第一章・12 「同類」
あれから数日――。
気合いを入れ直したのも束の間、俺の心を切り裂くような事件が起きた。とはいっても、周りからするとそんな大きな事ではない。これは俺自身の問題なんだ。
「……ほら、あの子たちよ。青島さんも可哀想に……」
「化け物に加えて呪われた兄弟まで部下にもつとはな……」
イツキの件があってすっかり忘れていたが、久しぶりに耳にしたそのキーワードは、任務に出る前や国内を歩いている時に再び囁かれるようになった。どうして今頃になってまた噂が流れ始めたのかはわからない。
俯く回数が増えた俺に、気にするな――、そう目で伝えてくるヒロトに何度胸の中で謝っただろうか。
生まれてから十一年たった今でも転生した原因は掴めておらず、前の世界にいた時から度々見る夢の内容も理解出来ないでいた。それがわかれば、すぐにでも説明してやりたい。そう思うのに、噂だけが蔓延し、気づくと尾ひれまでつくようになっていた。
十一年前に起こった北闇の大地震は、俺たち三人が生まれた事が原因なのではないか。こんな風に、いつの間にか噂が大きくなっていたのだ。
これ以上ヒロトを巻き込むわけにはいかず、関与していると最初に名前が挙がったイツキに聞いてみることにした。
「なんで化け物って呼ばれてるの?」
直球すぎた質問に青島隊長を含め全員が驚いていたけど、イツキは迷う素振りも見せずにすぐに答えてくれた。その理由は俺にもわからない――、と。それから、こう言葉を紡いだ。
「でも、全く気にしてないよ。何を言われても俺は特別だから」
その言葉の意味は理解出来ないけど、イツキは自信を持ってそう口にしていた。
考えてみれば、イツキには化け物の要素がどこにもない。それに、父さんから目の話をされた時も、地震に関しては一言もなかった。ならば、どうして北闇の人はそう信じているのだろう。何を根拠にそんな噂をするようになったのだろうか。
いつしかそんな疑問を抱くようになっていた。
仮に俺たちが関与しているとして、だ。やはり原因は俺の出産なのだろうか。なんて、ヒロトとカナデを横目に見ながら考える。もしそうだとしたら、この恋が儚く散ってしまうどころか、走流野家に亀裂が生じる事になる。
こうして、悶々としながら任務に明け暮れ、それから幾日か過ぎた。
昼時、久しぶりの休暇に自宅で羽を伸ばしていると、不意に激しく玄関の引き戸が叩かれた。畳の上で横になりながらヒロトと談笑していた俺は、あまりの音の大きさに飛び起き、何事かと玄関から顔を出した。
そこには伝令隊の姿があり、緊迫した顔で立っていて嫌な予感がした。後から来たヒロトも伝令隊の表情で何かが起きたのだと悟っているようだ。
「伝令! 走流野ヒロト、走流野ナオト! 緊急召集! 至急、正門に集合せよ!!」
それだけ伝えると、伝令隊は走り去っていく。顔を見合わせ、急いで戦闘服に着替えた俺たちはすぐに正門に向かった。
正門に着くと、召集がかかった闇影隊がざっと五十人ほど集まっていた。みんなを前にして、この任務の上官を任された上級歩兵隊の人は大声で内容を説明する。
「……今しがた、ハンターの群れに襲撃された一般民から、ハンターの巣があると報告を受けた! 場所は国内から徒歩二時間ほど行った山の中腹にある洞穴だ! 我々の任務は、ハンターの討伐と巣の排除である! 先頭を行くのは混血者を含む班だ! 残りは隊列を組み周囲の安全確保!」
説明が終わると、いつの間にか後ろに立っていた青島隊長は俺の肩に手を置き前に行くよう促した。普段の俺なら弱音を吐いていただろうけど、今回ばかりを堅く口を閉ざす。
申し訳なさそうにこちらを見るカナデに、俺はちゃんと笑えただろうか。
先頭に行くと、そこには同期全員の姿があった。
卒業した十一人は三つの班に配置され、いずれにも混血者がいるためだ。どれだけ重大な任務でも年齢は関係ないのだとわかり、こんな隊列を組んだ上官に怒りを覚え、思わず睨みつけてしまった。
「なんだその目は!!」
タイミング悪く上官と目が合ってしまい、なんの警告もなしに頬を殴られる。
「命令に歯向かうのか?」
「いえ……。生まれつき目つきが悪いんで」
「貴様は確かセメルの息子だったな。貴様ら双子には噂もあるし、訓練校での成績も耳にしている。混血者とは別物ではあるが、人間の姿をした化け物という点では同じだろう。どれだけ呪われているのか、この目でしっかりと見届けてやる……」
その言葉に、荒々しいものが疾風のように心を満たした。耐えきれないものがふつふつと湧き上がり、やがて制止出来ないほどの怒りに駆られる。悶々とした感情を浄化しきれないでいた俺の耳に、青島隊長の声など届いていなかった。
「俺を馬鹿にするのは構わないけど、父さんとヒロトまで悪く言うのは許さない。それと、混血者を化け物扱いするのもやめてくれないかな? お前らより命張ってんだ……。本来なら、頭が上がらない存在のはずだろ! 守ってもらうのが当たり前だと思うなよ!! 上官なら、お前が一番前を歩きやがれ!!!!」
言うまでもなく、すぐに手が出るような奴だから俺は見せしめのように制裁された。
こいつは、ヒロトの後ろに隠れている俺と同じで臆病者だ。殴られながら、このまま成長したらこんな大人になるのかと思うと、不思議と痛みは感じられなかった。
上官の気が済むまで殴られ、手を差し伸べてくれたヒロトを払いのけた俺は自力で立ち上がった。痛くない、一人でも歩ける――。そう自分に言い聞かせると、足は勝手に前へ進んでいく。きっと、これが自己暗示ってやつだろう。
こうして、正門から出発した俺たちは報告にあった場所に向けて出発し、カナデに格好悪いところを見せまいと痛みを誤魔化しながら必死に歩き続けた。
向かいながら、カナデが青島隊長に問いかける。
「こんなに多くの闇影隊を出動させる必要があるのですか? 混血者を先頭に行かせるのなら、私たち三班だけでも良かったのではないのですか?」
「緊急召集がかかった場合、今回のように正門には多くの闇影隊が集合する。そして、そこに待ち受ける任務は今まで以上に生死を賭けたものになる……。我々が先頭を行くのはまた別問題だ」
「そうですか……」
まさかその先に待ち受ける出来事が青島隊長の言葉通りになるとは、この時は誰も想像すらしていなかった。




