第8話 俺には何も関係ない話だ。いいな?
「だってしょうがないじゃないか。今まで殴りあいの喧嘩なんてしたことないし、俺が持ってるのは言語理解のスキルだけだぞ? そんなやつが乱入しても返り討ちにあうのがオチだし、足手まといが増えるだけなんだよ。あそこは自分のためにも向こうのためにも、見なかったことにするのが一番なんだって」
来た道を戻りつつ、誰に言うとはなしに言い訳を続けていた。そうするしか心の平穏を保つ方法がないにしても、よくもまあ次から次へと言い訳が出てくるものだと情けなくなる。
「いやいや、よく考えろよ、俺。あの場で俺に何ができた? 盗賊の1人でも倒せたか? 丸腰の俺が、武器持ってるやつを? どうやっても無理だろ。犠牲者が1人増えるだけだって」
しょうがなかったと言い聞かせているうちに、本当にそう思えてきた。
そうだよな、いくら正義感を持って助けに行っても、助けられないんじゃ意味がない。そりゃ助けられるなら助けたいけど、死んでしまったら元も子もないじゃないか。そこまでして助けたいとは思わないんだからしょうがない。騎士っぽい人達には悪いけど、自分の身は自分で守らないとな。
「うんうん、だから俺は何も悪くないんだよ。フラグは折っちゃったけど、こんなのムリゲーだって。
そうか! これは多分2週目以降のイベントだったんだ! あー、無理しなくて良かった!」
元気よく歩く俺の頬に1滴だけ落ちた雨は、少ししょっぱかった。
◆◆◆
道中ではさっきの馬車が通り過ぎて行った。中の様子は分からなかったが恐らく無事だろう。無事な筈だ。俺の心の平穏のためにも無事であって欲しい。とまあそれ以外は特筆すべきこともなく、休憩を挟みつつ数時間かけて漸く街に着いた。
街は背の高い石壁で覆われており、物々しさを感じる。道なりに向かって正面には大きな門が開いていて、その近くで大勢の人がたむろしていた。見た感じの様子から検問待ちの行列だろう。
だが少し雰囲気がおかしい。不思議がっているよえな、不安がっているような雰囲気なのだ。
「あのー、何か様子がおかしいみたいなんですが、何かあったんでしょうか?」
積極的に行動しない、ゆとりかつ草食系男子な俺だが勇気を振り絞って近くの人に話しかけてみた。
言語理解のスキルも、ゴブリンには通用しなかったことから内心ビクビクしていたがそんな心配は杞憂に終わり、急に話しかけてきた俺に訝しげな視線を向けながら返答してくれる。
「んん? いやあ……それがどうもここの領主様が賊に襲われたらしくてな。検問も入念にしてるみたいだな」
ギクゥッ!? そ、それってさっき見てみぬ振りをしたやつじゃないか? うう……胃がキリキリ痛む。落ち着け俺。俺には何も関係ない話だ。いいな?
それから漸く異世界人と会話できた嬉しさと気を紛らわせたい気持ちで、さっきのおっさんに話しかけまくった。
おっさんの名前はブラウンと言うらしい。ありがちすぎる名前だ。おっさんはうるさそうな顔をしながらも、無視せず話し相手になってくれた。ありがちな名前の癖にいい人だ。
「それで、ここにも冒険者ギルドってある? 登録費用とかはあったりする?」
「……お前なんも知らねぇんだな。ここくらいデカイ街なら冒険者ギルドは必ずあるし、登録料はとられねぇよ。だがお前みたいなひょろっちい奴じゃあ冒険者で名を上げるのは簡単なことじゃあねーぞ?」
「大丈夫、戦闘なんてない依頼しか受けないから」
「お前、なんも知らん癖に現実だけは見えてるんだな……」
おっさんと話しながら時間を潰していると、やがて検問が俺の番までやってきた。これも若干不審な目で見られたが特に問題なく入ることができた。関税がなかったのはラッキーだった。
街に入るとすぐに冒険者ギルドへ行って登録を済ませた。その際どうしても襲撃の話が気になって受付の人に聞いてみると、この領地の守り神とも呼ばれている領主の私兵が、主を逃がすために1人残ったらしい。その後どうなったのか調査団を送って調べている最中だそうだ。
き、聞かなきゃよかった……。盗賊って、何十人もいたぞ。それを1人でって、絶対ただじゃ済まないだろ。だめだ、気にするな俺! 俺は何も悪くないって結論は出ただろ!
そうして俺はこの話について、記憶に蓋をすることにした――
◆◆◆
冒険者になってから20年近く経った。こういう言い方をすると今でも冒険者稼業を続けているようにも聞こえるが、ギルドに登録してから1年近くで辞めている。原因はこの地で起こった戦乱だ。隣国の軍団が攻めて来てここにまで戦火が広がった。なんとか生き延びたが、同僚達の死に様を見て怖くなったのだ。
その後はブラウンのおっさんのところで下働きとしてお世話になった。この世界では四則演算ができる者も限られており、就職には困らなかった。
店で働いている間も現代知識を使ってうまいことやれないか試行錯誤を重ねていた。
まずはみんな大好きマヨネーズ。うろ覚えで作ってみたら、とても食えたものじゃないなにかができた。
鳥の唐揚げ。この時代、油はそれなりに高く材料を全部揃えようとするとかなりの金額になる。失敗を恐れて断念してしまった。
農業チートと名高いノーフォーク農法。どこの馬の骨とも分からない奴の言葉なんて聞いてくれる筈もなかった。彼らにも生活がかかっているのだから当たり前だ。付け加えるなら、更なる労働力の確保という問題もある。どうしようもなかった。
魔法も覚えようとした。だが教えてもらえる人は少なく、莫大な費用がいる。断念。
他のものにしたって既に代用品があるとか、元となる基礎技術がないとかばかりで俺の生活を良くしてくれる知識なんてなかった。
結局、現代知識でチートして俺SUGEEEEEE! したいと思っても圧倒的に知識量が足りないのだ。そう思い知るには3年もあれば十分だった。
他にも、女神に与えられた能力について考察を続けていた。俺がもらったのは『全言語理解』の筈だが、ゴブリンと話せなければ動物とも意思疎通できない。なんで? 全ての言語を理解できるんじゃないの?
これについてはまず『言語』の意味について考えないといけない。言語とは音声や文字を使って人の意志・思想・感情などの情報を表現したり伝達するものだ。そして、この情報の精度が言語かそうでないかを分けるのだと思う。
例えばボディランゲージ。身振り手振りを使えばある程度のコミュニケーションは取れるが、相手がきちんと理解できるかどうかは別だ。加えて、理解できたとしてもそれは大雑把な情報しか与えられず、言語というには乏しい。
例えばスズメ。スズメは様々な鳴き声を使い分けて情報を共有しているが、人のような会話がなされているかどうかは不明、と生前のテレビで見たことがある。しかし言語化にまでは至ってないのだろう。だって何言ってるか分からなかったもん。
このように意思疎通ができても細かい情報まで伝達できないものは言語と認識されず俺の能力の範囲外となるのだろう。
よくもまあ女神はこんな面白味もなにもない能力をくれたもんだ。
それからは結婚もせず、ハーレムも作れず何の起伏もなく過ごしてきた20年。史上希に見る大凶作による飢饉と流行り病の会わせ技によって俺の人生は誰に看取られることもなく幕を閉じた。
死因、インフルエンザ。