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蝕喰(しょくばみ)  作者: 犬丸
蝕喰=♂・ナオト編
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第一章・13 「襲撃」

 青島隊長に呼ばれ、二人で隊列から少し離れながら先頭と平行して歩いた。


 青島隊長は、無言で前を向きながら進み眉間にシワを寄せている。怒っているのか、あるいは呆れているのか。先程の一件に対してなんの注意もなくただ黙々と進んでいた。


 それから一時間ばかり過ぎた頃だろうか。目的地まで半分の所で、ようやく青島隊長は口を開いた。厳重注意を受けるのだと覚悟を決めていたのに、出てきた言葉は俺の予想とは反対のものだった。




「よくやった」


「え? 何がですか?」


「上官に背いた事だ。あれを見せられては、誰もお前の事を臆病者だとは言うまい」


「でも、青島隊長は止めようとしていたんじゃ……」


「あの人はすぐに暴力にはしる傾向がある。止めようと思ったのだ」


「すみません……」


「謝る必要などない。あの言葉は混血者の胸に届いただろう。お前の言う通り、混血者は毎度の事ながら先陣を行き、文字通り命懸けで戦っている。だが、帰還したとて国民から称賛されるのは決まって我々人間であるのは事実だ」



 

 混血者の並外れた能力は、どんな戦闘においても力を発揮するだけでなく、己の生存率をも高めている。


 一方、人間には限界があり、一度の戦闘で出る怪我人や死者の数は混血者よりも多く、体に残る傷跡は、人間の方が死に物狂いで戦ったように映るのだ。実際、帰還した闇影隊を目にした時、俺も同じ錯覚をしていた。

 

 訓練校で、初めて半獣化・半妖化した混血者を見た時は、姿が変化していく様に感動しそれに加えて格段と跳ね上がった身体能力に心臓は高鳴った。


 この力で守られているのだと、まだ経験すらしていないのに納得してしまったのは、国が平和なのは混血者のおかげだと話してくれた父さんのおかげだろう。


 だから俺は、あの上官が軽々しく混血者に先頭を任せたのが許せなかった。


 強靱な肉体を持つ混血者には大勢が救われてきた。ならば、人間はもっと混血者を丁重に扱ってもいいはずだ。しかし、そう思うものの、戦場での出来事を知るのは闇影隊や一部の一般人のみ。


 助けられた人が周りに話さない限り、全員が事実を知ることはない。それどころか、混血者は国民から嫌われているため、まず知ろうとする人が少ないのが現状だ。




「この世界が嫌われ者に守られているって事くらい考えなくてもわかるのに……。人間だけじゃハンターには勝てませんよ……」




 後ろを振り向くと、そこには混血者と若干の距離を保ちながら歩く闇影隊の姿がある。その中央を歩く上官は仲間と談笑していて、まるで危機感がないようだった。


 これほどまでに混血者が与える安心感は大きく、おかげで隊は平和そのものだ。


 それに比べて前を歩く混血者は、アンテナを張り巡らせたみたいに周囲を警戒していて、身に纏う緊迫感は静電気を帯びたかのようにピリピリとしている。


 この違いに同じ人間として落胆せざるを得なく、前を向いて小さく息を吐いた。




「ところでナオトよ、お前はハンターが出現する前触れってやつを知っているか?」


「えっと……」




 突然の質問に急いで思考を切り替えた俺は、訓練校での基礎訓練初日に起きたあの事件を思い出した。


 というのは、下級歩兵隊になってからというもの、任務のほとんどが国外に出る人たちの護衛が中心で、主に早朝から夕方にかけて行われ最も襲撃に遭いやすい夜は避けられていたため、ハンターどころか他の二種との接触もないのだ。


 唯一の接触といえば、あの基礎訓練初日の時の事。最初に近道で道を外れた人たちが襲われて、次に探しに行った人たちが襲われ、そして俺たちも襲われた。


 その時、ハンターは――。




「あ、何か言ってたような気がします。囁き声……ですか?」


「その通り。ハンターが出現する前触れとして囁き声のようなものが聞こえるとされている。私も何度か耳にした事があるが、ハンターは《サチ》の一言だけ喋れるのだ。その理由は解明されておらず、未だに何を意味するのかは不明だ。だが、声の大きさである程度の事は把握出来る」


「声の大きさ……」


「そうだ。ハンターの数が少ないと、その声は風にかき消されてしまうが、もしハンターが集団で襲ってくる場合、サチという言葉は耳元で叫ばれたかのごとくはっきりと聞こえてくるのだ。その時は仲間を連れて死に物狂いで逃げろ」



 そう言った青島隊長に、俺は唖然としてしまった。

 

 闇影隊とは、国外に出た人を護衛したり、時にこうやって討伐に出向いたり、他国からの依頼で動いたり、最悪の場合は戦争に参戦したりと、とにかく逃げるなんて許されない部隊だ。




「なんでそんな事を言うんですか? 闇影隊が引いては、隊そのものの存在理由がなくなります」


「言っただろう? 緊急召集された場合、その先に待ち受けるのは今まで以上に生死を賭けたものになる、と。カナデにはああ言ったが、上官が混血者に先頭を任せたのは自分の命を最優先した作戦だろう。だからこそ、私はお前たちに逃げてほしいのだ。こんな愚にも付かない作戦で命を無駄にするな」



 過去に何かあったのだろうか。混血者に視線を送る青島隊長からはどこかもの悲しさを感じた。


 逃げたくない――。そう口にしかけたが、任務や戦争で多くの仲間を喪った青島隊長と同じように、俺自身も家族を喪った経験がある。あんな思いは誰にもしてほしくない。




「話がだいぶ逸れてしまったな。混血者に敬意を示すべきだという点では私も同じ気持ちだが、上官の作戦はあながち間違えたものではない。仮にハンターの襲撃にあったとしよう。後方に混血者を配置していては、動こうにも前方を塞ぐ大勢の人間が邪魔で混血者は力を発揮できないだろう?」


「あの上官がそこまで考えているとは思えません」


「それに関しては同感だ。しかし、今回任命された闇影隊の数を考えてみろ。もう少しで目的地に着くが、そこに待ち受ける物が見えてくるはずだ」




 再度後方を振り向いた俺は、五十人はいる歩兵隊の数に言葉をなくした。あまりの多さに圧倒されたのではなく、青島隊長の言葉が引き金となり、ある想像が頭に浮かんだからだ。




「大人数だから安心出来るんじゃない……。この人数じゃないと太刀打ち出来ないから……」


「そういう事だ。だからこそ、あらゆる可能性を考慮した上で先頭に混血者を配置する他ないのだ。お前は気に食わないかもしれんが、今向かっている先がハンターの巣となれば納得せざるを得ないだろう? ついでに、私が死に物狂いで逃げろと言った意味も理解出来たはずだ」


「はい……。でも、もし後方から攻められた場合はどうするんですか?」


「それは上官の責任だ。我々が配置されたのはあくまで前方。後方は後方で何か策があるのだと信じるしかあるまい」




 そう言い、青島隊長が俺の頭を強く撫で回したその時だった。




「サ……チ……」




 耳元で聞こえてきた声に足は止まり、ゆっくりと青島隊長の顔を見上げる。すると、青島隊長は小さな声でこう言った。




「逃げろ……」




 後方を振り返りながら俺の背中を押し、俺は急いでヒロトたちの元へ戻った。そして、ヒロトとカナデの手を握り、背中から聞こえてくる叫び声から逃げるように前方へ走る。続いて、他の二班も同じ方向に走り始めた。


 そこで、イツキがいない事に気づく。




「あれ、イツキは!?」


「今更かよ!! あいつは呼ばれてねぇだろうが!」




 一瞬、置いてきたしまったと焦ったが、ヒロトの言葉に胸を撫で下ろした。

 

 握っていた手を離したヒロトは、青島隊長と共に先頭を行き始めた。さすが体力測定の首位だ。青島隊長の指示に瞬時に反応し、道を邪魔する障害物を次々に排除していく。


 その中に、別の班の隊長で、折り返し地点で名簿を持っていたあの男の姿があった。混血者であり、力をコントロール出来るのか半獣化しているのは足だけだ。


 どうやら妖ではなかったらしい。

 

 その技能にヒロトも驚いたのか、目を細めて足に釘付けとなっていた。

 

 しばらくして、少し開けた場所に辿り着いた俺たちは、逃げ遅れてやって来た後方部隊の人たちを誘導し、上官は混血者の後ろに行くように指示した。


 しかし、いつまでたってもハンターは現れないどころか、気配すら感じられなかった。痺れを切らせたのか、後方辺りに居た上官は先頭に移動し新たな命令を下した。




「混血者を率いる班は、ハンターの襲撃地点まで偵察に向かえ! 残りの者……は……」




 全てを言い終える前に口を閉じた上官の顔からふと血の気が引いていく。なぜだか唇はわなわなと震え、目は怯えに染まり始めた。




「……どうしたんだ?」




 隊の誰かがそう呟いた。

 

 上官の身体は追い詰められた小動物のように丸くなり、そして機械仕掛けの歯車のごとく逃げて来た方向を振り向いた。それから、一歩二歩とこちらに寄り、大きく息を吸う。




「た、退避ー!!!!」




 目を凝らすと、上官が立っていた場所の奥に見える茂みが、闇の中で上下左右に音をたてながら動いていた。




「アレはハンターじゃねぇ……」




 そう言葉をこぼしたヒロトが、俺とカナデを庇うかのように両手を広げながら後ろに下がる。


 やがて、木が大きく揺れ初め、鼓膜を突き破るような咆哮と共に馬鹿でかい獣が姿を現した。


 三メートルはあるだろうか。


 その体長の高さに絶句し、ハンターとは別物の存在に体が強張る。

 

 三種の中で最も危険とされるのはハンターだ――。そう教えられてきたが、コレを目の前にしてそうは思えない。




「ハンターも……獣も……危険レベルは同じじゃないか……」




 俺たちの前に姿を現したのは、巨大な猿だった。




「なあ、ナオト……。お猿さんってこんなサイズだっけ?」


「こんな時に冗談言ってる場合かよ!!」




 丸くて太い尖った爪を地に食い込ませ、喉は低く唸り声を発し、目尻を険しく吊り上げ、大猿は獲物を物色するように俺たちを見下していた。


 そして、大猿が体勢を低くしたその瞬間、ただならぬ空気を感じた俺は咄嗟にヒロトの戦闘服の襟を掴みカナデも一緒に左方向に避けた。


 直後、突進してきた大猿は、両手足で歩兵隊を踏み潰し、あるいは片手で何人も弾き飛ばした。逃げ惑う歩兵隊はまるで隊列を崩された蟻みたいだ。


 立ち止まり、天に届きそうな雄叫びを上げた大猿の隙を突き、一目散に逃げた上官の後を追った俺たちは、大猿から身を隠すために洞穴へと足を踏み入れた。


 洞穴の入り口では、安全の確保をしているどころか、呆然と突っ立っている上官の姿がある。


 この行動には談笑していた仲間も怒りを爆発させた。




「なにしてんだ!! 安全確保を経ての誘導は基本中の基本だろうが!!」


 


 洞穴中に響き渡るような大声をあげて隊の一人が上官の胸ぐらに掴みかかるも、すぐに暴力にはしるはずの上官は足もとを指さしただけで言い返しもしなかった。


 洞穴の入り口から差し込む日の光で見えたのは、地面を埋め尽くす大量の骸骨だ。俺たちはその上に立っていて、気がつくと照らされていた骸骨は影に覆われていた。


 どこからともなく背中に吹き付けてきた生暖かい風は、洞穴の奥まで行き渡る。反響した音は、大猿の唸り声で、直後、俺の頭上を血をまき散らしながら数人の歩兵隊が飛んでいった。


 頭上を仰ぎ見えたのは、上半身と下半身が真っ二つに避けた仲間の姿。降り注ぐ血を全身に浴びながら、俺の目には涙が滲んでいた。

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