生命力の高さには、胸に釘を打たれたような気分だ。




「クロスボウを借りるぞ」




 そう言い、軽々とクロスボウを抱えた青島隊長は、狙いを定め弓を引き絞って構える。


 血管が浮き出る青島隊長の腕はめりめりと音を立て、目を細めたのと同時に中型船めがけて打ち込んだ。すると、一隻が爆発し空高く黒煙を巻き上げた。青島隊長は大砲の中に直接矢を放ったのだ。

 

 中型船が海の向こう側に消えたのを確認して、安全のためタカラの家に身を潜めた俺たちは大蛇討伐の前に片付けなければならない海賊の存在に困窮した。


 タカラの話では、海賊はもともと東昇の国の民だったそうだ。しかし、あの大地震で海に孤立し、気づけばこのような状態になっていたという。




「数年前に一度だけ直に戦ったことがあるが、奴らの怒りの矛先は常に無差別で、この島に住むうちとミツルもその対象だ。相手が子どもだろうと構いやしない!!」




 床に拳を叩き込んだタカラは、イツキと一緒に見張りで外に出たミツルを思い、その手から血を流す。


 一つ息を漏らした青島隊長は、詳しく事情を尋ね、器に酒を注いだタカラは一気にそれを飲み干し、事の始まりから語ってくれた。




「……今から十一年前、隊長さんも知っての通りあの大地震が起こった。当時、東昇の南側に住んでいたうちは海に投げ出され、荒れ狂う波に溺れかけながらもなんとか生き延びることができた……。流された島には、まだ生まれたばかりのミツルがいて――」

 



 それから、ミツルを抱きながら島で救出を待った。しかし、いつまでたっても救出はなく、釣った魚ととヤシの実だけで空腹をしのぐ日々が続いたそうだ。


 ある日、タカラは自ら海に出て東昇を目指すことにした。だが、そこに現れたのは――。




「……あの大蛇だ。まるで行く手を阻むかのように幾度となく現れ、南光にすら行けず終い。うちとミツルはこの島で生きる事を余儀なくされた。それだけならまだ良かった……」




 次に現れたのは、海賊と化した東昇の人間たちだった。船長は東昇の当主だった男で、同じく助けを待っていたが救出はなかったらしい。なんの不自由もない暮らしは一変し、当主は自分の存在価値を思い知らされ怒りに狂った。




「……しかし、なぜ海賊はあなた方を狙う……」


「うちを見て、当主はすぐに気づいたのさ……。闇影隊の上級歩兵隊だってことにね……」




 恨みを一身に受ける事になったタカラは、それから隙あらば狙われるようになったという。




「東昇を憎んでいるのは、うちだって同じだ」




 青目に怒りを宿したタカラは、そう言って壁に背中を預けた。


 そこで、ふと疑問が生まれる。「隙あらば」とはどういう意味なんだろう、と。思い当たるのは一つだけだ。




「……大蛇がいないのを見計らって襲ってくるんですか?」


「ご名答、よく気づいたな。海を支配するあの化け物は、この島と海賊の島の間に巣くい、時に浜辺を埋め尽くすほどの波を荒げる。小さな津波にも似たそれは、ごく稀に鱗を残していくんだが、初めてアレを見たときは驚いたよ……」




 全体を見たことはなくとも、鱗一つの大きさは目を疑うほどで、これでは東昇に帰れないと確信したタカラはこうして依頼することにしたそうだ。


 と、話していたその時だ――。


 なんの前触れもなく突風にあおられた俺たちは、床を転げながら家の外に投げ出された。またやって来た海賊が家の屋根を大砲で吹き飛ばしたのだ。しかもそれは至近距離からだった。


 砂場に行くと、海賊の手中にはミツルの姿があった。


 身動き出来ずにいるイツキは強く唇を噛み締め、しだいに体に異変が起き始める。その光景に目を奪われたのも束の間、緊迫した空気のなか、強引にイツキを砂浜に倒した青島隊長は次にミツルの方を見た。


 身柄は拘束されているが、怪我はないようだ。


 手出しできない状況を逆手に、全員に乗船するよう命令した船長は、船を出し自分の島へと出港した。


 何人もの漕ぎ手が二人一組で(かい)を漕ぎ、時間をかけながら島へと近づいていく。幸か不幸か、大蛇は姿を現さなかった。

 

 海賊の島は、タカラとミツルが住む島よりも小さく、岩場しかない味気ない島だ。


 主な生活は船上ですませているらしく、島には武器庫が設けられていた。どこから手に入れたのか、砲弾は数多くあり、舟を修理する道具や漁の道具まで揃っている。


 その奥には牢屋が設置されているようだ。こちらからは目視できず、そこに収容されたタカラとミツルの安否が気になるが、ユマとカナデの身も安全ではなかった。


 混血者の扱い方も把握しているらしく、連れて行かれる直前に両手を背中で縛り上げ、変身するのを封じ込めていた。


 八方ふさがりの事態に、さすがの青島隊長も張り詰めた表情を浮かべている。

 

 大勢の海賊に囲まれている俺たちは、いつ攻撃されてもおかしくはない。


 牢屋から戻ってきた船長は、あからさまな作り笑い浮かべていた。




「手荒な真似をして申し訳ねぇ」




 相手の胸の中を探るように目を細めた青島隊長は、警戒態勢を取りながら船長との距離を保つ。




「どういった理由で私の部下と依頼人を拘束したのかわからんが、我々が帰還しなければタモン様が黙ってはいないぞ」


「鬼の化身に来られちゃたまんねぇな」




 船長の言葉にふと疑問を抱いたが、一歩前に出たヒロトによってすぐに現実に引き戻される。




「貴様! タカラさんとミツルをどうするつもりだ!」




 ヒロトの問いに、わざとらしく両手を挙げて見せた船長は状況を説明してくれた。


 耳を疑うような話だが、依頼をしていたのは海賊の方だった。ここから一番近い南光に船員を数人向かわせ、各国に依頼を任せていたという。しかし、島に戻ってくる者は一人もおらず、船の残骸だけが岸辺に打ち上げられていたそうだ。


 タカラの話しと違い、俺たちは動揺を隠しきれないでいた。




「海賊の言うことなんざ信用できねぇよな。だが、事実だ。噂が広まっちまったから、女の名前を借りて依頼する他なかったが……。あれだけ部下を送ったのに一人も戻ってこねぇなんて変だろ? でも、ここら一帯の海に住むのは、俺たち海賊かあの二人だけだ。案の定、様子を見に行けば、救出を横取りされるているときた」




 薄汚れた歯を剥き出しにして男は笑ってみせたが、胸ぐらを掴み、自分に引き寄せたヒロトはこれでもかと男を睨みつけた。




「おい、おっさん……。俺が聞いてんのは二人の居場所だ」


「口の利き方に気をつけろよ、このガキめ。俺にはビゼンって名前があんだ……。覚えておけ」




 すぐさま青島隊長が二人を引き離したが、険悪な空気は一向に良くなる気配はない。なぜなら、男――ビゼンが二人の事を話さないからだ。


 このままでは話が進まないと悟ったのか、ビゼンは襟元を正して顎で部下に合図を送った。


 しばらくして、義足を取り上げられたタカラと顔を腫らしたミツルが連れて来られた。ユマとカナデも解放され、半獣化したユマはすぐに二人とカナデを海賊から遠ざけた。そして、威嚇の姿勢をとる。




「隊長さん、依頼したのはこの俺だと話したはずだ。部下を下げてくれねぇか?」


「隊長にもわかっているはずです。これは依頼詐欺だ。よって、私に海賊を保護する義務はありません」


「小さなワン公が無駄に吠えやがって……。いいか? こいつらはな、自分たちだけが助かろうと俺の部下を殺しやがったんだぞ! 罰を与えるべきだ! あの化け物に喰わせてやんだよ!!!!」


「その件だが、ビゼンさん。大蛇が部下を襲った可能性はないのか? なんの根拠もなく二人に罪を着せているようにも見えるが……」




 図星だったのか、青島隊長の声にビゼンは押し黙る。


 途方もなく重苦しい静寂のなか、空気を裂くようにユマは言葉を発する。




「だからお前たち人間は馬鹿だと罵られるんだ……。そのおかげで、混血者の命がいくつ失われたと思う……」

 



 皮膚が吊り上がり、尖った犬歯を大衆にさらしたユマは、敵の前で涙を流すまいと必死に堪えてるようだった。

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