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あの夕方を、もう一度  作者: 秋澤 えで
終局開幕最終章
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やり直し革命譚 11

 国一つひっくり返す大仕事。数多の国民を巻き込み、多くの軍人を翻弄し、仲間たちにさえも手の内を明かさず、一人盤上の駒を動かすがごとく扱う男が、柔和な優男なものか。


 それは人間の面を被った化け物だ。



 「ラパン。大丈夫だ。心配するのもわかる。だがこの国は今日、確実に変わる。」



 硬い俺の表情勝手に勘違いしたようで、見当違いな励ましの言葉をかける。この微妙にかみ合わない感じが居心地がいいのだが、如何せん状況が状況、今は肩の力を抜いていいタイミングではないのだ。



 「だと良いんすけどねぇ……。」



 今の王政に不満があるかといえば、不満しかない。だからこそ政府の高官や気にくわない肥えた貴族たちを手前勝手に屠ってきた。だが誰も信用することなく、誰にも考えを語らずただただ人を操るような人間の下につきたいとも到底思えない。

 今の革命軍は大わらわだ。確かに皆一丸になっているし、寝返ってきたミゼリコルドとの関係の好転にも一役買っていることだろう。

 だがこれで奴が殺されてしまえばすべては水の泡だ。アッという間に革命軍は瓦解することだろう。



 「この国はもう変わるときなんだ。この海の向こうにはたくさんの国がある。多くの文化もある。今の視野を広げていかなくては、危機を乗り越えられないだろう。」



 きらきらとした目で未来を語る彼を見て、知らず舌打ちしそうになる。あの男はいったいこの人に何と吹き込んだのだろう。作戦も練れれば腕もたち、さらには他者を懐柔する力もあるとくればとんでもない傑物だ。それこそ、一人で何でもできてしまうような。

 何が腹立たしいといえば、足りない部分を補うために堂々と人を操ることだろう。

 若造と侮られる、その年齢の低さを補うために先代を利用する。自分のことを信じてはくれないだろう政府側の人間の懐柔のために誠意ある元将官を手にいれる。力が足りないとあらばその口で多くの人間を付き従わせて見せる。

 柔和さや寛容さは、人を操るうえでのツール、アピールでしかない。絶対に死んではいけない、というのは無事に総長が救出されたのち、新政府s津率の橋渡しに最も適した人間だと総長が考えているからだろう。



 「ラパン、お前は何か好きなことをするといい。軍をやめるのはまあ良いが、あまり危ないことをするな。一人にするとお前は危険な方に走りがちだ。楽しいことだってもっといろいろあるぞ?」

 「……じゃあ貴方の傍にいますよ。どうせ他にすることもありませんし。」

 「はは、お前は本当にかわいくなくて可愛いなあ。」



 朗らかに笑うカルムクールさんに尻の座りが悪くなる。自分とてもう若くはない。にも拘わらず再飽きしてからというもの、彼はまるで困った子供を諭すように俺に話しかける。にやっと口を端で彼が笑うのをみて無意識に尖らせていた唇をひっこめた。彼には度々子供っぽいといわれてきたが、俺のことをそんな風に称する人間はほかにいない。



 「非常事態にいちゃついてるねぇ?」



 真横から聞こえた声に考える間もなく肘で窓ガラスをたたき割り室内に乗り込む。目の前にいる人間の胸倉をつかんで勢いのまま引き倒し、短銃を額に突きつけた。



 「騒ぐな、殺すぞ。」

 「おいラパン!大丈夫か!?」



 バタバタと俺の後を追うカルムクールさんは体格から窓からの侵入を諦め律儀に扉を開けて室内へ来た。そして俺ときたら銃口を突きつけた相手のにやにやした顔を見て耐えることなく舌打ちをした。



 「やあ、久しぶりだね。カルムくん、ラパン。」

 「……アッセン・ディスフラース。非戦闘員はとっとと避難したらどうだ。」



 久しぶりに顔を見たが相変わらず人を小馬鹿にしたようなにやけ面をしている。俺たちと同じように、顔が見えないほど深いフードのついたマントを着ていた。そして彼女の後ろにはごちゃごちゃとした機器や機材が並んでいる。



 「アッセン!元気そうだな!」

 「……そういう君は本当に生きていたんだね、カルム君。元気そうで何よりだよ。生き返った、いや死んでなかったんだね。墓を暴いた私の勘に間違いはなかったってことだ。」

 「何してんだアンタ。」

 「はは、それは私がここにいること?それとも私がカルム君の墓を暴いてたこと?」



 人を食ったような笑みを浮かべていることはフードの下から見える口元からだけでも十二分に読み取れて舌打ちした。状況が状況だ。一人ならば殺してもよかったが素直に再開を喜んでいるカルムクールさんの面前でこの引鉄を引くわけにはいかなかった。



 「何でもいいさ。それにしても情報局まで今回の戦いに参加するのか?……情報局が敢えて参戦する必要もないだろう。メンテの処刑が目的で軍はただ構えているだけ。なら非戦闘員の多い情報局は避難しておくべきだ。」

 「……なんていうか、君。緊張感ってのが本当にないよね。カルム君、今の君は死んだはずの人間。そんな君が生きていたとあれば状況からして革命軍に寝返ったと考えるのが妥当。……私たちは元同僚だけど今は敵同士だよ。」



 ぐ、と銃口を押し付けるが、アッセンは顔色一つ変えず俺の後ろに立つカルムクールさんだけを見ていた。明確な敵だというのに、カルムさんはただ単純に驚いたように言った。



 「現時点じゃ敵でもない。どうせお前は勝ち馬に乗るつもりなんだろ?確かに普通に考えれば優勢なのはただ処刑するだけでも十分な政府軍側だ。だがそれこそ、不確定要素なんていくらでもある。」

 「……それで?」

 「お前が戦いに参加しないのにここにいるのは一分一秒でも早く勝敗を見極めるため。現時点じゃどっち側とも決まっていない。ならお前は俺たちの敵じゃない。」



 あっけらかんと言うカルムクールさんに、アッセンからの敵意が霧散した。

 おそらく、彼の言う通りなんだろう。彼女はあくまでも自分の都合の良いように動き、引っ掻き回す。勝手な話だが、敵意を向けられると思っていたのだろう。蝙蝠のようだと非難されると、軽蔑されると思っていたのだろう。けれど彼はそれをしない。

 誰にも嫌悪や敵意を向けないのか、それとも相手のことを理解して信じ切っているのか。



 「で、俺たちは今からあちらの中枢に向かう予定なんすよ。アッセンさんとお喋りしてる暇はないんで。」

 「冷たいなあ。そんなんだから君は、」

 「いいから。どうせなんか情報持ってんでしょ。だから俺たちを呼び止めて、使ってやろうとした。時間がないんすよ。良いように使われてやりますから、とっとと吐いてください。」

 「つっまんないね、仔うさぎくん。君、私のこと嫌いでしょ。」

 「お互い様でしょうよ。」

 「お、おい二人とも今そんな話してる場合じゃねえだろ!アッセンも、俺らにできることがあるなら教えてくれ。そんでできるだけ安全な場所にいろ。市街地だって安全なわけじゃねえ。」



 慌てたように割り込んできたカルムクールさんに口を噤む。

 俺とアッセンは気が合わない。同族嫌悪というやつだろう。何考えているか、手に取るようにわかるからこそ、むかつく。

 だからこそ、殺せない。単純な感情で動いたりはしないのだ。利があったからこそ声をかけ、その場で殺されない自信が持てるほどの価値ある何かを持っている。



 「カルムくんになら教えてもいいよ。」

 「はっ、」

 「ラパンやめなさい。」



 銃口を押しのけて立ち上がったアッセンを見ながらもいつでも撃てるよう構えは崩さない。咎めるようにカルムクールさんは見るが、彼は自身の異常なまでの楽観性をわかっていないのだ。

 案内するように奥の部屋へと促される。小さな部屋の中は見たこともない機械で詰まっていた。壁中に敷き詰められた黒い何かたちは一定の音を絶えることなく鳴らしていた。



 「なんだ、これ。」

 「私の仕事道具だよ。最初は私だけで研究してたんだけど、海外はもっともっと技術が発達してる。」

 「海外だと……?」



 鎖国しているこのメタンプシコーズ王国では国外のものの持ち込みの一切を禁じており、それが一般的に流通することはない。そしてそれを得るために海外に渡航することも許されていない。

 比較的自由に動く情報局であるならば、国外へ足を運ぶこともありえなくはない。だが情報局本部勤めである彼女が出国していたことは信じがたい。



 「アッセンは外の出身だったか?」

 「まっさか。私は純正メタンプシコーズ王国民さ。電話はね、革命軍からお近づきの印にもらったんだ。」

 「革命軍に……!?」



 にやにやと心底おかしいと言わんばかりに部屋を埋め尽くす機械の出所について自慢げに語る。



 「そう!びっくりでしょ。メンテ・エスペランサ。彼って若いわりにとんでもなく豪胆だよね。政府中枢に単身で接触、交渉、引き込みまでして、被害を最小に収めた革命をしようとしてる。」

 「ああ、あれこれと手をまわしてな。七面倒くさいだろうに。にしてもお前にまで声をかけているとは思わなかった。」

 「私もそれには驚いてるよ。ドラコニアのあとで君とお茶したの覚えてる?そのころに打診があったんだ。私が情報局副長になる前。あれこれと根回しに励んでいるときに遣いでもない、彼本人に言われたんだ。」



 歯を見せて笑う彼女のそれは、馬鹿馬鹿しいという嘲笑か、それとも蛮勇ともいえるその眩しさへの期待からか。



 「『王国情報局局長になって世界を平和にしたくない?』ってね。」

 「……ああ、彼らしい。」

 「彼らしい、ね。私はそこまで深い付き合いをしていたわけじゃないよ。ただ一度も顔を見たこともなければ当時の私は表の役職にもついてなかった。それなのに私ピンポイントで誰にも知られることなく会いに来て、上に行きたい私の向上心と忠誠心のなさを一目で見抜いてみせた。」

 「俺の時もそうだったよ。まるで何もかも見通しているみたいにな。」



 カルムクールさんは先見の明があるのだというようにうんうん、と肯定しきりだが、笑う彼女の意図を俺は拾えた。思わず眉間にしわが寄る。

 知り得ないことを知り、何年も先の目標にルートを一本引き、そのために無駄なく気づかれずに根回しをしていく。


 それは明らかに異常だ。情勢を読む、人の心を見抜くといった類をあまりに軽く超越している。

 まるで神や悪魔の視点ではないか。

 顔すら見たことのないメンテ・エスペランサという青年に心底ぞっとした。

 今この瞬間も、きっとその青年の掌の上なのだ。



 「それで友好の証として私にいくつかの機械を渡したんだ。君たちは電話ってものを知ってるかい?はるか遠くにいる人間に声を届ける道具なんだ。それがあれば誰に知られることなく、安全な場所から話をすることができる。」



 まるで夢やお伽噺のような話だった。

 そんなものがあり得るのか、と疑いたくもなるが、彼女の熱量はそういった類ではなく、そして与太話に乗ってやるほど彼女は優しさを持ち合わせていない。

 彼女はメンテ・エスペランサに、本当にそんな魔法の道具を譲り受けたのだ。



 「そんなものがあるのか……!すごいじゃないか、それがあればこの国全体への連絡がとても容易になる!それはメンテが作ったのか?」

 「いいや、彼が作ったわけじゃなくて、国外から持ち込んで量産を国内で使用としてるらしくね、その一つ。その機械自体は別に彼が作ったわけじゃないらしいんだ。」



 機械につられ、それを皮切りとして新世界に興味持った。それは納得できる話ではあった。彼女ならきっと、「面白そう」という理由とそれによって得られる利益であっさりと寝返ることだろう。

 ただ改めて空恐ろしくなる。

 メンテ・エスペランサ。彼はいったい政府高官のどれほどを手中に入れているのだろうか。



 「そしてそれをもとに作ったのがこの盗聴器!どこかに置いたり誰かに持たせることで、このスピーカーにその会話や音を転送してくれる。私たちにとって最も危険な仕事の一つを、機械が担ってくれるんだ!おまけに拷問にあっても情報を吐いたりしない。最悪、使い捨てだって可能だ。」



 興奮気味に話す彼女にすごいすごいとカルムクールさんは手を叩いているが、如何せんこの「盗聴器」どう見ても実用に向かないように思えた。

 まずその大きさ。アッセンが手で示すそれは一辺50センチほどの立方体。こんな怪しげな巨大な箱があれば誰だって警戒することだろう。これで持ち運びはほぼ不可能といっていい。

 そしてこんな怪しげなものをあちこちに置けるわけもない。そうなれば盗聴できる場所もかなり限られる。



 「……でもこんなデカければ使いどころないでしょう。」

 「ははは、これがあるんだな。しかもそれは君たちにとって役にたつ。」

 「なっ、アッセン本当か!」

 「……まさか、」



 口だけでアッセンは笑う。



 「ああ本当に君は勘が良いね。つまらない。これは王国軍本部のあちこちに置いてあるよ、つまり安全な場所にいながら私は情報取り放題ってわけさ。」



 そう言って「スピーカー」についたいくつものつまみやボタンをいじり始める。

 何をしているのか素人である自分たちにはわからないが、状況からして彼女が何をしようとしているのかは十分理解できた。



 「いつの間に本部にこんなものを……、」

 「私には時間があった。彼から電話を一台もらったときからもう何年もたつ。改造研究する時間も資金も、勝手にあちこちに設置するにも十分さ。ただまあ機械が専門なわけじゃないから、この程度が私一人の限界。これ以上の小型化は私にはできないし、量産からの実用化なんてできる値段でもない。この戦いが終わって無事新政府が立った時に改めて案として提出するよ。技術屋の手が加われば、性能も格段に上昇するに違いない。」



 常々何を考えているかわからない女だと思っていた。しかし活き活きと話す彼女を見ていて、漸く彼女の行動原理の根源が見えた気がした。


 彼女は「わくわくする」ことに全力を注いでいるのだ。

 愛国心があるわけでなく、上役に対する忠誠心があるわけでもないのに、時間を資金を注ぎ込み、自分の能力とフル活用する。それは「わくわくする」からだろう。真のリアリストなら情報局局長という座を手に入れたならその座の保持と安定維持を目指し、あくまでも今の政府を維持することだろう。けれど彼女は違う。現実を見ながら、自身の損得を勘定しながらもその視線の先には面白いことや見てみたいものがあるのだ。


 だからこそ、メンテ・エスペランサという台風の目に近づいたのだ。

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