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あの夕方を、もう一度  作者: 秋澤 えで
終局開幕最終章
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やり直し革命譚 15

 通路を走り抜け、躊躇うことなく怒声の方へと向かう。

 曲がり角の向こうで騒ぎが怒っているようだったがもはや時間も選択肢も俺にはない。仲間同士でやり合っているなら僥倖、はたまた第三勢力がいるなら剣を抜くことなく逃げ切りたい。楽観視するなら宰相殿や涙を流す者、革命軍総長から送られた援軍を期待する。最も、後者はよほどないだろう。あるとすれば前者二人だ。俺とてすべてを知っているわけではない。

 出会い頭に襲われることだけを警戒して騒ぎを目の前にする。

 

 床に倒れる黒装束の不審者4名、そして黒く大ぶりなマントを被った男と生成のような色の襤褸を被った男がそれぞれ黒装束と応戦している。

 二人とも顔は見えない。さっと頭の中の軍部の人間を探すが見当もつかない。今回の戦いは総力戦。軍人であればベテランから新兵まで駆り出されているはず。しかしマントと襤褸の男たちの動きは本職のそれであり、総力戦のメンバーから外されそうにない様子だった。特にマントの男の動きは典型的、いや模範的な軍人らしい身のこなしだった。

 黒装束2人、マントと襤褸の男の2人。人数が余ることなく混戦している。これ幸いと男たちの間を押し通ろうとしたところでマントの男がこちらを向いた。目元は見えないが、今見られていると確かに感じた。



 「ああ!あんたがそうか・・・!お疲れさん!ここは俺たちがやっておくから急げ!」

 「っ了解!」



 はっきりしたことは言わなかったが、こちら側の味方だと理解するには十分すぎた。フードから覗く口元は余裕ありげに笑っていた。



 「ゆ、だんしないでください馬鹿!」



 しかしそれを隙と見た黒装束が畳みかけるように迫り、襤褸がマントの男を怒鳴りつけた。そしてその拍子にフードが大きくはためいた。

 琥珀色の目、ふわふわとした黒い髪。


 会ったことはない。けれどここのところ資料の写真でよく見た顔だった。



 「カルムクール・アム中将……!?」



 アルマ・ベルネットにとっての育ての親であり、数年前革命軍によって殺されたはずの男であった。



 「とっとと行け、宰相の犬!ここにいても邪魔だ!手前の役割位理解して熟せ!」



 噛みつくような怒声に混乱していた頭を殴りつけられたような気分だった。少し困ったような元中将の笑い声を聞きながら、俺はまた走り出した。


 俺の仕事はこの首を戦場まで運ぶこと。ただそれだけだ。

 殺されたはずの中将がなぜ生きているのか、今までどうしていたのか。それについて追及するのは俺の仕事ではないし、現状での最重要事項でもない。今俺にとって大切なのはアサンシオン広場への最短ルートを最速で走り抜けること。そして彼らがその手助けをしてくれたという事実だけだ。


 しかし考えずにはいられない。

 黒いマントを着ていたのは数年前、コンケットオペラシオンで革命軍総長に殺されたはずの第三中将だ。だがたった今見た顔は間違いなくカルムクール・アムだった。死体だって回収した、葬儀までして多くの人間が顔も見たはずだ。革命軍総長に殺されたのに、彼は今なぜか革命軍総長の処刑を止めようとしている。殺されていなかった、ということは実は今の今まで革命軍に匿われていたのだろうか。いや、けれど革命軍側に中将一人、匿ったところで益はない。それこそソンジュ・ミゼリコルドのように使ってもよかっただろう。だが今まで革命軍側にアム中将がいるなどという話は噂レベルでも聞いたことがなかった。誰も彼の死を疑っていなかったはずだ。


 ふと年若い処刑人を思い出した。

 自身の養父に等しい人間を革命軍総長に殺された。そして今革命軍総長の処刑台に立ちながら彼の処刑を止めようとしている。

 わからなかった。どうして親の仇である総長のために、今ある地位を捨ててでも助けようとするのか。だがもし彼がカルムクール・アムが死んでいないことを、革命軍に匿われていることを知っていたとしたら。


 浮かんだ疑念は解決しない。

 カルムクール・アム、アルマ・ベルネット。双方ともに情報が少なかった。方や出自不明、行動原理不明の幼い中将、方や数年前殉死したとして疑われなかった元中将。

 考えたところで足りないピースで答えが出るはずもない。


 おそらく、俺を怒鳴りつけた襤褸の男はアム中将の腹心の部下ラパン・バヴァールだろう。アム中将が殉職した直後から退役し、所在不明となってた。独自の調査としてあらゆる権力者を始末して回っていたのも彼だと分かっている。そのことからも、偽装殉職直後バヴァール少将は確実にかの上司の死を疑っていなかったと言えるだろう。


 誰がどこまで知っていたか、それがまるでわからない。

 さらに言えばメンテ・エスペランサの行動も不可解な部分が多すぎた。

 彼はなぜ王国軍中将を自軍に引き入れたのか。引き入れた後ソンジュ・ミゼリコルドのような運用はせず、ただひたすら今日の今日まで秘匿し続けた。しかもわざわざその死を偽装するためにカルムクール・アムそっくりの死体まで誂えて。俺は埋葬された遺体を見ていないが、ラパン・バヴァールとアルマ・ベルネットはそれを確認し、そのうえで完全に信じ込んだ。さぞ精巧な遺体であったのだろうと想像に難くない。

 報告に聞く限り、カルムクール・アム元中将が革命軍に引き入れられることは想定できる。正義感に溢れた、情に厚い人間と周囲から評価されていた。だがメンテ・エスペランサには彼を生かして秘匿するだけの理由がない。そっくりな遺体を誂えるなどとんでもない技術が必要だろう。それを人ひとり匿うためだけに用意した。中将一人引き入れるにはいささかコストがかかりすぎる。にもかかわらずそれを断行した。そのうえヒルマから聞いた話によるとソンジュ・ミゼリコルドはカルムクール・アム元中将の死を気に病んでいると。


 きっとすべて独断だったのだろう。

 だれにも何も言わず、気に病む部下にフォローを入れることなく。今広場の処刑台に立つのとまた、同じように。

 わからなかった。そこまでする理由が。どうして独断でそこまでできたのか。何を根拠にそんな大胆なことができたのか。


 アルマ・ベルネットを調査したとき併せてカルムクール・アム元中将についても調べつくした。けれどそこには革命軍との接触は一切見られなかった。少なくともカルムクール・アムという軍人は一度足りとも革命軍と交戦したことはない。つまりコンケットオペラシオンの時が初対面のはずだ。なのにどうしてそっくりな死体を用意できたのか。なぜ彼を引き込もうと思ったのか。


 王宮の玄関から飛び出すと数名の使用人が俺の方を見ていたが誰も俺を止めようとも話しかけようともせず、ただ見送っていた。ただの同僚と思い声を掛けなかったのか、それともすべてわかり、諦念のまま咎めなかったのか、その胸中はわからない。

 身体に染みついていそうな香の匂いを振り払おうと外の空気を大きく吸い込もうとして、雲一つなく晴れ渡った空に気が付いた。

 遠くからざわめきと発砲音が聞こえていた。




**********************************





 「かつての同胞たちよ! なぜ我々と、国民と話をしない!? なぜたった一人、人間を殺すために、こんな戦争を起こした!? なぜ歩み寄ろうとしない、新たな道の可能性を切り捨てる!」



 怒号と轟音の中、青年の声が打ち鳴らされるように聞こえてきた。



 「……ベルネット、君は彼の言葉をどう思う」

 「お前こそ、あいつの言うことをどんな思いで聞いてるんだ」



 ぽつりと零された問いをバッサリと切り捨てた。苦笑いをしながら声の主の方向に目をやるメンテにつられて俺も高らかに叫ぶ一人の革命軍人を見た。



 「足元を見ろッ! たった一人の人間を殺すために、君たちはいったいどれほどの仲間を失った!? どれほどの命が無駄に消えた!? 敬愛した上官を、切磋琢磨した同僚を、自身を慕った部下を、君たちはどれほど犠牲にした!? それほどまでに、かの男を殺すことに価値があると、君たちは本当に思っているのか!?」



 綺麗ごとを叫び、自らに正義はあるという体で仲間たちを鼓舞する参謀。

 かつて革命軍副長として彼の側で鼓舞されているときはわからなかったが、今こうして王国軍人として上から眺めていて初めて気づいたことがあった。



 「あれ、本心から言ってないだろ」

 「はは、そうだね」

 「そんでもって本心でないことを言わせてるのはお前だな」

 「……返す言葉もないよ」



 正直なところ、ソンジュの言葉にこれといった情動は湧いてこなかった。

 革命軍にいたときは彼の言葉に勇気づけられていた。理不尽な社会に怒り、暴力的で情のない王国軍に怒り、敵ながら憐れみさえ覚えないでもなかった。


 だが王国軍からすれば心底「どの口が」と思ってしまうことだったのだ。

 ソンジュ・ミゼリコルド中将は人を束ねる地位にいながら、王国軍を裏切り、革命軍に寝返った。そして信用を得るために王国軍の情報を売り、元同僚で先輩であったカルムクール・アム中将を結果的に殺した。そんな彼がどの口で命の大切さを語ろうか。どの口で歩み寄りなど語ろうか。

 王国軍と革命軍の両方に所属し、そして両方からソンジュ・ミゼリコルドという人間と関わってきて思うのだ。



 「本来あいつはそんな面の皮の厚い奴じゃないからな」



 悲観的で考えすぎ。そんな彼が自身の言葉の矛盾に気が付いていないはずがない。どの口がと糾弾される可能性に気が付いていないはずがない。

 だが今彼は誰かの怒りも恨みも飲み込むつもりで戦場で叫んでいた。



 「総長がいない今、革命軍を率い鼓舞する役目は自分しかいない。自分がやるしかない、とでも大方思っているんだろう」

 「……ああ、総長に次ぐ人間を誰も置かなかったからね。いや、置けなかったんだ」

 「なぜだ。ソンジュは王国軍の裏切り者、何をしても全幅な信頼を得るのは不可能なうえ、もともと大勢率いることができるようなタイプでもない」



 自嘲するようにメンテは力なく笑った。



 「置けなかったんだよ。僕は臆病だから、不確定要素を置けなかった。きっと誰かを置いていた方がソンジュにとって良かった。いや、むしろ革命軍に引き入れずに王国軍に在籍したままにして革命後に協力を求めてもたぶん、よかったんだと思う。けど僕は、どうなるかわからなかったから、そうしなかったんだ」



 メンテは自身のことを笑うが、俺はそれを笑うことができなかった。

 臆病だから動かせなかったメンテと考えなしに大きく違う行動を起こした俺ではきっと根本的な作りが大きく違う。それでも言っていることはわかった。そしてそれは自分自身考えたことではなった。

 自分の行動を変えることで自分の知る未来と大きく乖離してしまうのではないかと。そうすることで先のことを知っているアドバンテージを失うのではないかと、迷うこともあった。


 その一番の結果が革命軍によるコンケットオペラシオン城の襲撃だ。今ならわかる。その襲撃について俺は知らなかった。その襲撃には二つの意味があった。一つは二代目革命軍総長としての革命軍再起の狼煙。そしてもう一つが寝返ってきたソンジュ・ミゼリコルドの有用性と間者でないことの証明。俺がいたときにソンジュの信頼の獲得として襲撃がなかったのは副長という役職であった自分がいたからだった。総長であるメンテが認めて連れてきた。それに対して不満があっても、メンテにとって最も近い位置にあり、実質ナンバー2であった副長の自分が大した確認もなくメンテが連れてきた奴だからという理由だけで認めたから誰も何も言えなくなっていたのだ。


 俺が王国軍人になることを選んだから、あの人は殺された。



 「……どうなるかなんてそんなに考えていなかった。望まない結果になることも想定しない結果になることもあった。……だがそれでも後悔だけはしていない。最大にして唯一の目的を果たせるなら、そこまでの失敗も、懊悩も”必要なものだった”と認められる」



 想定しなかった人が死んだとしても、その死に揺さぶられたとしても、間違いだったかもしれないと懊悩したとしても、俺は今、この処刑台に立てているのなら、自分のしてきたすべての選択肢を認めることができる。


 燃え上がる街の中、誰一人救助も手当てもすることなくただ走り去った故郷。

 隣町、アルムファブリケの物置で殺した金髪の男。

 王国軍として鎮圧した東の街の抗争。

 少将として殲滅した盗賊たち。


 数多の可能性を潰して、ただ一つの選択肢をつかみ取り続けていた。

 けれどそれでこの処刑台の上の景色を眺めることができたのであれば。



 「すべての選択肢に、一切の後悔はない」

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