この世界は異世界人には住みにくい
「黙っていて、ごめんね。雅ちゃん、怒っている?」
「中二って、じゃあ私たちの小学校の思い出は?」
「えっと…。」
不自然に紗枝が目を逸らす。
中二の夏休み、紗枝は、藤原一臣と五十嵐颯也の二人係りで、この世界の常識的生活を教え込まれていた。
神さまに知識としては教えてもらっていても、実際に行動出来るわけはなく。スパルタな二人に横で常に叱られて、逃げ出した。見つからないように猫で。
そして、私に出会った。
中二の夏に猫?あの仔か。紗枝と待ち合わせしていた時の。
私が出会った猫は、グレーの毛並みの長い、まるで日本語が分かっているような仔だった。ちょっと猫にしては大きめだったかな。
塾の夏期講習の帰り道で、なくとなく立ち寄ったんだ。
家に帰っても誰もいないし。お兄も大学は家を出て一人暮らししていたから。その頃からかな、自分はいらない子じゃないかと思うようになったのは。褒めてくれるから勉強はした、仕事が大変な母に代わって家事もした。
パパを置いて転勤出来ないからと正社員を止めてパートに切り替えたのもこの頃だったかな。やってる仕事は同じみたいで、相変わらず忙しく、『正社員じゃないから、働いた分だけ時給で給料よ』と叫びながら仕事に行っていたな。今思うとお兄の学費だな。
1時間ぐらい猫としゃべっていたかな。神社の石段に座って。
男の子が猫を迎えに来たんだ。藤原一臣でも五十嵐颯也でもない。短髪のかわいい少年が。
「サーシェ、友達?」って猫と会話して…。
「お待たせ」って、紗枝が来て…。
出会った場所が神社で神さまに近かったのか。なんだかんだと神さまが紗枝を気にしていたのか。
私たちは神さまの配慮で友達になった。
「脱走して帰って来てから、急に紗枝が普通に馴染んだよな。」
「神さまがね、雅ちゃんをお手本にしてごらんって。雅ちゃんとの記憶をくれたの。臣くんや颯くんと違って、雅ちゃんは、紗枝可愛いって褒めてくれたの。優しかったの。オミみたいに。」
紗枝はその頃を思い出したのか、瞳を潤ませて、叫び始めた。
「こっちに来てからオミは怒ってばかりで、『紗枝ああしろ、こうしろ。それするな、どうして普通に出来ないんだ』って、普通ってなに?私はずっと一緒だったよ。前はオミと一緒に寝てたし、猫になってモンスターをかみ殺したら褒めてくれたのに。でもこっち来て猫とケンカしただけで怒るし、箸は使えないし、勉強はわかんないもん。」
生活環境が違いすぎるね。
紗枝は泣きながら、溜まっていた感情を吐露していく。
男二人は何も言えずに黙って聞いていた。
「雅ちゃんをお手本にして、ずっと女の子の姿のままで、臣くんって呼んで。そしたら、臣くんがまた優しくなって、笑ってくれた。だから、お父さんお母さんの家で暮らして、学校行って、笑って、頑張った。失敗したら、オミにいらないって、言われる。保健所に連れて行かれる。怖かったよ。捨てられたくない。オミと一緒にいたい。」
関を切ったように紗枝は泣き叫んでいた、藤原一臣に抱きしめられて。
「ごめんな。サーシェ、気づいてやれなくて、オレ。紗枝がいつも楽しそうに笑っていたから、気づかなかった。本当、ごめんな。」
紗枝の髪を撫でて、一生懸命謝っている、あんな藤原一臣ははじめてで、なぜか私まで照れる。
五十嵐颯也に肩をつつかれて、私たちは部屋を出る。