第18話 マリーお嬢様のやつならワンチャン
理論の証明と大げさに言っても特別難しいことをするわけではない。要は熱を溜めた袋が浮くことを見せてやればいいんだ。それさえできればあとはミニチュアからどんどん大きくしていけばいい。たぶん。まあそう大きくは間違ってないだろう。実験に使用するのはちょうど目に付いた紙と接着剤として蝋燭を使用。この時代、紙は高級品だがないわけではない。
「ちょっとレイタ! 急にどうしたのよ! ……って、なにをしているの?」
「ぜーっ、はーっ……。ま、マリー様、速すぎです……」
紙を袋状に折っていると、後からマリーたちがやってきた。気球を思い付いた瞬間、いてもたってもいられず部屋に戻ってしまったが、よく考えたら彼女たちにちゃんと説明して材料とかの協力を仰げばよかったかもしれない。これは絶対ドラマのせいだな。思い付いたら移動しちゃう系のドラマのせいだ。
もう一度さっきの無礼を謝罪して、気球について簡単に説明し、簡単に作ってみた紙袋とライターくらいの火の魔法で実証してみせる。
「本当だわ! 火の魔法で物が浮かせられるのね? 不思議!」
良かった。上手く浮かすことができた。ただ、これだとあんまりやり過ぎると蝋が溶けてしまうから、材料なんかは色々と検討する必要はありそうだ。
マリーたちは紙袋がプカプカと浮かぶのを見て目を丸くさせて喜んでいる。
「でも、これなら風の魔法を下から送り込んでもいいのではないかしら?」
「えっ? うーん、どうなんでしょう? 確かに、考えてみる価値はありそうですね」
「でしょう!? うふふ……」
にへら、と嬉しそうに微笑むマリー。彼女は笑い方ひとつとっても上品さを忘れない淑女なんだが、褒められると年相応の笑顔を見せてくれる。気安く頭を撫でることができないのが残念だ。
さて、うまいこと成功はしたがうちのボスに気球の開発を協力してもらうために、もう少し改良しておいたほうがいいかな。具体的にはバスケットかなにかをくくりつけて、ちゃんとした気球っぽくしておくとか。ついでに重りを乗せて飛ばすことができればもっと説得力が増すだろう。
その辺のことをマリーたちに説明して協力してもらおう。というか、そうしないと今度こそむくれて拗ねてしまうかもしれない。
◆◆◆
「ほう、これがキキュウと言うものか。話はマリーから聞いておったが、なんとも奇妙な形だな」
気球を思い付いてから十数日後、ある程度形にはなったので領主に見てもらうことになった。
改善点は、まず球の部分の素材をリネンという布にして細い木で形を補強した。そして手に提げるくらいのバスケットを紐でくくりつけて、手作り感満載な気球の完成だ。手作り感以外にまだ物は乗せてないとかそんなしょーもないこと考えなくていいからさっさとやってしまおう。
以前マリーたちに見せたものより大きな火を魔法で灯す。空中に火の玉を浮かせるような感じだ。温められた空気が上部の球に溜まっていき、ゆっくりと浮き上がる。
領主をはじめとした周りの見物人は、ひとりでに浮き上がる様子を見ておおっ、とどよめいた。周りの動揺を見て、マリーがにっこりと微笑んでくる。
気球は加速度的に上昇速度を増していき、魔法の範囲外まで高く飛んでいった。
ふう……。気球が動くのにあわせて火の玉も動かさないといけないから操作が難しかったが、これ以上ないくらいうまくいって良かった。
「――これをもっと大きくしてやれば、人を乗せることも可能です。移動も、風の魔法で操作可能になるでしょう。空を経由するので物資の運搬も楽になるのではないでしょうか?」
「う、うむ。これがあれば戦略の幅も広がりそうだな。よし、街を挙げてキキュウ作りに取りかからせよう」
未だに空を見上げ続ける領主に告げると、彼は慌てた様子で賛成してくれた。後を追うようにして拍手と歓声が沸き上がる。
まだまだ考えられるだけでも課題点はある。だけど彼らの歓声を聞いていると、みんなに認めてもらえたような気がして一息つけたような気分だった。
◆◆◆
気球作りは街の職人たちを招き入れ本格始動した。職人の中にはいつかの人生で会った、ブラウンのおっさんもいた。他にも別の人生で見知った人もいて少し嬉しくなった。
彼らが頑張っている間に、俺の方は問題点の解決に取り組むことにする。特に考えないといけないのは、耐火性の問題だ。火を灯して浮かべているので、1度の飛行で布がボロボロになってしまう。
どうしよう。困った。じゃあ水素を使えばいいじゃない!
ということで水素を作ってみた。方法は、水の電気分解で酸素と水素に分けるアレだ。中学の理科の実験を思いだしながら器具を用意する。といっても器に仕切りを入れて電極を突っ込むだけだ。電気は魔法で代用する。
じわじわと電圧を上げていくと、電極から泡が出始めた。うまくいったことで興奮した。火を近付けて爆発させると、マリーたちは素直に驚いてくれて更にテンションが上がった。まんまと調子に乗った。だが出てくる気体の量が思ったより少なくてすぐに冷静になった。なんかちょっと恥ずかしかった。
そういうのはどうでもいいとして、なぜ反応が少ないのか、中学の頃の実験を頑張って思い出してみた。確か、あの水を触ったらヌメヌメしてたんだよな……。えっと、ヌメヌメってことはアルカリ性が強いんだっけ? てことは……尿? おしっこを電気分解すんの? いやいや、それはちょっとどうだろう。マリーお嬢様のやつならワンチャンあるか? いやないな。考えるまでもないことだった。……うーん、そこら辺は俺の知識じゃどうしようもなさそうだ。
とりあえず単純に電圧を上げてやってみる。すると目に見えるほど出てくる泡は増えたが、それでも気球一杯に水素を溜めるとなると気が遠くなりそうで諦めた。
なら前にマリーが言っていた風を流し込む方法は?
やってみたが、気球を浮かせるほどの風を流し込む前に布の耐久力の方がもたず、すぐに破れてしまった。なら皮なんかの、より強い物にすればいいかと考えたが、それでは重くなり過ぎて簡単に浮かせられない。マリーはちょっと悔しそうにしていた。
よく考えたら気球は火によって浮くんじゃなくて、火で温められた空気によって浮くんだよな? だったら火を使わずに温かい空気そのものをつくればいいんじゃないか?
ということで破れない程度に熱風を流し込んでみた。これは予想通りにいき、ちゃんと浮かせることができた。それに、火を使わないから燃える心配はなく、空気を温めるだけなので魔力の消費も少なくて済んだ。恐らくこの方法が正式採用されるだろう。
あとは操縦方法だが、自転車のような動力を使ってプロペラを回せないか試してみた。しかし歯車がうまく回らなかったり、磨耗が激しかったりで、結局風の魔法で動かすことになりそうだ。歯車に時代が追い付けてなかった。
◆◆◆
試行錯誤を重ねて数ヶ月、気球作りは有人でのテスト飛行にまで達していた。ここまでいくと俺にできることは少なく、現場総監督としてふんぞり返っているだけで良くなっていた。気球の大きさも、現代で見知った形があれば、いわゆる飛行船みたいな大きなものまでできていた。
テスト飛行も概ね順調で、なんとか形になったと実感できるようになった頃、隣国からの使者が宣戦布告を告げてきた。
気球の袋の部分は球皮(エンベロープ)といいますが、主人公はもちろんそんな名称知りません。ただ、球の部分と書くのもなんかあれなので、次回以降言及することがあれば球皮と表記することにしたいです。文章上は球皮ですが、彼の頭の中では「球の部分」とかいってることにさせてください。




