やり直し革命譚 10
王都テール・プロミーズ郊外某所
午後5時、メタンプシコーズ王国軍により革命軍総長メンテ・エスペランサの処刑が執行される。執行人は第3部隊中将アルマ・ベルネット。
「広場の奥に王国軍臨時本部が設置されている。」
「本部の前に処刑台と思しき木製の建造物を確認。」
「午後2時の確認によると未だ総長の影なし。」
革命軍本部の下へ続々と現場の報告が上がっていた。
広場には軍人たちが入れ替わり立ち代わり出入りし、警備を行っており、着々とその時を待っている。
革命軍にとっては完全に不利である。相手は自陣で私たちを待ち構え、確実に総長を殺すと同時に革命軍を殲滅しようとするだろう。王国軍からすれば飛んで火にいる夏の虫。罠である。けれど罠と知りながらも、退く者は革命軍にはいない。
「おい、あんたはどう見るソンジュ。王国軍ならどうする。」
「……今の王国軍には主力部隊が構成されてない。構成するだけの人間を持っていません。ある程度の能力のある佐官以上の兵士は指揮を取っている。一人一人は決して脅威じゃない。」
「問題は数ってことか。」
「ええ。経験は乏しくもそこにいるだけで壁になる。」
もし私たちの目的が王国軍戦力の消耗や壊滅であれば策を弄し攪乱、混乱の誘発もできただろう。しかし今回の目的は「革命軍総長の奪還」ただ一つである。私たちの勝利条件は一人でも多くの軍人を殺すことではなく、あの来る戦場からただ一人を奪い、そして撤退することである。
「もちろん、私たちと彼らでは状況が違う。私たちは全戦力をぶつけて総長を取り返す無謀な作戦をとることもできないでもない。けれど彼らにはそれが決してできない。あくまで彼らは政府の持ち物であり、国民の持ち物。徒に人的資源を消耗することは本来避けて通るべきこと。私たちはこれを最後の戦いにすることはできても、王国軍はこれからもこの国の統治の一端を担うこととなるでしょう。その結果ある程度の戦力の温存をせざるを得ない。」
「……素人同然の兵士の肉壁とそれを操る指揮官がデフォルトの体制。これを崩すことは十分可能。だが逆に言えばもし国軍が危機とみなせば、温存してる部隊の投入も想定できる、な。」
「残念ながら。普通の戦場であれば撤退を取りますが、彼らはあくまで自陣。戦略的撤退はありえない。」
「さらに言えばいざとなれば総長を殺しちまえばいい。」
「ええ、既定時刻前の執行は王国軍の絶対的力を示す上では上策とは言えない。けれど兵の消耗よりかはましでしょう。」
ドラコニアから革命軍本隊に戻れば、私が何を言うでもなく既に総長メンテ・エスペランサの奪還は決定していた。予想通りであり安堵した面もあるが、危惧していたこともあった。それは私が仲間と認められないのではないかというものだった。そのため少しでも私の有用性を示そうと意気込んでいたがそれは見事に空振りに終わる。
『あんたは放り出すより囲ってる方がましだ。疑われたくないなら力を貸せ、常に誰かの傍にいろ。信頼信用以前に、俺たちは使えるもんは使う。選ぶ余裕なんざねえ。妙な動きをしたら殺すから安心しろ。』
合理性の塊のような男はゼンフ、常にメンテの傍にいた者であった。そして常に傍にいながらメンテから何も聞いてはいなかった者だった。
それゆえに彼は信頼や信用については言及しない。メンテが重視しなかったことであり、彼が勝ち取ることができなかったと感じているものでもあった。
ありがたかった。けれど痛々しかった。
「ただ、」
「ただ?」
「彼ならば或いは、と……、」
「……またアルマ・ベルネットか。総長といい、やたらとそいつを気にする。」
思い切り顔をしかめるゼンフに苦笑する。彼が蛇蝎のように嫌うのは当然だ。王国軍の幹部であり、何より総長の首を落とすその役を宛がわれている。
「ていうかよお、或いはってなんだ。その政府の犬が総長を見逃すとでも?」
「可能性はあるんじゃないか、と。彼は私が王国軍を裏切ることを知っていた。にも拘わらず咎めることも密告することも、私や革命軍の考えを否定することすらしなかった。」
きっと、あの時点でアルマは革命軍に対する嫌悪はなかったはずだ。声高であった私を諫めはしたものの、私を軽蔑することも革命軍を侮蔑することもなく、ただ軍人の立場として沈黙した。
彼が革命軍に与する可能性はゼロではない。
「……そいつが俺らに対して嫌悪感を抱いてなかったとして、それを台無しにしたのはお前じゃねえのか。お前が寝返ったせいでそいつの恩師が死んだんだろ。」
「そうだね。きっとその点は彼にとても恨まれてる。彼には身を寄せる場所も人も、カルムさん以外にもたなかった。彼はカルムさんにだけ従い、彼の諫言のみを受け入れた。……唯一の家族だったんでしょう。」
私はアルマに恨まれている。
裏切ったせいで、カルムクール・アムはメンテ・エスペランサの手によって殺害された。たとえそれまで革命軍に悪感情がなかったとしても、それはそこまでの話だ。実害がなければ許せることも、身内が手にかけられとあらばその類ではない。
「唯一の家族がメンテに殺された。今頃嬉々として刀ぁ研いでんじゃあねえのか。」
「だからだよ。だからこそ彼を止められるかもしれない。」
「……何だ、」
「この国の北の果て、ヴァランガの雪山に腕のいい医者がいると聞いた。」
ゼンフの顔から表情が抜け落ちる。それが仮定を確かなものにした。
「メンテと貴方は、カルムクール・アムの死を偽装したんでしょう?」
「…………、」
「カルムクール・アムは、死んでいない。」
「……いつ気が付いた。」
「ドラコニアに行ったときに直接お会いしました。」
「いきなり答えじゃねえか。」
呆れたようにぼやく彼には少し申し訳なく思う。御尤もだ。
ドラコニアでトルペから「リナーシタ」と呼ばれていたフードの男は死んだはずのカルムクール・アムその人だった。
呆然とする私に対しても気さくに笑顔で話かけてきて随分と驚いた。死んだことにされている人間。それも自身が窮地に追い詰められることになった原因の人間に対する態度ではとてもない。腰の引ける私とにこやかな彼は。傍から見れば久しぶりにあったただの同僚のように見えたことだろう。けれど一方カルムさんが拾ってきたという小汚い男は今にも襲い掛からんばかりに私のことを睨みつけていた。
カルムさんの連れていた狂犬の内の一匹は決して私のことを許してはいなかった。
ラパン・バヴァール。かつてのカルムさんの部下であり狂信者。軽薄な笑みを浮かべていた在軍時代の面影はない。風に噂で、コンケットオペラシオンに来ていた政治家や貴族たちが暗殺されていると聞いたが、それは十中八九彼の仕業だろう。自身、以前のように隠そうともしない。暗殺であるはずなのに連続殺人であることが露呈していることもあり、やけになっていることは察していた。
「腕のいい北の医者にカルムさんによく似た死体を作らせた。そしてカルムさんを昏倒させたのち身ぐるみ剥いでそっくりそのまま服を入れ替え、本物のカルムさんを回収。……そこまでは聞いていましたが、状況からしてカルムさんより小柄な総長に一連の作業を一人で行うことは不可能。他の革命軍メンバーが関わっているなら貴方が協力していたのだろうと、あたりをつけ、鎌をかけてみました。」
協力者であればこの局面でもはや隠す必要もない。逆に何も知らなければ戯言にしか聞こえなかっただろう。
それほどまでに、彼らの行った偽装は完璧だった。
「うまくカルムさんがアルマと接触できれば、十分阻止できるでしょう。幸い、彼の死を疑ったという話は軍や政府から流れていない。」
「……できればな。だがあいつがどこにいるかはドラコニアまでしか知らん。何よりメンテが何でそんな七面倒くさいことをしたのかも。」
ふと会話が微妙にかみ合っていないことに気づく。
「どこにいるかって、こちらへ連れてきたじゃないか。」
「……は?なんだそれ聞いてねえぞ。」
「いやだからフードは被っていましたが元部下を連れて、」
「待て、リナーシタって名乗ったあの男かっ、そんな名前を使ってるなんて初めて聞いたぞ。」
どうやらゼンフは本当に中途半端にしか知らなかったらしい。けれどそれもそうだろう。メンテは秘密主義。必要と感じたことは話すが感じられないことは誰にも一言も漏らさない。きっとゼンフは誰なのか、どういった風に偽装するかということは聞いていてもその後の処遇やその目的などは知らされていなかったのだろう。
「たぶん貴方だから偽名でもわかると思ったんでしょう。それにほかのメンバーもいる場所だった。本名をおいそれと名乗れなかったんでしょう。」
「そうか……安全圏で匿われてたってのに今更になってここに来るなんざ、馬鹿なやつだな。ただまあそれだけに使い道がある。正攻法で行くよりもカルムクール・アムを主軸においてベルネットの無力化を優先したほうがいいか。」
「ええ。カルムさんは平和主義者ですし、双方の被害を最小に留めるためといえばおそらく協力してくれるでしょう。」
彼がいるだけでできることは大きく変わってくる。何より王国軍一番の要であるアルマの凍結を可能にする最良の一手だろう。アルマの手さえ止められれば今回の被害は最小に抑えられるはずだ。その手が止まれば王国軍の勝利条件は決して満たされない。
「問題はこの敵味方数千人入り混じる広場でどうやってベルネットに気づかせるか、だろ。」
「それはたぶん解決できる。私もカルムさんも王都周辺のことは熟知している。混戦状態の中心を避けて軍人に紛れて膝元へ行くことはできるはずだ。」
行くことはできても味方陣営に戻ることはよっぽどできない、ということは言う必要がない。アルマさえ止められればいいのだから。
「じゃあとりあえずカルムクール・アム、もといリナーシタに話を通すか。それがねえと始まらねえ。」
「ええ、ラパンもいればサポートとしては十分でしょうし。」
辛うじて打開できそうな案をひねり出し、仮設本部のテントから出る。結局はアルマの心情にゆだねることになってしまっているが、単純な理屈では革命軍に勝ち筋を見出すことができない。
革命軍はあらゆる分野からの寄せ集め。故にそれぞれが何かしらの専門分野を持っている。機械に強い者、武器開発に強い者、隠密が得意な者など。けれど武力面において突出した火力を持つ者がいない。やはり戦闘の専門家といえば王国軍の軍人となる。そしてこちらの陣営にいる従軍経験者は指揮系、暗殺隠密系と、単身で打撃を与えられるタイプがいない。
一番可能性があるのは一点突破。火力のある者が少数で押し切り、総長を奪還し、あとはそれぞれが足止めをしながら総長の自陣帰還のみを目的とする。精鋭を浪費する形となるが総長奪還という目的においてはそれがおそらく一番成功率が高いだろう。もっとも、そんな精鋭は革命軍にはいないため、絵に描いた餅でしかない。
外に出て慌ただしく駆け回る中から長身のフードを探す。しかし一向に黒いフードと小汚い男は見つからない。嫌な汗が背中を伝う。
いないはずがない。彼は自ら望んでここへ来たのだ。今更逃げ帰ることはありえない。
「おいっ、お前リナーシタ見てねえか!?」
「え、あ、はい!今朝連れの男と二人で、偵察に行くと、街の、方へ……、」
ゼンフの憤怒の表情でたまたま捕まったメンバーの一人はだんだん声が小さくなっていった。
「嘘だろ……、」
「なんっであいつを見張っとかねえんだ!?」
「見張る必要がないだろ!一応トルペさんのお墨付きだしなによりここへ来たいといったのは彼だ!」
訳も分からず怯えたように私たちの剣幕を見る男に仕事に戻るように伝える。問題ないと安心させるように作り笑いを浮かべるが全く笑えない。問題しかない。
「と、にかくこれでアルマを寝返らせるための一番の兵器は失われました。」
「……ああ、本当にな。くそ、どうすんだよこんなぐだぐだで……、」
あまりに準備の整わなさに吐き気がしてくる。こちらの準備が整わずとも、政府は着々と処刑の準備を進めている。我々の事情など、考慮してくれるはずもない。
何もかもがうまくいっていない。いや、おそらく「うまくいく」の定義すらあやふやだ。
我々の勝利条件は総長の奪還のみ。だが総長にとってはどうだったのだろう。もし今の状態すら彼の計算の内であったのなら、私たちの作戦の成功は確実彼の作戦の成功と一致はしないだろう。
結局、どれもこれも、メンテの意図が読めないところに問題がある。
何も知らずただ動くことを期待されているのならあの人は柔和な面を被った鬼に違いない。
メンテ・エスペランサ処刑まであと4時間。
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街の中はある程度避難が住んでいるようで、呼び込みをする店主の声も、鬼ごっこをする子供たちの声も聞こえない。けれど忙しなく人の声が、足音が騒めきのようになり続けていた。首都中枢を舞台にした戦を目前に、兵士たちは悉く浮足立っていた。
ゆえに、離れた路地をこそこそと移動する俺たちに気を向ける者もいなかった。
「なあ本当に勝手に出てきてよかったのか?」
「問題ないっすよ。確かに貴方は革命軍側につくことにはなりましたが、貴方に死なれるのが一番まずい。だからこそ革命軍総長は貴方をドラコニアに隠したんでしょう。」
「でも別行動するにも、報告はすべきだろ。ホウレンソウは大事だぞ。」
「報告したらそれこそ許可されませんよ。我々は奴らから見れば不審者そのものですから。」
どこか腑に落ちなさそうな顔で首をかしげる元中将は最後に見たときからあまり変わっていない。それどころか、初めて会った日、もう十数年も前になるが変わっていないような気さえする。それこそ、変わったのはいくつかの傷と深くなった笑みのしわくらいだ。
腐りきった軍にいたのに、敵に捕虜にされていたのに、その本質の純粋さは微塵も変わってはいなかった。
「俺たちは奴らから信用されることはありません。少なくとも、この短い時間では。そうなれば戦場でも見張りをつけられるか、最悪行くことすらできないでしょう。行けたとしても有象無象の中で死にかねない。」
「なんだかなあ。絶対に死んではいけない立場っていうのもなかなか不思議なもんだ。身体ぁ張ってこそ、ってのが基本だったからな。」
「……死んではまずいんでしょうよ。総長の作戦では。」
なぜコンケットオペラシオンで死んだはずの上司が生きていたのか、詳しく彼の口からきいた。しかしそれを聞いても納得はできなかった。
もし彼が革命軍総長から聞いた話が本心だったとしたなら、そいつはとんでもない化け物としか思えない。
「革命軍と新政府が手を取り合うために必要。」
どう考えても、馬鹿げている。
どれだけの時間を、カルムクールさんがそいつと過ごしてきたのか知らない。どのような語らいをしたのかも知らない。けれど彼は全面的に総長であるメンテ・エスペランサを信用しているようであった。その理想に賛同し、助太刀しようとしている。彼は馬鹿ではない。けれどいささか他人を信用しすぎるきらいがあるのは否めないだろう。
俺は一度も、メンテ・エスペランサと会ったことはない。けれどカルムクールさんの仇としていつか殺してやろうと思っていた。にも拘わらず、いざ居場所を突き止めてみればすでに政府にとらわれたあと。しかも肝心のカルムクールさんは生きているしそれどころか総長のことを信頼している。根っからの善人であるがゆえに、コロッと騙されているのかもしれないと思うと、やはり革命軍からは距離を置くのが吉だった。だがしかし、体面だけといえ、仇であるはずだったメンテ・エスペランサの処刑を阻止するために尽力することになるとは先週の自分は思いもしなかったことだ。
殺すべきか否か。それは一時棚上げとする。
カルムクールさんが生きているという事実だけで最高の収穫である。それに彼が総長を助けたいという意思がある、それだけで今回動くには十分な理由だ。
「……革命軍と新政府が組むっていうのは、あり得るんすか?」
「ありえるんだろうさ。少なくともメンテはできると確信していた。だからこそ俺を殺さずにいた。あの時点ですでに明確に俺の使い道を考えていたんだろうな。」
感心したようにカルムクールさんは話すが、俺からすればぞっとするような話だ。
”新政府”と”革命軍”ということはほかに第三の勢力があるということ。今の政府を革命軍以外の勢力が乗っ取るのだ。しかも話を聞く限り、政府内に裏切り者がいる。その裏切りものと革命軍が手を組んでいたのだ。そのうえコンケットオペラシオンの時点、ということは俺もまだ在軍していたころ。新政府設立を考えるくらいだ。おそらく裏切り者は幹部だろう。けれどそれらしい人間は全く見当がつかなかった。
だが何より悍ましいのがやはりメンテ・エスペランサという男だった。曰く、アルマとそう年の離れない優男だと。仲間からの信頼は厚く、穏やかで争いを嫌う。慈悲深い思想家だと。
何の疑いもなくカルムクールさんは言うが、その内容は客観的に見れば矛盾だらけである。
仲間からの信頼は厚いのに、新政府と手を組むという話は一切していない。信頼されているのに、仲間を信頼しようともしない。争いを嫌うのに、わざわざ自分の身を危険にさらしている。必ず仲間は助けに来ると確信しているだろうに。慈悲深いというのに、その判断やどこまでも身勝手で自分本位だ。
数多の仲間を引き連れながら、その実誰一人として信頼も信用もしていない。ただ一人、未来だけを見据え続けて走り続ける。
この狂乱さえ、その男の計画の内だというなら、それは完全に化け物だ。
春休み中に終わらなかった!すいません!
社畜しているので亀更新に拍車がかかります!
終わらせる気はあるので何卒お付き合いいただけると幸いです。