第20話 あ、これ逃げられないわ
隊長たちの会議でぼーっとしたり、新型気球のテスト飛行をぼーっと見たり、うちの部隊の飛行訓練をぼーっと見学したり、副隊長に突っかかられたり、口論になって泣かせてしまったり、マリーたちとお喋りしたりしていた。隊長と気球の現場総監督を任されたのに、仕事量は前より減っていた。なんだよ、最高じゃん隊長。
暇になったのでもうちょっとなにかできないか考えた。火炎瓶とかやっちゃうか? 色んな意味で炎上しそうだ。と思ったけど無理でした。この時代、ガラスは紙とかそこら辺の高級品とは目じゃないくらい高くて、とてもじゃないが使い捨てるようなことはできない。まあ、どれだけチート能力を持ってても某通販サイトからお取り寄せできなかったんだから、俺に何かができようはずもないわな。
そんなこんなで宣戦布告される前から攻めてくることは察知して準備していたので、宣戦布告後には行軍して陣を敷くだけだった。合戦場に着くと気球を1台飛ばせて見張り台にする。
「櫓を組まなくてもいい上に、櫓より高い所から見張れる。ワイバーンみたいに偵察に行かせることができる上に、ワイバーンより長く飛んでいられる。もうこの時点で気球の有用性は示せてるし、帰っていいかな?」
「ふぉっふぉっふぉっ。ならば、わが隊はこんなものではないと見せ付ける機会がまだある、ということですな」
レイルズ隊長がさりげなく俺の後ろに回って肩に手を置く。あ、これ逃げられないわ。
「おい貴様! ワイバーンが気球より劣っているように言うのは止めろ! ワイバーンには速さと機動力がある。敵と交戦すれば、ワイバーンの方が優秀だと証明してやるからな!」
「ああ。やっぱりワイバーンがいないと、気球だけじゃどうにもならないからな。頼んだぞ」
「へっ? あ、ああ。わ、分かった……」
合戦前なので激励の意味を込めて言ってやると、すっとんきょうな声を上げられた。なんだよ、意外だったか? でも本心なんだけどなあ……。
なんだか周りのやつらも俺たちの口喧嘩を楽しみにしているみたいだし……。しゃあなしだぞ?
「なんだ? 言い返してくるとでも思ったか? そんなことするかよ、ばーか! お前に構ってやれるほど暇じゃねーんだよ、ばーか!」
「ぐぬぬ……! 暇じゃないと言ってるくせにばかばか言ってるじゃないか、ばーか! この……えっと……ばーかばーか!」
◆◆◆
敵発見の報告を受け、思い思いにくつろいでいた全軍に緊張が走る。
もう少ししたら戦いが始まるんだ。何度人生をやり直しても、この緊張感だけは慣れることはなかった。思わず生唾を飲み込む。
「なあ、レイルズ隊長。隊長は緊張したり、怖いと思ったことはないのか?」
いつもと変わらぬ姿で泰然と構える隊長を見ていると、そう聞かずにはいられなかった。緊張を紛らすためかどうなのか、とにかく老練の戦士のアドバイスが聞きたかった。
それにしても、副隊長がレイルズさんのことを隊長、隊長言うもんだから、俺まで彼のことを隊長と呼ぶのが普通になってきた。俺と違って戦えるし、威厳もあるしで間違ってはないな。
「ふぉっふぉっ。この年になっても怖いものは怖いですぞ? 領主様のため民のためと思ってみても、いざ戦闘になると死にたくないという考えで頭が一杯になりますからなあ。だからこそ平常心が大切なのです」
「平常心ねえ……」
「そう難しく考える必要はありませんぞ? いつも通りのことすればいいのです。なんならもう一度、ティナをからかいにいってみてはいかがかな? 彼女もその周りも、多少はほぐれるでしょう」
ティナというのは副隊長のことだ。どうでもいい情報だ。
そんなことはどうでもいいとして、後方支援に徹する俺が部隊のみんなのためにできるのは、これくらいしかないのも事実だろうな。一番前に立ってみんなを引き連れるなんてできようもないし。
どれ、ならみんなの気をほぐしてやるとしますか。これはみんなが100%の実力を発揮できるために仕方なくやるんだからな? 面白がってるわけじゃないんだからな?
やれやれ、まったく、やれやれだぜ。
◆◆◆
敵軍が肉眼で確認できると、一足先に俺たちの部隊の行動が始まる。飛ばす気球は4台。これで敵軍の配置や伏兵を警戒する。乗るのはそれぞれ魔法兵1人と弓兵1人。気球はロープで地面と繋げているので、魔法兵1人で飛ばすことができる。そして必要に応じて通信魔法で敵軍の動きを報せるという感じだ。弓兵はワイバーン対策だ。隊長たちの会議で部隊の編成を見直してもらって、弓兵を組み入れてもらっていたのだ。ぼーっとするだけじゃなく、ちゃんとやることはやってるんだぞ?
それはさておき、気球という誰も知らないない物を見て動揺を誘うのも狙いの1つだ。これは俺の想像だが文明レベルが低いほど、見たことないものに対する恐怖の度合いは大きくなると思う。それで士気を下げさせて戦闘を有利にしようという寸法だ。
事実、戦況は一方的なものになりつつあるらしい。こちらは敵の薄い所をつつけるのに、向こうは伏兵しても回り込もうとしてもすぐに察知されて叩かれる。気球を落とそうにもこちらのワイバーンが追いかけ回すし、うまくすり抜けても弓兵が待ち構えている。ワイバーンは長く飛び回れないのが弱点なので、すぐに奥へ引っ込んで制空権も難なく確保できた。
交戦2日目、搦め手が通じないと知ると真っ向正面から攻めてきた。だが綻びはどこにでも生じるものだ。そこを的確に突いて戦闘を有利に進めている。空中戦の方も、ロープに繋がれているのを見て自由に動けないと判断したのか、気球には近づいて来ずにワイバーン同士のにらみ合いが続いている。
そろそろ頃合いと見ると、領主は追い討ちとしてかくし球である大型気球も投入した。ここには弓兵と魔法兵が合計30人乗り込んでいる。大型気球の登場と同時に、待機してあった残りの気球4台を先に飛ばしておいたものと交代で飛ばす。これにはロープを付けず魔法兵2人と弓兵1人だ。
計5台の気球が大空を悠々と飛ぶ様は、相手にとっては恐怖そのものだろう。それがロープのくびきから逃れてこっちにやってくるのだからなおさらだ。逃げ出す者もいたが、それでもまだ戦おうとする者に対しては弓矢と魔法が雨のように降り注ぐ。これにはたまらず残りの兵も蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
終始戦闘を有利に進め、開戦から2日。驚異的な早さで戦争は終結した。
ここまでの戦争に関する話は、リサーチ不足のせいで詳しい人からみたらガバガバ設定になってることでしょう。気付いたところから直そうと思ってます。うーん、誰か詳しい人に間違いを指摘してもらえたらてっとり早いんだけどなあ……




