第2話 しっかりしろよ、異世界
気付けばそこは深い森の中だった。落下した覚えはあるんだが着地した感覚は全く無く、唐突にそこに居たという感じだった。
「フム。異世界への入りとしては詰めが甘いとしか言いようが無いな。こういう場合は高空からの落下で死を予感させておいて超常的な力で助かるってのが普通だろ。これくらい常識だろ、常識」
やれやれ、全くやれやれだぜ。だがまあそんな細かい所にケチ付けるのは止めておこう。なんてったってここはもう異世界なんだから。俺が長きに渡ってラノベを読み漁って何度も何度も思い描いてきた世界が、今そこにあるんだから。
しかし見渡してみても木、木、木だな。相当深い森の中らしく、植物が思い思いに生い茂るだけでこんな場所に人が生活しているなんて思えない。
まあこういうパターンは何度も読んできた。稀によく見かけるパターンだな。一見木以外何もない所のように見えるが、こんな場合でも異世界だとはっきり分かる方法はちゃんとある。
「それは……空っ! そう、地球上では1つしかない天体が異世界では大体2つ……無いな。1つだ」
薄く目を開けて空を観察するが、いくら探しても光源は1つ。燦々と照りつける太陽が1つだ。
「なんでだよっ! しっかりしろよ、異世界!」
ま、まあいいだろう。太陽は1つだが月は2つかもしれないしな。だったら夜になってから転移しろよと言いたくもなるが、日中でも薄暗い森の中で日が落ちてから放り出されたら真っ暗で何も見えなかっただろう。そんな中で何か行動しないといけないなんて、想像しただけでも身の毛がよだつ。文句を言いたいところだがここはグッジョブと言わざるをえないだろう。
「さて、まずは日が高いうちに町か村か、辿り着かないとな。どっちへ行くべきか……」
さっきから独り言を多様しているが当たり前のように返ってくる言葉はない。寂しい。
生前はボッチではないにしろ片手で足りる位の友達しかおらず、当時であればこの程度の孤独は全く問題なかった。
だが今は半ボッチどころの騒ぎではなく、完全なボッチだ。
「このボッチ空間を耐え抜いた時、俺は完全体から究極体へとなれるのかもしれない……ボッチ究極体に……」
孤独に耐えきれずついつい独り言をもらしてしまう。完全なボッチがここまで寂しいとは思わなかった。これは早く町か村を探さないといけない。
「いや待てよ?」
まただ。また独り言が出てしまう。このままではボッチの暗黒面へと堕ちてしまい、ダーク・ボッチになってしまうかもしれない。
まあそれはさておき。もしうまいこと街道が見つかったとして次に起こるのはなんだろうかと考える。考えるまでもない、戦闘だ。お姫様かお嬢様か、やんごとなき身分の者を乗せた馬車が盗賊もしくは魔物の群れに襲われてあわや命の危機、というところでばったりと遭遇するのだ。大体ここまでの流れはどの小説でも一緒だから高確率でそうなる。
だとしてだ。そうなった場合に魔法の威力や範囲が分からないと、助けたい者まで巻き込んでしまうかもしれずかなり危険なことになる。だからまずは魔法の威力を知っておく必要があるだろう。というか今すぐ使いたい。理屈っぽいことを捏ねたが魔法が使いたくてたまらなかった。
魔法の呪文は既に頭の中にある。無数にある呪文の中から、水属性の魔法を探す。なぜ水かというと、単純にこんな森の中で火属性の魔法なんて使えばろくなことにならないのが目に見えているからだ。
「最大級魔法……いや、その上に禁術というのがあるな。よし、これにしよう」
配慮はしても自重なんてしない俺は迷い無く一番強い魔法を選ぶ。
今まで読み漁ってきたラノベの多くは何段階か下の魔法で試していたが、正直その展開のたびに首を傾げていた。戦闘なら余力を残すのは分かる。たが力を試そうというのに手加減するなんて意味ないだろう。
だから俺は遠慮無く一番威力の高い魔法を使うのだ。
「呪文の内容的に氷っぽいな。そうか、水属性は氷も兼任すんのか」
魔法の法則性を1つ見つけた気がしてワクワクが止まらない。今から使う魔法も楽しみ過ぎてドキドキしてきた。
高鳴る鼓動を深呼吸で抑えて無理矢理落ち着かせる。落ち着いてきたら頭の中にある呪文の通りに詠唱を始める。
「其は氷。何者も動くこと能わず生命をも拒絶する氷の棺。あらゆるものから熱を奪い命を摘み取れ……コキュートス!」
ドクンッと体の中から何かが流れ出る感覚がある。同時に目の前で靄の様なものが渦を巻いて収束していく。ドクンッ、ドクンッと脈動する度に渦とその中心でより集まっている靄が大きくなっていく。
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ――
「あれ? これ、なんか、おかし――」
脈動が止まらない。俺の意思を離れ、体の中にある何かが決壊したように流れ続ける。意識が遠退く。
気を失いそうになる直前、霞む視界の中で靄が爆ぜるのを見た。周囲にあったものはただ1つの例外もなく一瞬で凍りつき、それでもまだ足りないと同心円状に凍てつく死神の手を伸ばす。
そう、ただ1つの例外もなくだ。魔法が発動した瞬間に冷気は使用者本人まで巻き込んで、周囲一帯隅々まで災害を撒き散らしていた。
死んだ。それはもう完膚無きまでに死んだ。死因は凍死。
何から何まで分からずじまいだったが2回目だからだろうか、死んだということだけははっきりと理解できた。