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蝕喰(しょくばみ)  作者: 犬丸
蝕喰=♂・ナオト編
12/47

第一章・11 「戦闘服の重み」

 黒と緑を基調に作られた戦闘服とブーツは、手渡されたその日から着用するよう義務づけられていた。いつどこで何が起きても瞬時に行動できるよう、外出する際は必ず着て出歩かなければならない。

 

 卒業試験が終わったその日の夜、疲労が溜まっているはずなのに、なかなか寝付けなかった俺は早速着替えて外を散歩する事にした。

 

パジャマを脱ぎ捨て、真新しい小袖を羽織る。それから、小袖の羽織を包む手甲に腕を通し、腰回りがゆったりとした栽付(たっつけ)に足を通した。栽付は袴に似ていて、袴の脚が邪魔にならぬようブーツを履けば、闇影隊の戦闘服一式の出来上がりだ。

 

青島班に配属された喜びと、いつもと違う格好に意気盛んになるも、これを着て任務に出ると思うとやはり恐怖心の方が勝ってしまった。


 青島班――。


 二十年前の戦争の英雄とされる人間、青島ゲンイチロウを隊長に構成された班で、隊員には兄の「走流野ヒロト」・友達の「青空イツキ」、そして片思いの相手である「五桐カナデ」と俺を含めた四人が配属された。


 父さんと同期であることから、青島隊長の年齢は二十八歳だ。八歳という幼さで戦場を駆けた青島隊長は、かなりの実力者だろう。果たして俺がこの班に見合うのかどうか、不安である。


 音を立てぬようソッと玄関の引き戸を開けて空を仰ぐと、雲のせいでぼんやりと光る月が俺を出迎えてくれた。

 

 足音が絶えた北闇の夜は、卒業試験を忘れてしまったのか、辺りの音を全て持ち去られたかのように静寂だ。血の跡が頭を過ぎり、静かすぎる北闇に意気消沈する俺は当てもなく歩き出し、それから何気なく足を止めた場所を見渡す。




「懐かしいな……」




 そこは、小さい頃によく遊んでいた公園だった。

 

 ここには色んな思い出があるが、特に印象に残っているのはイツキだ。ブランコに揺られながら、石を投げつけられているにも関わらずやり返しもしない。ただ黙って全てを受け入れて泣いていた、あの頃のイツキ。


 ブランコに座りイツキと同じように漕いでみると突然として涙が頬を伝った。


 あれからイツキはすごく強くなり、ヒロトもどんどん前に進んでいく。同じ班である二人の足を引っ張ってしまうのではないかと思うと、ビビリで何も成長出来ていない自分が情けなく感じてきたのだ。


 それに、妄想の中でカナデを守れたとしても現実はどうだろうか。


 ユズキや青島隊長にはっきりと臆病者だと言われているし、事実そうだ。この公園で喧嘩ばかりしていたあの頃だってヒロトに守られていた。それだけでなく、試験を受ける直前に励ましてくれたのもヒロトじゃないか。


 そう、俺はまだ自分の力で何も成し遂げていないのだ。


 そんな俺が外に出ていざ戦闘になった時、いったい何が出来るだろうか。

 

 赤ちゃんの時から事情を知り、ヒロトよりも先に現実を理解したはずなのに――。




「はは……。逃げてただけじゃん」




 袖で涙を拭い夜空を仰いだ。ぼんやりとしていた月は姿を現し、俺をあざ笑うかのように照らし出す。


 と、そんな時だ。


 見上げていたはずの月が、背後から覗き込むように顔を覗かせた奴のせいで見えなくなってしまった。突然の事に驚いた俺は、女みたいな声を出しながらブランコからひっくり返った。




「すまん、驚かせるつもりはなかったんだが……」




 声に振り返ると、そこに立っていたのはユズキだった。赤くなっているだろう目を隠そうと咄嗟に下を向いた俺は、慌てて言葉を口にした。




「こ、こんな時間に何してんだよ」


「お前の方こそ、人気のない公園で何をしてるんだ」




 言いながら俺が座っていたブランコに腰を下ろし、月の影で足もとに座る俺を見下ろしているのがわかる。またあの目で見られているのではないかと気になり顔を上げると、その顔には何の感情もなかった。




「……泣いてスッキリしたか?」


「なっ!? 見ていたのか!?」


「どう声をかけたらいいのかわからなかったんだ。言っておくが、先に公園に居たのは僕だぞ?」




 熱を帯びていく顔を片腕で隠し背中を向ける。あまりの恥ずかしさに立ち上がる気力すらわかない。




「その服……。そうか、今日は卒業試験だったな。運ばれていく死体を見たんだが、お前は無事だったようだな。どんな試験を受けたらあれほどまでの被害が出るんだか」




 そういえば、ユズキは卒業試験に参加していなかった。




「イツキから何も聞いていないのか?」


「あいつは忙しい身だ。世話にはなっているが、試験の事はまだ話せていない」


「ちょっと待って。世話になっているってどういう意味?」


「一緒に住んでいるんだ。知らなかったのか?」


「初耳だけど……」


「まあ、そういう事だ。それで、試験はどうだったんだ?」




 あまり振り返りたくない試験に言葉が詰まり、そんな俺を気遣ってかユズキは一言謝ってきた。

 

 それはともかく、今更ながらユズキについて何も知らない事に気づく。


 俺とヒロトは幼い頃に国中を散策していて、その行動力のおかげか壁を修理する大工さんと親しくなったり、その人から北闇の話しを聞いたりと、その情報をもとに隅々まで冒険していた。


 しかし、北闇で一度もユズキを見かけた事がないのだ。それを思い出すと、あの大きな声を聞いた時、フェンスで囲まれた公園に彼女は突然として現れたようにも感じる。




「……ユズキってさ、どこから来たんだ?」




 問いながら再び向き直る。俺の質問に眉を下げて苦笑したユズキは、ブランコから降りて俺の横に腰を下ろした。




「どこに住んでいたのかではなく、どこから来たのかと尋ねられるとは予想外だ」




 あまり深い意味はなかったが、確かに質問の仕方はおかしい。きっとそれは、俺がこの世界じゃない場所から来たからだ。転校生にあんな質問をする奴はそういないだろう。




「僕からも聞きたい。イツキを殴ろうとしたあの日、お前は胸の内を話してくれただろう? その時、自分で妙な事を口走っていたのを覚えているか?」




 頷く事も出来なかった俺の背には、冷たい汗が流れていた。


 ユズキは、両親を喪うツラさも苦しみもわからないくせに――、と口にした俺の言葉に疑問を抱いているのだ。




「覚えていない」


「そうか……。変な事を聞いてすまなかった。それにしてもあれだ、お前は本当にヒロトと瓜二つだな。髪の色に違いがなければ区別がつかん」




 俺の髪を手に取りながら、性格は真逆だが――と言葉を紡がれ、また今後の不安に心を蝕まれた俺は、情けなくも女の子の前で泣いてしまった。




「ど、どしたんだ? 気に障るようなことを言ったか?」


「そうじゃないけど……」




 きっと、父さんみたいに優しくヒロトのように守ってくれる人ではなくて、第三者に聞いてほしかったのかもしれない。


 その相手が初っぱなから言い合いになったユズキでも、胸の中にある鬱々を全て打ち明けた俺は少しだけ爽快な気分になっていた。

 

 一方、話を聞いていた彼女はというと、首を傾げ話が飲み込めないといった様子だ。俺の話し方が悪かったのかもう一度説明しようとすると、心臓の辺りに手を添えられてしまった。




「……なに?」


「何が言いたいのか全く理解出来なかったが、自身を否定している事だけは理解出来た。言わせてもらえば、ヒロトやイツキと比べたところで能力や性格には個人差があるのだから仕方がないだろう……。それに、自分自身を蔑んでいては大切な事まで見落とすぞ」


「なんだよ、それ」


「お前には人を見る目がある。例えるならイツキの事だ。あの時、あいつは嬉しかったから泣きそうになったんだ。化け物と罵られ、誰もイツキとして見てくれないなかで、お前はイツキの本来の部分を見抜いていた。……作り笑いを浮かべ、それで闇を覆い隠そうとするあいつをな……」




 悲しそうに笑っている――。


 俺は確かにそう言ったし、その言葉に嘘はなかった。




「いいか、お前にはあの二人にはない良いところがあるんだ。臆病者だからといって、それだけがお前の性格ではないし、ヒロトに守られているからといって今後の任務の全てに支障が出るわけでもない。お前が考えるべきはそこではなく、その目で出来る事を見つけるのが先じゃないのか?」




 臆病者で人よりも一歩後ろにいる俺だからこそ、見える物もあるのではないか――。そう言ったユズキは、胸から手を離した。




「自分で自分を傷つけるような事はするな。成長したいと願うのなら、それを糧に強くなる事を考えろ。人の言葉をちゃんと聞いて、たとえそれがどんな言葉であっても生かす事を覚えるんだ。……でないと、カナデすら守れんぞ?」




 一笑したユズキに、俺の身体は一瞬にして強張る。密かに抱いている片思いは誰にも知られていないと思っていたのだ。


 そんな俺を見てか、肩頬を上げたユズキに恥ずかしさが増し、念入りに口止めした俺はその後も色んな話をした。


 それから、明日も早いという事で、公園で分かれた俺たちは別々の道を歩いた。


 途中、ユズキは俺の背中に「イツキを頼む」と声を投げてきた。手を振って返事を返せば、彼女は民家が建ち並ぶ闇の奥へと消えていった。


 家に帰り、戦闘服を着たまま布団に潜った俺は、ユズキのアドバイスを何度も思い出した。


 この戦闘服は合格を祝すだけでなく着る重みがある。それは命の重みだ。それなのに、誰かと自分を比べてばかりでは、その重みを背負う事は出来ないだろう。

 

 それを踏まえた上で、死を恐れるのではなく誰かを守れるようなそんな闇影隊になりたいと初めて夢を抱けたのは彼女のおかげなのかもしれない。

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