第13話 多分これが一番安全だと思います
ネタバレより注意喚起の方が大事だと思ったので報告します。
このルートは、人によってはガッカリな展開になる可能性が含まれています。
それでも堪えて読んでくれるなら嬉しいのですが、無理に読む必要もございません。その辺りを心に留めた上で読むかやめるか決定してください。
「ゴッゴブリン!」
「だからピッピカチュウみたいな鳴き声止めろって!」
現在、俺は別れを惜しむ間もなく現れたゴブリンから逃げていた。
但し、普通に逃げているわけではなく――
「ゴブッ!?」
「ごぶごぶ?」
「いやその街を散策するテレビ番組名みたいな鳴き声も止めろや!」
斜め右へ方向修正した先にいるゴブリンに遭遇し、こちらも引き付ける。この近辺にいるゴブリンも片っ端から遭遇し、逃げているのだ。
もし、今まで遭遇してきたゴブリンが全員諦めずに追いかけて来ているなら、今引き連れているゴブリンは15,6体だろう。幸いにも足は俺より速くないらしく、付かず離れずの距離を保てているので見た目より危険はない。危険はない……のだが、やっぱりこの威圧感はちょっと怖いかもしれない。
だったら何故こんなことをしているのかと言うと、それは毎度お馴染みとなった襲撃イベントに備えるためだ。戦闘音が段々大きくなってイベント会場に近づいてきたので説明は少し後にしよう。
まずは舗装されておらず、街道と言ってもいいのかよくわからん道に出ると、こちらへ背を向けている盗賊の集団へとゴブリンと共に突撃する。
「わああああ! どいてくれえええええ!」
半分演技、半分本気の大声に気付いて振り向いた盗賊は1人残らずぎょっとして身を固まらせた。俺の後ろに控える15体ものゴブリンを見れば誰だってそうなる。
動揺している隙に彼らの間をくぐり抜け、無事兵士側へと逃げ込めた。これで兵士とゴブリンに挟み込まれ、両者を相手にしないといけなくなった。
そう、これこそがあちこちに点在するゴブリンを引き連れてきた理由だ。戦闘技術や魔法を駆使して盗賊を追い払うことも考えたが、こちらの方は兵士を助けながら自分の身も守れる、一番安全な策だった。多分これが一番安全だと思います。
ついでに何故ゴブリンの居場所が分かっていたのかと言うと、様々な人生の中の、ゴブリンに追われた経験から当たりをつけたからだ。
もうお気付きになっただろう。俺は無事、全ての記憶を持ち出すことに成功していたのだ。
さて、てんやわんやになった盗賊共は兵士に切り殺されたり、ゴブリン数体にボコボコにされたり、もう散々な有り様だ。一応俺も味方アピールのために、端の方にいた盗賊を無力化しておく。
乱戦は数分とかからず、盗賊共は散り散りに撤退していった。残るゴブリンも兵士達にとっては、落ち着いて対処すればなんの脅威にもならない存在だ。こちらも端の方にいたやつを倒しておく。CQCを得た時の記憶を基にすれば盗賊1人、ゴブリン1体程度、どうとでもなった。
「礼を言う。お前のお陰で助かった。それでなんだが、俺の雇い主も会って礼を言いたいそうだ。会ってくれるか?」
戦闘が終わると軽装の金属鎧を身につけた兵士が話掛けてきた。
こいつだ……。兵士っぽくない無骨なバスタードソードを持ち、切り揃えられた口髭と右顎の切り傷が特徴的なこの男。名前はアリオス。こいつこそ、襲撃イベントに失敗すると領主を逃がすために1人で囮となって盗賊共に立ち向かい、死を迎える筈だった男だ。
そして彼を生存させられるかどうかで今後のイベントの成否にも関わってくる。俺にとってのキーマンでもあるのだ。
俺は緊張で声が出ない代わりに頷くことで了承して馬車へ向かった。領主との出会いも今後のための重要なイベントだと気を張ってると言えるが、単純にこのアリオスの気迫にビビってるだけとも言える。
「おお、君が先の戦闘で助太刀してくれた者か。まずは礼を言おう。君のお陰で被害なく賊共を追い払えたそうじゃないか、ありがとう。
この男が何か失礼なことを言わなかったかね?」
彼と共に馬車の中へ入ると、そこには2人の男が座っていた。1人は執事風の執事。有能なやつだが今はどうでもいい。
俺に話掛けてきたもう1人の方が、どの人生においても住み着くことになった街の領主、アンスクルム辺境伯だ。ニコニコと人の良さそうな笑みを見せているが、優しいだけのおっさんじゃないのは前回の記憶からよく知っている。それは辺境伯という立場からも察する通り、強かで抜け目なく、真っ黒な腹の持ち主なのだ。
俺が出会ってきた人物の中で一番頼りになるやつでもあるが、一番敵に回したくない相手でもある。後になって思えば、前回の言葉も分からず不振人物だった俺はよく無事でいられたものだと感心すらしてしまう。
「はヒッ! ……い、いえ、こちらこそゴブリンに追われていたところを助けられたようなものです。お、お気になさらず……」
アリオスと辺境伯。武力と政治力という、全く別のベクトルの力を持つ2人だが、醸し出される迫力はどちらもひけを取らない。そんな迫力のある2人が対面で座っているせいで緊張して変な声が出てしまった。
「はっはっは、彼が無愛想で怖い顔しているからと緊張する必要はない。こう見えても根は良いやつだからな」
いえ、アリオスもそうですがあなたのその黒い笑顔も怖いんですよ。
「フン、案外お前の腹黒さに気付いて怯えてるかもしれんぞ?」
「やれやれ、戦士としては有能だがその態度ではいつまで経っても辺境領の隊長止まりだぞ? 恐ろし過ぎて王にも会わせられん」
「知るか。雇い主がコロコロ変わるのは願い下げなんだよ」
「はは……」
ここは最大限に注意を払って乗り切る場面なのに、思わず笑い声が出てしまう。前回の人生で幾度となく見たやり取りがそこにあったからだ。おまけに領主が死んでから長いこと見ていないのもあって、酷く懐かしく感じてしまった。
小さな笑い声を耳ざとく聞き付けた2人は揃ってこちらを向く。
「あ、すいません。なんか仲良いなと思って……」
「仲良いだと? おい、これのどこが仲良いだなんて言えるんだ?」
「はっはっは、面白い意見を持っているようだが……さて、どうだろうな?」
そういうところが仲良いんだよ。
俺はこれから、自分の未来のために彼らに取り入ろうと考えていたが、そういうのがなくてもやっぱり彼らと仲良くなりたいと思ってしまう。それくらい温かく、楽しい職場だったんだ。
彼らのやり取りを見ていると、懐かしさと一緒に前回の寂しさも込み上げてきて、涙で潤みそうになるのを我慢するのでいっぱいいっぱいだった。
◆◆◆
辺境伯の寛大さは今回においても適用範囲内だったらしい。
馬車に揺られながら自己紹介をしたり世間話をしたりしていたが、意を決して彼の下で働きたいと申し出ると、二つ返事で了承してくれた。
え? ギルドへ行って冒険者登録しないのかって?
確かに、世の主人公共はまるで帰巣本能かなにかのようにギルドへ行きたがるが、酸いも苦いも知りつくした俺はそこら辺一味違うぜ。冒険者になるよりも領主に取り入って雇ってもらった方が安定してるし後々良い暮らしができる完璧!
つまりそういうことだ。
ちなみに俺の自己紹介の内容はというと。
ニホンという島国に住んでいたが、トラックという超大型モンスターにひき殺され、かと思いきやどういう訳か近くの森の中に立っていた。
……うん、自分でもわけわからん。怪しすぎることこの上なしだ。だがこの世に嘘発見器に近い魔法がある以上、下手に嘘を吐く方が危険なのだ。嘘がばれるとスパイか何かと勘ぐられて、下手すると『ありがとう、バイバイ』で終わってしまう。そうなるよりかは、手元に置いて泳がせようと考えてもらえる方がマシだ。警戒心は今後の働きで解いてもらえればいい。
こうして辺境伯の邸宅で下働きから働き始めることになった。それと同時に1年後の戦争についても考えないといけないな。




