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あの夕方を、もう一度  作者: 秋澤 えで
終局開幕最終章
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やり直し革命譚 8

 どこかから聞こえてくる怒号、落ち着かず囁き交わされる騒めき。大火炎の戦い、ドラコニアの時にはなかった雰囲気だ。あの時はもっと不安と静かな闘志があった。この違いは戦いに参加する者たちの年齢の若さゆえか、それとも本拠地にてただ一人を処刑するだけの任務であることからの気のゆるみか。


 ああ俺は、メンテは、こんな浮足立った奴らに殺されたんだな。



 「おい、なんなんだ、この雰囲気……気色悪ぃ。」

 「総出で戦場に出るなんて機会がないから、武勲を立てるチャンスだとでも思ってるんじゃないのか。革命軍だって総出だ。幹部を殺す、ないし捕縛できれば十分評価されるだろ。……お前だって名をあげるチャンスじゃないか、クロワール。」

 「……こんな戦いでの活躍なんざ武勲でもなんでもねえよ胸糞悪い。」



 吐き捨てるように言うクロワール。


『邪魔はどっちだ!革命なんざふざけたことほざいて、国の秩序を乱し国民の平和を脅かす輩に、この国の未来を担うなんざ大それたことできやしねえ!』


 あの時の言葉はきっと嘘ではない。そして今のこの戦いに対する否定的な言葉もまたこいつの本心なのだろう。



 「……正義だろうと、不正義だろうと、俺がやるべきことは変わらねえ。少なくとも、今この時間。今日の俺は革命軍総長メンテ・エスペランサの処刑を行うための一兵士にすぎん。だが胸ぇ張るようなみっともねえ真似はしねえ。恥じ入るくれえの分別はあるつもりだ。」

 「そうかよ。」



 いつかにソンジュが王国軍は一枚岩じゃないと言っていた。けれどそれでもこのクロワールのような兵士は疑念や懊悩を覆い隠し、一兵卒として機能する。少なくとも戦場において役割を忘れることも寝返ることもないのだろう。それこそぶれるとすれば頭を使っている中堅以下くらいだ。

 どこか熱に浮かされたように言葉を交わし合う兵士たちは、良くて小隊での交戦、最悪王都や地方の警備任務程度しか経験していない。数は力だという。けれどその数のどれほどが、肉壁としての役割を担っていることだろう。



 「どうでもいいことを聞いてもいいか。」

 「お前らしくもねえが、聞くからにはどうせ意味があるんだろ。」

 「星龍会の神ってのは、」

 「俺らの神のことについて聞くのに『どうでもいいこと』なんて枕詞をつけるんじゃねえ!」



 いつも通り怒鳴り散らすと近くにいた兵士が飛び上がり、そそくさとその場を離れた。クロワールの切れ様はいつも通りだが、一瞬だけ俺の耳を見て複雑そうな顔をした。



 「お前のとこの神は、この戦争をどう思うと考える?」

 「どう、ってぇと……?」

 「そのままだ。俺は星龍会の成り立ちについては知っているがその信条やルールについては知らん。神とか宗教にも詳しくないし、学もない。神ってえのは戦いを推奨するものなのか?」

 「基本的にはしねえよ。人間は神がいるからこそ存在し得る。言うなら人間は神のものだ。神の所有物が勝手に減るのは避けるべきこと。それこそ聖戦でもなきゃこの地に無駄な血を吸わせてはならない。」

 ああそういえば、と思い出す。はじめてこいつに会ったとき信徒だからこそ出血量の少ないメイスを使うのだと言っていた。

 「ふうん。」

 「……聞いておいてなんだその興味なさげな返事は!」

 「いや別に。いい教えだと思ったんだよ。」

 「ハン、嘘臭ぇ。」



 俺に興味がないことなど百も承知だろうに聞けばいちいち神妙に答える。信徒という者は皆そういうものなのだろうか。もっともそんなこと口にすればまた怒鳴られることは目に見えているため口をつぐんだ。



 「……いいや、死人は少しでも少ないほうがいい。今回の戦い、死ぬべきなのは、殺すべきなのは一人だけだ。ほかの奴らは違う。死ななくてもいい奴らのはずだ。」



 今回殺さなくてはならないのは一人だけだ。



 「ああ、本当にな。公開処刑なんてしてねえでとっとと殺せばいいものを、こんな無駄に死人が出るような真似……、馬鹿馬鹿しい。」

 「ああ、頭でも変わればましになるかもしれないけどな。」

 「滅多なこと言うんじゃねえよ。誰が聞いてるとも限らねえ。」

 「構わんさ。」



 事実、周囲にも聞こえているだろう。けれど誰も咎めるような声や視線を向けないのは俺たちが中将であるからだけではない。


 今回の戦いに対して不信感を抱いている者だけではない。ただただ常日頃からの疑念は皆抱いているのだ。鎖国し疲弊する国、何の対策も取らない政府。兵士といえどその前に国民である。たとえ自身が政府からの恩恵を得ていたとしても、それは国民の不満を覆い隠す理由にならない。

 特に革命軍が絡んだ時の総督パシフィスト・イネブランラーブルの様子は狂気に満ちている。革命軍に対する柵を知っている者や、革命軍に恨みを持つものであれば頼もしい旗印にもなるだろうが、そうでもない若い世代にとって、総督の鬼気迫る様子は不安や疑念を抱かせる。

 この戦いにおいて指揮官がすべきことは、一人でも多くの人間を生き残らせることだ。

 上層部は革命軍の壊滅を支持し、少しでも多くの反逆者たちを殺そうとするだろう。けれどそれは兵士たちの実情と完全に食い違っている。大火炎の戦いで、これからの軍のために残された中堅以上の者たち、そして未来のために遠ざけられた若い世代とそれ以降に入隊した者たちとの間には決して浅くはない隔絶があった。

 放置したとて、瓦解するのはそう遠くないのだろう。


 何か言いたげなクロワールを視線で促した。

 おそらく、このテールプロミーズでの戦いの前に話す機会はもうない。



 「……正直お前がほかの兵士たちを気遣うとは思わなかった。お前はどちらかといえば作戦のため、任務遂行のために必要であれば切り捨てていくタイプじゃなかったか?」



 クロワールの中の俺は随分と情のかけらもない男らしい。しかし身に覚えもある。ただクロワールはそもそも勘違いしている。



 「必要とあらば切り捨てるさ。目的、成功が最優先事項。そのためなら何であろうと犠牲にしよう。そして今回の最優先事項は未来ある若年兵をいかに減らさず、この馬鹿馬鹿しい戦いを終わらせるか、だ。切り捨てるべきは彼らじゃない。総力を挙げてぶつかって、お互い全滅じゃあ話にならん。」

 「…………お前は、」

 「戦いは終わっても、この国が終わるわけじゃない。どう転ぼうとも、俺たちが守るべきものはある。」



 目的にために切り捨てるべきなのは王国軍兵士などではない。



 「お前は、どこ・・を見てんだ……?」



 騒めきを切り裂き、静寂を敷くような足音が聞こえてきた。

 革命軍をひたすら憎む男だと笑ったが、きっと俺も大概なのだろう。



 「俺が見てるのは、悔いなく生きていられる未来だ。」



 未だ納得がいかないといった表情だったが、これ以上話すことはなかった。時間もなければ漏らせる情報もない。



 「……妖怪が来るぞ。せいぜい死なないように足掻け、死なせないように指示を出せ。……そこで話して武器の手入れしてるやつら、お前のとこのだろ。ああいう奴は、真っ先に死ぬ。一声かけるくらいできるだろ。」

 「ちょ、おい、妖怪って、」

 「ベルネット中将。」

 「っは、ここに。」



 話し声は一瞬で消え去った。


 総統パシフィスト・イネブランラーブルがそこにいた。


 本来このような一般兵士のいるような場所に来るはずのない、軍部の最高司令官だ。高揚感も冷水を浴びせられたように沈下する。それはまだ問い詰めたそうなクロワールも同じだった。

 なぜここに来たか、そんな理由は一つしかない。



 「忙しいところすまないが、少々時間をもらえるか。」

 「っは、もちろんです閣下。」



 茶番だろうが何だろうが、付き合ってやろう。

 もはや誰が何を画策しようと、動き出した計画は止められないのだから。




**********




 メンテ・エスペランサ処刑までの時間はあと6時間を切った。



 「緊張しているか?」



 時間もない中、なぜか総統は俺にコーヒーを淹れだした。そんなこと自分が、と手を出そうとしてきっぱりと断られる。総統の執務室はその騒ぎから切り離され、まるで平時のような空気感保っていた。唯一、有事であることを感じさせるのは若手の中将である俺が一人で執務室に招かれたことだろう。



 「いいえ、私の仕事は奴の首一つ切り落すこと、それだけですから。」

 「あの逆賊の長の傍にいれば、自然集中砲火されるというのに?」

 「ええ、私には当たりませんから。」



 たとえ処刑台の上にいたとしても、決して当たらない。俺に革命軍からの攻撃は届かない。

 なぜならあの日、処刑台の上にいたフスティシア・マルトーはかすり傷の一つも負わされることはなかったのだから。いっそ虚しくなるほどに、革命軍と総長の間には大きな壁があった。

 ものの良し悪しなどさして肥えてもいない俺にはわからない。けれど総統の執務室にあるものなのだからきっといいコーヒーなのだろう。危なげないその手元を注視した。



 「それは頼もしいことだ。……まだ若いというのに随分と肝が据わっている。」

 「いいえ、私などはまだまだ。部下たちのほとんどは私より年長の者、少しでも落ち着いているように見せたいだけ。そのように見えているなら、幸いです。」

 「世辞などではない。これほどの大役を負うというのに、こうも落ち着いていられる者もそうはいないだろう。」

 「いえ、私はただ首一つ落とすのみ。その時刻まで革命軍を退け続けなければならない前線の者の方がよほど大役と呼べますでしょう。」



 軽く頭を下げ、コーヒーを受け取る。普段の厳めしい顔よりも幾分か表情は柔らかい。それはコーヒーの香りによって悠揚さが保たれているのか、それとも恨んで止まない革命軍を殺すことのできる喜びからか。読めない顔つきの総統を一瞥して、コーヒーに口をつけるふりをした。



 「あの者たちにどれだけの同志たちが殺されただろう。」



 総統はまるで独り言のように口を開いた。



 「革命などという馬鹿げたことを謳い、人々を惑わせ煽動する。まるで悪魔のようだ。」

 「ええ、全く。」

 「我々はこの国を、国民を守らなくてはならない。あの悪しき者たちから。……ベルネット中将、君は革命軍を何だと考える?」



 少しだけ驚いた。この男が誰かの言葉を聞こうとする様子を見せたことに。かつてより近くでこの男を見ることで、この男の冷徹さに隠された苛烈さや煮えたぎる恨みつらみを端々に感じ取っていた。てっきり誰の言葉も聞くことなく、その道を貫く者と思っていた。



 「……逆賊、では?今の王政府、国に不満を抱き、先などない幻想のために突き進むような。きっと王政府を倒したところで、その先に静穏たる治世はないでしょう。」



 総統が望みそうな言葉を適当に紡ぐ。だがまるっきり嘘ではなかった。

 革命軍は正しい。その思想は今も変わっていない。けれど王政府側に立つことで見えてきたこともある。

 革命軍は王政府を打倒したのち、どうこの国を治めようとしていたのだろうか。

 この国は広い。そのすべてを統治することは決して並大抵のことではなく、下手すれば新政府を立ち上げたのち、ほかの反乱軍や政府を作り上げられかねない。そうすれば静穏な治世、誰もが望んだ平等な世界など訪れるのは夢のまた夢。改めて考えると、この国がたとえ惨憺たる状況であろうと国という体裁を保ち、政を執れていたのは、王という象徴のおかげもあったのだろう。たとえそれが張りぼてのまがい物であろうとも。



 「ああその通りだ。彼らは自らの幻想を政治的思想と勘違いし、身の程知らずにも国を倒そうとしている。その先の未来など見えていない。王政府を倒したところで、これ以上改善されることなどない。」



 徐々に、饒舌になっていく言葉。それに先ほどの考えあ間違いだったと気づき嘆息する。これは俺の考えを聞きたかったわけではなく、それを呼び水に自らの主張を語りたかっただけなのだ。



 「確かに、陛下はもう何の役にも立たない。」

 「っ、」

 「驚いたか。だが誰もがそう思っているだろう。あの盆暗はただいるだけ。それどころか害悪にしかならない穀潰しだ。」

 「閣下、お言葉が、」

 「君も気づいているだろう?この国の先にあるのは衰退だけだ。」



 見誤っていた。

 王国軍は一枚岩ではない。それどころの話ではないじゃないか。どれだけ忠義を口にしようが、従順に見せようが、腹の底では虎視眈々と野心が息づいている。



 「この国を変えるのに必要なのはこの政府を倒すことではなく、王から権限を切り離すことだ。そして相応しい者が政権を握る。それが最も犠牲が少なく、この国の在り方を変えることできる。」

 「……しかし、どうやって陛下から権限を切り離すのですか?この国は王の治める国家。どのような理由をつけようとも陛下から簒奪することは難しいでしょう。」

 「ああ、だから革命軍を利用する。」



 話が読めず眉を顰めた。けれど総統はそれに気をよくしたようで、また口を開いた。



 「”この戦いに乗じ、革命軍は暗殺者を王宮サン・テスプリ宮殿に差し向けた。しかし暗殺者は失敗し、陛下に大怪我を負わせるにとどまった”。」

 「それは……、」



 反乱軍は王国軍により鎮圧、壊滅させられた。しかし暗殺者により王は怪我を負わされた。

 卑劣な反乱軍は掃討され、大怪我を負った王の代理として、他の者が執政を行う。



 「これが最善だとは思わないか?目障りな者たちを一掃できる。」

 「……罪を着せるのですか。」

 「なんの話だ。今まで数十年間、私は奴らを見てきた。奴らならやるだろう。闇討ちだろうと暗殺だろうと情報操作だろうと。”陛下は反乱軍の暗殺者により襲われた”のだ。」



 嫌な汗が背中を伝う。

 俺はこいつについてくるべきではなかった。

 情報を得たのはいい。だがこれをほかの者に伝えるすべがない。



 「……なぜ、私にそのようなお話を。」

 「君ならわかってくれると思ってな。アム中将のことは残念だった。けれど彼は平和を願う者だっただろう。君ならわかるはずだ。この先には、確実な平和がある。馬鹿げた反乱する者はおらず、緩やかにこの国を腐らせる害虫もいない。彼の願った平和はすぐそこにあるのだ。」

 「…………、」

 「君はこれからの政府に必要な人間だ、そして信用に足る。」

 「……もったいない、お言葉です。」



 このままでは国王の首を取るはずのヒムロとこの男の差し向ける暗殺者が鉢合わせることになる。一番の肝はいかに早くヒムロが王の首を取り、戦場に赴くかだ。これが遅れたなら、メンテの処刑は実行されてしまう。

 ヒムロ、かヒルマに伝えておきたいが、二人は宰相リチュエル・オテルの下におり、顔を合わせるチャンスはない。



 「革命軍は各地から集まり、王都郊外で姿が目撃されている。おそらく、メンテ・エスペランサが表に出てくるまでは行動すまい。」



 灰色の目が細められる。



 「君には期待してるんだ。」



 この男が重大な情報を得た俺を一人にするはずがない。

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