やり直し革命譚 9
メタンプシコーズ王国首都テール・プロミーズ王国軍臨時本部アサンシオン広場前
「諸君!いよいよ決戦の時が来た!長きにわたる混乱に今日終止符が打たれることになる!」
臨時の仮説本部から見下ろす広場は一面兵士たちの制服で白く蠢いていた。各々武器を取り、持ち場にて拡大された総統パシフィスト・イネブランラーブルの声を聴く。
「どれだけ我々は奴らの辛酸を飲まされたことだろうか。どれだけの仲間たちが奴らの凶刃の手にかかったことだろうか。どれだけの無辜の国民が、奴らの妄言に振り回されてきたことだろう。……我々は叛賊を討たねばならない!すべては国民のため、この国の安泰たる未来のために!我々は正義の鉄槌をもって、彼の者どもの目を覚まさせてやらねばならない!!」
熱のこもった総統の言葉にその場のボルテージは上げられていく。
ここにいるほとんどの兵士がまともな戦を知らない。下手すれば演習程度しかしていない新兵だ。初めての戦場初めての本番、初めての緊張感と熱気。さぞやる気に満ち溢れていることだろう。兵士たちにあった初陣の緊張感は総統の言葉により明確な熱量に変換されていく。
「今やこの国に、一国の猶予もない。前代未聞の天災に襲われ、我が祖国は未曽有の危機に瀕している、地方出身の者は身を持って知っているだろう。そしてそれを乗り越えるため、我々国民は一丸となり、この解決を目指さねばなるまい。……このような事態において、叛逆の徒の相手をしている暇はないのだ。しかしながら奴らはガンに等しい。放置すれば無辜なる国民を引きずり込み、増殖し、この国の存続を脅かすような存在となることだろう。我々はこの国という身体のため、奴らという悪性細胞を駆逐しなければならない!」
言葉のそこかしこに散りばめられた仕掛けたち。まるで学のない自分にもわかった。兵士たちをたきつけるため、凝集性を高める言葉たち。自身らの正当性を主張することで、正義の執行という大義名分を与えたを害することへの罪悪感の緩和。個人ではなく、軍、軍ではなく国そのもの。各人を国の代執行者とする意図が透けて見えた。
「王国は、諸君の献身に期待をする。この戦いは王国の未来のため、この王国の永劫の繁栄の礎となる。怒れっ、この国を脅かす者たちに!武器をとれっ、この国の平安を取り戻すために!我らは決して悪逆に屈することはない!この日をもって、反乱軍を討ち取るのだ!ただの一つも存在することを許さず、叛逆者どもを殲滅するのだっ!!」
かつて、この男のことを鉄面皮と、革命軍人であった俺は評した。それだけは訂正しよう。この男は決して鉄面皮ではない。怒り恨みを程よく乗せた激励は実に効果的で、そして常日頃鉄面皮であるだけに感情を露わにした姿はその熱を効率的に伝染させていく。
白い集団は戦意に満ち、今すぐにでも戦いを始めようとするのではないかというほどの熱気に包まれていた。
しかし彼らは知らないのだろう。
戦場では、やる気だけでは生き残ることはできない。勝利することはできない。
戦意旺盛な新兵で喜ぶのはより多くの敵を殺したいと思っている人間と肉壁の後ろで生き残りたい輩だけだ。度を越えた熱は時に本来の力以上のものを引き出すが、所詮毛が生えた程度だ。性能の良い肉壁になるのが精々だろう。
悪い、とは言わない。指揮官としては間違いなく正解だ。目的はあくまで勝利。生存者を残すのはその場の各指揮官の技量に任せられるところになる。
だが諫める者がいなければそれはただの暴君となり果てるだろう。
あの日、多くの王国軍人を殺した。刀で切り裂き、突き刺し、踏み倒した。ただの肉壁でしかなく、数が多いだけの兵士たち。あれはきっと新兵たちだったのだろう。逃げ出した兵士の背を切り捨てた将校もいた。大して戦い方も知らないような若者たちが時間稼ぎの盾として浪費された背景には慢性的な人手不足と度重なる戦いによるベテラン将校たちの殉職があった。
革命軍もまた、若年層でほとんどが構成されていた。改めて考えると、本当に建設的でない戦いだった。
ふと思う。俺は殺されたがこうしてもとに戻ってきた。しかしもしあの未来が続いていたのなら、この国はどうなっていたのだろうか。
王国軍の望んだまま、革命軍の総長も副長も殺し、革命軍を壊滅状態にすることができたとして。その先に何があったのだろうか。今回のように総統が王を暗殺し、総統が首領となる国ができたのだろうか。その未来は、この国にとって幸福なものだったのだろうか。
「アルマ・ベルネット中将、何を考えているんだ?」
鎖にくくられ椅子に座らせられた革命軍総長が聞いた。
「……この国の未来について考えていた。」
「未来、ね。それは明るいものだったかい?」
「明るいものであればいい。」
「誰にとって?」
淡々と、穏やかな口調で薄汚れた男は俺に聞いた。
「……さあな。」
これから数時間後に殺される人間の様子には到底見えなかった。
総統の広場に向けた激励を本部の待機所から聞いていたが、どれほどの革命軍を侮辱するような言葉を耳にしようと、策を弄した言葉を聞こうと、顔色一つ変えなかった。ただただ、壁の向こうの広場を見ていた。
「お前は、どんな未来を望んでいた。」
「……私かい?」
俺は知らなかった。
どうしてメンテ・エスペランサという少年が革命軍にいたのか。どうしてその青年が革命を志していたのか。その革命の先にいったい何を見ていたのか。
俺は、知ろうとしなかった。
それは俺の仕事ではないと。俺の仕事は革命軍の矛であるべきと。思考を停止してただの武器になり下がっていた。今ならわかる。俺はきっと逃げていたのだ。考えることをやめて、策も思考も、理想も、すべてメンテ一人に投げ出していた。
なんで何も言ってくれなかったのか。
なぜ一人で王国軍の下へと下ってしまったのか。
そんな風に考えていた。
俺は馬鹿だった。
何も考えようとしない奴を、いったい誰が頼るだろうか。
「どんな未来を望んでいる。」
何もかも遅い。
俺が知っていたメンテ・エスペランサという人間はもう十数年前に俺と共に死んだ。ここにいるのは俺と出会うことのなかったメンテ・エスペランサだ。たとえあの時の同じような格好をしていても。記憶の中のあいつと寸分違わぬ姿形をしていたとしても。
けれどきっと無為じゃない。
俺がなぜこの命を繰り返しているかいまだに知らない。どうしてか、なんのためか、再び俺が死んだ日を迎えた今日も、俺はその答えを知らない。いや、それを大して気にも留めなかった。いつものように、思考停止させて、目的だけを見続けて。
でもそれでは変わらない。何の相談も報告をあいつから得られず、みすみす死なせたあのときの俺と。
前回と丸々同じ人生を送っていない。今の俺とメンテは赤の他人だ。そんな今のメンテにこうして問うのは自慰行為に他ならない。
けれど俺の後悔の原因を、俺が理解しようとしてこなかったメンテ・エスペランサという人間の答えを、今のメンテを持っているかもしれなかった。
「……私は、みんなが笑える未来が欲しいよ。」
「具体的にはどんなビジョンだ。……多くの国民を誘い入れ、辛うじてでも成立している政府を倒して、その先はどうするつもりなんだ。安定した政府を立てるのは難しいぞ。規模や歴史も比べ物にならない。どうやって『みんなが笑える未来』を作る。」
琥珀色の目が丸くされた。相変わらず、透き通るような明るい琥珀だった。明白な驚きの色。二回目の人生で初めて見る表情だった。だがそこに嫌悪感や煩わし気な様子は見られなかった。
「……君は、脳筋だと思ってたんだけど。」
「これでも中将なんでね。何よりこんな馬鹿げた策に乗って世界をひっくり返そうとするには、脳筋のままじゃいられない。」
昔とは違う。決して頭脳派とは言わない。けれど少なくはない部下を持ち、指揮官として全体を俯瞰してみる必要がある。現場では命令を受ける側ではなく出す側だ。命令一つで、部下を殺すことになる。思考停止などしていられない。
「そう、だね。……ゼロから政府を作るのは、無理だ。少なくとも、今の僕らにはそんな力はない。人数も足りない。何より全国から有志達を募っていたけれど、思想の統一なんてはるかかなた。きっと政府関係者以外からも反発は多いよ。それに僕らは象徴を持っていない。」
今まで聞いたことすらなかった話だった。どちらかといえば、彼は柔和でありながら人を寄せ付けない、踏み込ませない人間だと思っていた。だが今思う。俺の知っているメンテもまた、踏み込ませないのではなく、踏み込めなかったのだ。誰も要求しなかったからこそ、誰にもこういった話をしなかったのだろう。
皆、総長についていけばいいとしか思っていなかった。美しい理想を御旗に掲げて、その具体的内容も策も、丸投げしていた。
「象徴。現状で言うなら王か。」
「ああ。たとえどれだけの下策を取ろうとも王は王だ。特別であり、尊ぶべき血筋。そんなアイコンを持っている。けれど僕らは何も持っていない。何も知らない人間からすれば武力でこの世を乱すような輩としか映らないだろう。そしてそれはこの政府を倒しても同じこと。誰もが認めるアイコンが必要なんだ。」
「……星龍会、か。」
「そう。アンタスさんたちは宗教をアイコンにしようとした。けどそれを担ぎ上げるのはほぼ失敗。ドラコニアも含めて壊滅状態に陥った。」
大火炎の戦いとまで呼ばれた先代革命軍と王国軍の戦いは泥沼の入り口であり、明確な一般人を巻き込んだ闘争に発展し、荘厳な宗教都市は廃墟と化した。現状、星龍会は革命軍に対し敵対はしていないが、決して好感を持たれているわけではないだろう。表立ってそう主張するだけの力もなければ、離れつつある信仰を取り返すのに革命軍を利用しようとした後ろめたさがあるだけだ。
「伝統や歴史を含有する象徴を作り出すのはたぶん不可能だ。だから政府を倒すだけじゃダメなんだ。」
椅子にくくられながら話すメンテは、今まで見た中で一番いきいきとしているように見えた。
そしてたどり着いたこの国に未来を歩ませる方法は、ほかの人間たちと呼応した。
だから今、メンテ・エスペランサという男はここにいるのだ。
「お喋りもそのくらいにせぇ。」
今の今まで黙りこくっていたフスティシア・マルトーが大槌を軽く打って諫めた。
メンテの監視役として執行人である俺と共につけられた王国軍大将だが、その実、俺が大将の監視を仰せつかっている。土壇場で裏切らないように、と。長く軍にいるというのに、先日の革命軍総長との勝手な談合によりかの総統からの信頼をすっかり失ってしまっていた。
「……ヒルマかヒムロ、それかアッセンさんは、」
「駄目じゃな。あの兄妹を含めて別部隊との連絡手段は残しとらん。局長に至ってはシリウスをつけとったのに一昨日に撒かれた。今じゃあどこにおるかもわからん。」
警戒されていたからこそ、目立つと自覚していたからこそ俺もフスティシアもあえて別動隊との関係を切っていたのだがそれが仇となった。総統が国王に暗殺者を差し向けていると分かってもそれを知らせるすべがないのでは意味がない。万が一暗殺者が先に国王を殺せば殺害後それを周知するためのパフォーマンスは行えず、俺がメンテの首を落とすことになる。鉢合わせれば王を殺すどころではなくなる可能性もある。敵の敵は味方、なわけがない。ただの三つ巴だ。
「ここまで来て不確定要素が盛りだくさんだね。」
「……他人事か。お前が一番危ない位置にいる自覚がないのか。」
万が一のとき、俺やフスティシア、政府側所属の人間はいくらでも言い逃れができる。けれどメンテは違う。少しでも作戦に綻びがあれば、簡単に首が転がり落ちるのだ。
「じゃあさ、もし作戦が失敗したらベルネット中将が僕を連れて逃げ出してよ。」
「はあ?」
唐突な言葉に眉を顰める。
縁起でもない、とは言わない。ここまでくれば縁起もくそもない。文字通り彼の頭は首の皮一枚で繋がっているだけなのだ。ただその提案ですらない願いはあまりにも荒唐無稽だった。
「君がこの鎖を壊して、あの処刑台から飛び降りるんだ。僕は君に手を引かれながら走ってさ。仲間がいる方に走って逃げるんだ。走って走って、邪魔なんて気にしないで、戦場を引っ掻き回して逃げるんだ。」
「……意味が分からん。」
俺がそうするだけのメリットが客観的に見て存在しない。確かに、メンテを助けることだけを考えている俺であればその選択も存在するだろう。けれどベルネット中将と革命軍総長はそんな手と手を取り合って逃避行するような間柄ではない。
「……そんな、夢を見たんだ。」
「……夢の最期は、どうだったんじゃ。」
訝し気な俺をおいて、フスティシアは何でもない世間話のように聞いた。
「殺されたよ。僕もベルネットも。ぐしゃぐしゃにされてね。」
夢の話であるというのに、その光景が頭の中で再生できてしまって、吐き気がした。
俺たちはまた、殺されるのだろうか。
「長い、夢だった。」
その目は俺を見ていながら、俺のことを見ていなかった。
メンテには、その手を握って逃げる、そんな俺の姿が見えているのだろうか。
けれど思う。その状況になって、俺は本当にメンテの手を取って逃げるだろうか。それができるだろうか。
そこに先はあるのか。命からがら逃げだせたとして、その後何とかできるのか。それこそ総統が全権力を握る事態になれば間違いなく革命軍は抹殺される。そしてその時、俺が政府側、総統側にいればそれを止められるだろう。
気が付けば俺は国の未来とメンテ・エスペランサという人間を天秤にかけていた。その事実に寒気がする。いつから俺は愛国主義者にでもなったのだろう。なんのためにここへ来たのだろう。
「長い夢じゃろうが何だろうが、これで終い。夢は夢、今は今。ここでどうするべきか悩んだところで仕方ぁない。わしらにできるのはヒムロが無事あの愚王の首を持ってくることを祈るだけじゃ。どうせ他にはなんにもできん。」
「……意外と楽観的だね、”涙を流す者”。」
「そりゃあここまで来りゃあな。なんもできん。選択肢があるのはアルマだけじゃ。」
「……俺?」
突然名指しされ動揺した。しかしそれも意に介さず豪快に彼は笑う。
「おう。まあ好きに動け。こやつを殺すなら殺す、殺さんなら殺さん。万が一の時は好きにせぇ。お前が後悔せんようにな。」
「後悔……、」
後悔はした。飽きるほどに。もしあの時こうしていたら、もしあの時ああしていれば。あれこれと考えた。それが無駄と知りながら。
俺が優先すべきなのは、皆が望む平和な国が、それとも誰より大事だったかつての戦友か。
どれが正解なのか、わからなかった。




