第16話 なんのこっちゃ
エイミー、前の人生で俺の妻だった人物。多分お互いに不承不承で結婚した相手。だが長らく一緒にいるうちに大切な存在となった相手だ。
あの時の縁談で初めて会った頃より幼いな……。だけど確かに面影があって、いとおしい気持ちが溢れてくる。それと同時にやってきたのは懺悔の念。
それは新婚生活でのことだ。渋々結婚した俺は彼女にずいぶん素っ気ない態度を取っていた。子作りも義務感のようにしか感じず、子供が生まれるまで彼女には冷めた夫婦生活を強いてしまった。それ以降は歩み寄って打ち解けたと思っているが、彼女の方はどう思っていたかは分からない。聞こうか迷っている間に病で倒れてしまったからだ。
前回の人生は色々な思い出に溢れている。文章にすると取り立てて書くことでもないだろうが、それでも思い出というのは積み重なっていく。特に彼女と過ごした年月が一番長いだけあって、溢れる感情は様々な色をなしている。
だから、目元が熱くなるのはしょうがないことなのだ。
彼女たちが現れてからしばらくの間、エイミーを凝視し続けていたかもしれない。
彼女は自分が見られているのに気付き、マリーの影に隠れようとする。その反応で我に返った。当たり前だが今回の人生ではこれが初対面なのだと思い知らされた。前回の人生でどれだけの年月を一緒に過ごそうとも、今の彼女には関係ない話なんだ。手が届きそうな距離にいるのに、深い溝で隔たっている。彼女は、あのエイミーではないのだから。
思い出を共有できないことを実感する度に胸が締め付けられる。……ダメだな。涙腺が緩みっぱなしになってるみたいだ。
「ねえっ! 何をぼーっとしてるのよ?」
マリーの声でようやく今の状況を思い出す。なんでここにいるのかは分からないが、さすがに放置はまずい。うまく回らない頭でもなんとか言葉を繋げようと試みる。
「あ、えーっと、それより、いつから……いや、というか、どうしてここに?」
「いつからって、最初からここで待っていたわ。『後で相手してもらう』って言ったでしょ?」
いや、確かに言ってたけど……。その『後で』は早すぎやしませんかねぇ……?
というか最初からって、なんか変なこと言ってなかったか、俺!? 具体的には戦争があるのが分かってた風なこと!
「あ、紹介するわ。この子はエイミー・ウォズニアよ。私のいとこでたまたま遊びに来てたから連れてきたの」
紹介された彼女は何も言わずちょこんと礼をするだけで挨拶を終える。ああ、確か最初の方はこんなんだったな、と現実逃避気味に和んでしまった。
ちなみに俺については事前に説明していたらしく、ここでの紹介はなかった。なにを言ったのか凄く気になる……。
「じゃあ、次は何を発明しようとしているか教えてもらうわよ。今度こそ私も手伝ってあげるんだから!」
彼女は目をキラキラさせ、弾んだ声で高らかに宣言する。そういえば以前から俺が考え付いたアイデアの実験に立ち会いたいとか言っていたな。
「残念ですが、本当にまだ何も思い付いてなくて……
それに今度は軍事方面から何かできないか考えようとしていたので、あまりおもしろくはないかもしれませんよ?」
あまり大っぴらにはできないが、戦争の話が出たのならすぐにでも考える必要がある。
前も言ったように、この戦争はわりと簡単に終わる。その中で更に戦果を上げるようなことをしないと、歴史に残るような大きなイベントはこれを逃せば次は20年後になってしまう。そしてその分だけ俺のモテモテライフ(予定)が遠退いてしまう! これは困った!
なんとしてでもここで名を上げなければならないのだ!
「そっちの方が面白そうじゃない。私たちも一緒に考えてあげるわ! ねっ、エイミー?」
「ええっ!? わ、分かりましたよぅ……」
なぜだろう、初めて喋った言葉から哀愁を感じる。今までもこうしてマリーに振り回されてきたんだろうな。頑張れ、エイミー。
こうして俺、マリー、エイミーの3人でなんか色々考えたり雑談することになった。雑談の方が多かったのはご愛嬌だろう。
マリーは俺がどこか遠い島国から来たことについて、そんなもんくらいにしか思っておらず、好奇心旺盛な彼女は雑談の中でそこでの暮らしぶりを積極的に聞いてきた。
当たり障りのない話だけの内容をまとめると、俺は何人もの弟子(学生)と共に高名な老師たち(先生)から、高度な数学技術(数学)や昔から今に至るまでの言葉の変遷(国語)、歴史の吟味(世界史、日本史)、物体が動く法則性(物理)などを広く浅く学んでいく学術機関(学校)に所属していたことになった。なんのこっちゃ。
「そういえば、あなたもやっぱりかしこまった話し方は好きじゃないのね? ああいう話し方の方が自然で良いと思うわ」
「へっ?」
時間も時間なのでと解散することになった際、マリーが思い出したように言う。時間差アタックとでもいうのか、思わぬタイミングで発せられた言葉に一瞬何を言ってるのか分からなかった。
「それに『アリオス』って呼び捨てにしてたけど、彼とは仲が良いのね?」
「い、いえいえ!? あれは、その、そう言っていいと言われたもので……そうっ! いずれ仲良くなった時に自然に呼べるようにとかその辺の感じで!」
何言ってるか分からなくなったが、大体そんな感じで他意はないんです! アリオスと仲良かったのも前の人生の話だし、今はまだ、全然、滅相もないんです!
動揺した頭を無理矢理動かし、意味不明な言い訳を繰り返していると、熱意だけは伝わったのかにっこりと愛らしい笑みを浮かべた。
「分かったわ。じゃあ仲良くしたいと思ってるって、パパにもアリオスにも伝えておくわねっ! ではごきげんよう。また会いましょうっ!」
待ってえええ!
悲痛な心の叫びが彼女に届くはずもなく、立ち去る彼女の足取りは非情に軽やかだった。間違えた。非常に軽やかだった。
◆◆◆
マリーとの一件以降、アリオスが頻繁に訪ねてくるようになった。なんでも、初めて会った時に俺が見せた体術に興味があったらしい。いつも無理矢理訓練場に連れ去られ、組み手をさせられる。俺のような知識だけの教え方でも彼はどんどん技術を習得していき、こと対人戦に限って言えばそれこそ以前のように盗賊何十人に囲まれても難なく乗り切るレベルにまでなっていた。
それに伴って最近、屋敷内の女性たちから熱い視線を感じるようになった。もちろんモテてるわけではない。熱過ぎて腐り始めた視線である。話の内容は恐ろしくて聞く気にもならないが、どの時代でもこういう考えはあるんだなと思いました。
そういう噂が流れ始めた頃、領主が引き気味かつわりと真剣な目で話の真相を聞いてきた。必死に否定して誤解は解けたが、それ以降は面白がって女中たちとの噂話を話してくるようになった。彼曰く、この話をするとモテるらしい。
余計にタチが悪くなった。
抹茶に紅茶(ボソッ)




