第4話 大事なのは考えた時間じゃなくて思慮の深さなのだよ!
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「ぷぷー! 魔力はあっても扱えないとか……! あんなに息巻いていたのに、ショボい! ショボすぎるー! ぷーくすくすくすくす!」
白い壁をスクリーン代わりにして映していた映像を見て、女神が腹を抱えて笑っている。
「はあー、笑った笑った。罰当たりで生意気な人だったけどスッキリしトゥえええええぃっ!? な、なんでまた戻ってきてるのよ!」
あまりにも驚いたのか捻りを加えてのけ反った結果、あられもない格好のまま固まっている。見てくれだけは完璧なせいで妙に扇情的になった光景に、自然と前屈みになった。
露骨に顔に出ていたのだろう、俺の視線に気づいた女神は素早く居住まいを正し『えっち』と恨みがましそうな膨れっ面で弱々しく睨んできた。その仕草がまた堪らなくいやそうじゃないそんなことよりもっと大事なことがあった。
それはさっきまでの俺のことだ。前回の異世界へ行った俺は、前々回のやり取りや結末を一切覚えていなかった。その後の女神とのやり取りも一部を残してきれいさっぱり忘れていた。だがここに戻った瞬間には前回のことも、前々回のことも覚えているという感じだ。これはつまり……どういうことだ?
「もうっ! 聞いてるの!?」
いつの間にか女神が近づいてぷりぷり怒っていた。一生懸命睨んでいるが迫力といったものが全くなく、ついついぷくっと膨らんでいる頬っぺたを指で押してしまう。すぐに手を払い退けられてしまった。
「むー! むー! むぅぅぅ! ほんっとに罰当たりな人ね、あなたはっ! 私は不法侵入だって怒ってるのよ! でも来ちゃったものはしょうがないし規則だからさっさと欲しいもの言って出てってって言ってるのー!」
「そうするつもりだがちょっと待ってくれよ。さすがに3回目ともなると色々考えたくもなる」
「まーたーなーいー!」
座り込んでウンウン考える俺に対し、ポカポカと殴り付ける女神。だがこれが全く痛くも痒くもない。悲しいレベルで非力だった。
さて、こんな奴はほっといて何がいいか……。まず分かっていることは向こうの世界へ行くと、今までのやり取りを忘れてしまってるということだ。元の世界で死んで女神から何か貰って初めての異世界転移、という記憶しか残らない。そして俺が本来持っている魔力では凄い魔法は使えず、だからといって魔力をブーストしても扱い方が分からない。
何このムリゲー? そもそも情報が少なすぎる。
「なあ、異世界についてもうちょっと教えてくれよ。例えばどっちへ向かえば街があるのかとか……」
「じゃあ今度はそれを願うのね!」
「え? いやいや、こんなのただの予備知識だろ。ちょっとくらい教えてくれてもいいだろ?」
殴っていた手を止めてやれやれとジェスチャーする。
「あのね、あなたは2度、神の恩恵という名の奇跡を受けているのよ? 1つは死をなかったことにして異世界へ転移すること、そしてもう1つが、何でも1つ恩恵を受けられるというもの。
何らかの運命を背負って生まれた人でも奇跡を受けられるかどうかってところなのにそれを2つもなんて、お詫びを兼ねていたとしても破格のことなのよ? これ以上何かを与えるなんて、できるわけないじゃない」
バカっぽさは鳴りを潜め、理知的な雰囲気は正しく女神を彷彿とさせる。空気まで変わった気がして、俺は思わず息を飲んでしまう。
そして女神は……またポカポカと殴り始めた。台無しだった。
結局バカっぽいという評価を拭えないやつだが、言ってることは分かる。納得はできないけど。つまり1つだけってそういう意味かよ、ちくしょう。
ということで全く納得できないが魔法は諦めないといけないようだ。不満は勿論あるが、それならそれで考えを改めないといけない。
考えろ、何を貰えば無双できる? 例えばさっきからずっと殴り続けているこの女神とかは……? いやダメだ。一見チートそうに見えるキャラは実はすげーポンコツだって相場が決まっている。特にこいつなんかは言動の端々からポンコツっぷりが透けて見えるのに、わざわざ選ぶなんて地雷を踏みに行くようなもんだ。
「あーっ! いますっごい失礼なこと考えてたでしょ!」
「気のせいだ」
女神の追究を完全に無視して考える。魔法という手は塞がれた。ならこれも使い古されているが、伝説の剣的な物はどうだ? そうだ、それがいい。ここまでの思考、1分。大事なのは考えた時間じゃなくて思慮の深さなのだよ!
「よし、決まったぞ。俺が望むのは、伝説の剣、エクスカリバーだっ!」
◆◆◆
気付けばそこは深い森の中だった。落下した覚えはあるんだが着地した感覚は全く無く、唐突にそこに居たという感じだった。
「フム。異世界への入りとしては詰めが甘いとしか言いようが無いな。こういう場合は高空からの落下で死を予感させておいて超常的な力で助かるってのが普通だろ。これくらい常識だろ、常識」
やれやれ、全くやれやれだぜ。まあそんなことはどうでもいい。目の前にある物に比べたら些細なことだ。
そう、目の前には神々しく光る剣が地面に突き立っていた。物言わぬ剣のはずなのに、ただそこにあるだけでビリビリと気圧されてしまいそうになる。これは間違いなく俺の望んだ聖剣エクスカリバーだ。
期待に胸を膨らませながら聖剣を引き抜く……引き……引き抜……けない。
「なんで抜けないんだよ!」
そこでふとエクスカリバーにまつわる話を思い出した。
――聖剣エクスカリバーは、神により王に任命された、ユーサー・ペンドラゴンの正当な跡継ぎにしか使えない――
俺は呆然とした。 思い描いていた理想と現実がかけ離れ過ぎたショックで何も考えられなくなった俺は、しばらくして現れた魔物によってあっけなく殺された。
死因、鈍器による外傷性クモ膜下出血。
◆◆◆
「もぉー! またきたぁー! なんでいっつもいっつも戻ってくるのよぉー!」
「ああそうさ……。あれは間違いなく聖剣エクスカリバーだ。だって俺じゃあ引き抜けなかったもんな……。えっ? ペンドラゴン家? いえいえ、うちは何の伝統もないただの尾垣家ですよ……」
いつもの部屋で膝を抱えてうちひしがれる俺と、その俺をポコスカ殴り続ける女神。
1時間に渡る間、俺たちは飽きもせず同じことを繰り返していた。