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蝕喰(しょくばみ)  作者: 犬丸
蝕喰=♂・ナオト編
16/47

第一章・15 「安息」

 意識を取り戻して五日目。


 あんな惨事があったというのに、俺は朝っぱらから診察に訪れた医療隊の女の人と暢気に話していた。




「君、入院して二週間になるのよ?」


「そんなに……。みんなは無事なんですか?」


「何人か治療はしたけど、君の知り合いがいたかどうかはわかりかねるわね」


「ですよね……」


「それにしても、君の回復力の早さには驚いたわ。さすがセメルの息子ね」




 訓練校以来のその言葉に、自分の父親は何者なのかと思わず疑ってしまう。


 すると、そんな俺を見てか、父さんと同期だと言った女の人は体を診察しながら、父さんについて話をしてくれた。


 訓練校時代、飛び抜けた身体能力や怪我の治癒の早さに、本当に人間なのか不審を抱いた教師がタモン様相手に抗議した事があったそうだ。


 父さんの身体能力は国中で噂になっており、タモン様の耳にも届いているはずが、国が何の対策も講じない事への不満をぶちまけたのだ。


 その場には、保護者同伴で他の生徒も参加しており、当時生徒だった女の人も父親と一緒に話を聞いていたらしい。

 

 全て聞き終えた後、タモン様はこう言った。

 

 将来を担うに相応しい有望な生徒だ。何を不満に思う事があるのか知らないが、子どもが混血者かどうか調べるのに拷問の手続きを取れと頼んでるわけではないだろな、と。

 



「あの時のタモン様は惚れるほどに格好良くて、女子はみんな頬を染めていたのよ」




 そう言って、女の人は微笑んだ。


 俺はタモン様って人が国で一番偉い人だという事以外は何も知らない。見た事があるのは、訓練校の入学式の時と卒業試験の後だけだ。それはともかく、気になるのは拷問って言葉だ。




「拷問の手続きって、なんですか?」


 


 少しの間を置いて、女の人が口を開く。




「こんな事、きっと授業で教わらないわよね。……混血者が軽度か重度かを見極めるために、王家と呼ばれる貴族が拷問で確かめるの。痛みを与えるのが確実な方法らしくて、すでに確認が取れている混血者に拷問はされないけど、右肩には軽度の証として烙印が押されるのよ」




 それを聞いて、俺はカナデの戦闘服の作りが違う事に納得がいった。

 

 実は、カナデを含む混血者の戦闘服の小袖には特徴があるのだ。


 右肩から下の布がなく地肌の上から手甲を着けており、混血者は全員が右肩に白い布を巻いている。彼らだけの証か何かだと思っていたが、その布は烙印を隠すために巻いているようだ。




「もし父さんが混血者だとすると、昔から北闇に住む混血者の旧家と違って確認が取れていないから、待ち受けるは王家の拷問……ってことですよね?」


「そういうこと。教師がそんな考えに陥るほどにセメルの身体能力は凄まじく、また回復力も目を見張るものがあったの」




 診察が終わり、部屋を出て行く女の人を見送った俺は、鈍っている体に活を入れるため筋トレに励んだ。今では体を自由に動かせるようになっており、父さんの血を引くだけはあるな――、なんて思っている。


 しかし、あれだけ大猿に弄ばれて、体に受けた衝撃は大型トラックに引かれた並の衝撃を受けているはずなのに、それがたった二週間で回復するのは異様だ。


 訓練校時代に俺たち兄弟が褒められるだけで済んだのは、きっと父さんが戦果を残してくれているおかげだろうけど、中には上官のような人もいる。


 それらを考えると、走流野家の体質は理解し難いものがあるようだ。


 大量の汗をかき、それから風呂に入って、病室に戻り一眠りしようとすると部屋にはいつ来たのか丸椅子に座るユズキがいた。タオルで頭を拭きながら、向かい合うようにベッドに座る。




「なんでここに?」


「見舞いに来ただけだ。ヒロトから聞いたんだが、死にかけたらしいじゃないか」




 タオルを肩にかけた俺は、苦笑いを浮かべながら任務での事を話した。ユズキには片思いを抱く相手が知れているため話しやすい。最初、ユズキは腹を抱えながら笑っていたけど、終盤に差し掛かると途端に表情が変わった。




「……声だと? ヒロトからは幻聴だと聞いたが……」


「大猿も反応してたんだ。あれは幻聴なんかじゃない。まあ、何を言ってるのかさっぱり理解出来なかったけどな。……途中で倒れたんだけど、何か聞いてる?」


「安心しろ。あの後、救援が来たみたいで全員助かったそうだ。何はともあれ、お前が無事で良かった。もうあんな無茶はするんじゃないぞ?」


「なんだよそれ、母親みたいな言い方だな」




 言いながら、胸の中で、ユズキだとどうしてこうも話しやすいのかと不思議に思っていた。


 というのは、俺の性格上、親しくもない相手に喧嘩となると決まってヒロトの後ろに隠れるほどの逃げ腰野郎なわけで、初っぱなからあれだけ話せたのは珍しい事なのだ。


 あれを機に、一度だけではあるが、夜の公園で家族にも話せないような事をたくさん話したし、今だってそうだ。




「ユズキってさ、俺の家族よりも家族っぽい……」




 率直にそう思った。


 馬鹿にされると踏んでいたのに、何を驚いたのかユズキは目を見開き固まっている。変な事を口にしたのかと、この後の言葉に詰まっている俺にユズキは目を伏せながら話し始めた。




「僕は人間が嫌いだ。出来れば会話は避けたいし、姿すら見たくもない。だが、どうしてだか、お前は少し違うようだ」


「ヒロトと仲が良いじゃん。イツキだってそうだろ?」


「イツキとの関係には少し事情がある。……気を悪くしないで欲しいんだが、ヒロトはまた別だ。あいつはイツキと親しいだろう?」


「流れでってこと?」


「簡潔に言えばそうだ。すまない……」




 そう言い、深く頭を下げた。しかし、こればかりは仕方のない事だ。友達の友達と親しくなる場合、大半がそんな感じだろう。




「ヒロトが気にしてないなら別にいいんじゃない? 人と仲良くなるって色んな形があると思うし。……それよりも、俺は違うってどういうこと?」


「僕に家族はいないが近いものを感じていた。もし僕に兄か弟がいたら、お前のような奴だったのかと考えた事がある。なぜだか、ヒロトではなくお前だとそう直感した。……と、忘れるところだった。この手紙、ベッドの下に落ちていたぞ?」




 ユズキが手渡してきたのは、花瓶の横に置かれていたあの手紙だ。


 受け取り、目を通してみると、行の上にはカナデの名が書かれていた。任務の時に助けた礼と、復帰を待っているという内容だ。


 すると、何を思ったのか、いきなりユズキは俺の額に自分の額をくっつけてきた。俺の背中にある窓から差し込む西日で彼女の顔が照らされ、改めて見ると結構可愛い事に気づく。


 それから、もう一つ――。




「ユズキの目ってさ、変わった色してんだな」


「そうか?」




 黄金の瞳に見えるのに、光彩が一色ではなかったのだ。これくらいの至近距離にならないと気づけないが、瞳を中心に広がる光彩の線みたいなものに、黄色と紫が入り交じっている。


 綺麗な目に惹かれ見とれてしまったが、それは横に置いておくとして彼女はいったい何をしているのだろうか。




「……熱はないようだな。いきなり顔が赤くなるもんだから驚いたぞ?」


「手で確かめたらよかったんじゃ……」


「僕の友達がよくこうやるんだ。間違えたやり方なのか?」


「その友達って男?」


「ああ。それがどうした?」


「いや別に……。そうなんだ……」




 恐らく、ユズキは鈍感なのかもしれない。

 

 それから少し話した後、日も暮れ始め、彼女は帰ることとなった。


 丸椅子を片付け、扉に手をかけたユズキの背中を見て、ふと「兄か弟がいたら」との言葉を思い出す。




「あのさ……」


「なんだ?」


「俺に妹はいないからどんな感じなのかわからないけど、でももし妹がいたらユズキみたいに色んな話が出来る奴だといいなって思う。可愛すぎて、帰りが少しでも遅かったら探しに行ったりさ……。きっと、ウザイ兄貴だ」


「お前のなかで僕は妹なのか。……まあ、それで喧嘩が強ければもっと格好良いのかもしれんな」


「おい!」


「冗談だ。……ありがとう。早く治るといいな」




 ユズキを見送り、ベッドに横になった俺はもう一度カナデの手紙を読んだ。


 最後の文章にある名前を見て、初めて婚約者が誰であるかを知った。


 そいつは同期で、混血者の体力測定順で首位を独占していた旧家の子だ。少しだけ胸が痛み、手紙をくれた嬉しさと、恋敵が同期だという嫉妬が渦となり複雑な気持ちになる。




「……ソウジも感謝している。二人で待っています、か……」




 それでもやはり俺は単純なのか、手紙を枕の下に隠し、これは家宝だ、なんて思っている。二人の関係を応援する気は微塵もないが、カナデが幸せならそうせざるを得ない日が来るのかもしれない。

 

 というのは、あの言葉が常に頭を過ぎるからだ。

 


 

「薄紫色の瞳を持つ者は、必ず命を狙われる……」




 今回は相手がハンターと獣だったからこの程度で済んだのかもしれないが、もし俺たちの目を狙う奴が目の前に現れたら――。


 そう考えると、父さんの言葉の真相を突き止めない限り、俺の夢は叶わないのかもしれない。

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