第14話 ニートは最強職かなにかですか?
1年後の戦争について考えると言ったが、実は勝敗の行方自体はもう決まっているのも同然だった。その理由がアリオスにある。彼の武力は国内でも3本の指に入ると言われている最強の一角で、街の人間からは守り神とも呼ばれる程だ。
ならなぜ盗賊にやられそうになっていたかって? いかに最強と言っても何十人と一気に相手取ったらさすがに勝てるわけがない。最強ではあっても超人ではないのだ。
なら逆に彼1人くらいで戦争に影響が出るのかだって? 特にこの時代の、士気による戦果の大小にはかなりの差が出る。更に彼は守り神と崇められる存在だぞ? 彼を失って空いた穴は、想像を絶する程に大きいんだ。
と、こんな理由で彼が生きている以上、敵軍に追い詰められて街にまで被害が及ぶ心配はなくなっている。だから俺が考えるのは、戦争の早期決着である。これについても俺が手を加えなくてもギリギリ間に合うレベルなのだが、より早く、味方の被害を少なくできる方が好ましい。というかここで功績を上げて少しでも早くチヤホヤされたい。
余談だが、この戦争の結果は20年後の災害へと繋がっている。本当に、最初の襲撃イベントの成否で俺の人生の大半が決まっていると言っても過言ではなかったんだ。余談終わり。
まずは魔法をどうにかできないか考えた。俺の魔力で扱えるのは、精々が初級の魔法を数発程度。とてもじゃないがこれでは話にならない。勿論、アニメを見ていたお陰で強くイメージできて威力アップ云々なんてあるはずもない。逆になんでそれだけで威力アップできるのか甚だ疑問である。
となると、高校で学んだ物理や科学の知識を使って効率アップしかないのだが、こちらも勿論、ご都合主義的な話にはならない。大気の圧力を操作して風を生み出すとか、本気でそんなこと考えてた俺は馬鹿じゃないのか? そんなことより普通に風よ出ろ! とか詠唱した方がマシだ。
他にもマヨネーズやらノーフォーク農法やら、これまでの人生でことごとく失敗してきたものや新しく考えたものを性懲りもなくアイデアを披露した。これは成功するかどうかではなく、街のために尽力している姿を見せることが重要なのだ。
勿論、全てが失敗に終わったわけではない。マヨネーズは万人受けこそしなかったが、新たな調味料として一定の評価を得た。前は高くて手が出せなかった油もここでは手に入り、ジャガイモを薄く切って揚げたポテトチップスもそこそこの人気が出ている。
あと、これは嬉しい誤算なのだが、この奇行を面白がった領主と仲良くなることにも成功していた。
今までの人生と比べると天と地程の差だ。やっぱり貴族の庇護のもとに居られるかどうかで大きく違ってくるなあ……。それを思えば貴族の家に転生できるやつは途方もなく大きな恩恵に与っていると言ってもいい。三男で追い出される身? なんて些細な話だろうか。そんなもんどうだっていい。
「レイタっ! 今日は何をしているの?」
そもそもヒキニートを後悔してやり直したいのになんであれこれ恩恵を与えられてるんだよ。引きこもりの癖してコミュ力高過ぎだし、ついでに鍛えてて喧嘩も強いとか、ニートは最強職かなにかですか?
変な方向に思考が流れ始めたところへ女の子に話しかけられ、いもしない空想の主人公への愚痴は意識の外へとほっぽり出す。そんなもんどうだっていい。そんなことより女の子の方だ。
彼女はマリー・アンスクルム。アンスクルム辺境伯の実の娘で、前回ではあまり接点がなかった女の子だ。美形な両親の遺伝子を余すところなく受け継いでおり、絵にかいたような美少女である。年齢は今年で15才、彼女曰く『りっぱなれでぃー』とのこと。
彼女は辺境伯に似たのか様々な研究を試みる俺を面白がり、こうしてよく話しかけるようになっていた。
「私、だんだん分かってきたわ。レイタが噂に聞くアンデットみたいに、口を半開きにして虚ろな目をしてる時は面白いことを考えているのよね?」
……え? 俺ってそんなに酷い顔してた? どうりで我に返った時、同僚や先輩達に心配されてたのか。
「レイタが変なこと始めてから3ヶ月経つもの。なんとなく分かるわ」
小さな胸を反らして得意気に語る。そう、今彼女が言っていた通り、俺がここへ来てから3ヶ月近く経っていた。
「特に何を、と言うわけではないんですけどね。何か良いアイデアはないかと考えていたんですよ」
この丁寧口調も板についてきた。彼女や領主は砕けた口調でいいと言ってくれるが、立場でいうと平社員な俺に対して彼らは社長とその娘。いくら本心で言ってくれたとしても、対外的な面から鵜呑みにするのは論外だってことくらい、誰だって分かる。普通は。
護衛任務なのに護衛対象と友達感覚でお喋りできる筈がないのと同じだ。ほぼ同じだ。
なので公私混同を避けるため完全なプライベート以外はですます口調を心がけている。
まあ、完全なプライベートなんて訪れたことはないんだけどね。
彼女の質問に答えていると、アリオスもやって来た。
「おうレイタ、ここにいたか。伯爵のヤロウがお前を呼んでるぞ」
……まあ、彼レベルになると話は別だ。兵士として超一流の腕に指揮官としての才能も持ち合わせて更には主への忠誠心もある。彼程の逸材がそうそういる筈もなく、態度が悪いだけで手放すには惜しい存在に私はなりたい(願望)。
「えーっ! レイタは私とおしゃべりしてたのよ? 連れて行くなんておうぼうだわ!」
「お嬢……。大事な話らしいから、それはまた後にしてくださいよ」
「…………。ふんだ。レイタっ! 後でちゃんと相手してもらうわよっ!」
怒りがこっちにまで飛び火して、睨み付けられながらその場を後にした。
領主の書斎へ入ると、彼の側には執事風の執事がいた。後から入ってきたアリオスと合わせると、初めて会った時の面子が揃っていた。
まずはお決まりのアリオスと領主のやり取りを執事と共に眺める。だがそれも長くは続かず、すぐに俺へと向き直る。確かに大事な話らしい。2人の言い合いの長さで重要度が分かるって……。分かりやすいからいいか。
「さてレイタよ、お前は北の平原を越えた先にある国を知っているか?」
「はい、知っています」
そりゃもちろん知っている。なにせそこと戦うんだからな。
そして今回のルートにおいても隣国の話は聞いている。例え嘘発見の魔法をかけられたとしてもなんの不都合もない状態にしているのだ。早めに動いてよかった……。
「なら話が早い。近々そこが攻めてくるかもしれん」
「「「ええええええっ!?」」」
領主以外の3人は、揃って驚きの声を上げた。




