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あの夕方を、もう一度  作者: 秋澤 えで
終局開幕最終章
41/56

やり直し革命譚 5

 「やあシリウスくん!元気?」

 「ええまあ。強いて言うなら寝不足ですかね。」

 「そっかぁそれはよくない。これから一世一代のお祭りが開かれるのに寝不足だなんて。そんなんじゃ流れ弾であっさり死んじゃうよ?」



 情報管理局局長の執務室で笑う。ついにアッセン・ディスフラースは情報管理局を完全に自らの手中に収めたらしく、革張りの椅子で機嫌よく書類を重ねていた。革命軍総長メンテ・エスペランサ処刑まであと2日だというのに、彼女には緊張感というものがまるでなかった。



 「……情報管理局局長就任、おめでとうございます。」

 「ありがとー!いやあ祝われるのは嬉しいね。周りの人たちは全然祝ってくれなくて。いやまあ先代の局長が就任した時も誰も祝ったりはしないんだけど。」



 4局の中でも最も闇が深いであろう情報局ともあればそうだろう。前局長を引きずりおろして局長の座に就いた彼女の所業、証拠などなくともきっと誰もが察しているだろう。純粋に祝う者は当然いない。



 「しかしながらこの局面で就任されるとは思いませんでした。」

 「それは私も同じ。状況が落ち着くまでは情報管理局局長代理って形になるかと思ったんだけど。」

 「……万が一情報局の方に罪が問われるような状況になった場合、速やかに首を切るためでしょうね。」

 「だろうね!いやあ優秀でかわいい部下たちは怖いなあ。」



 ケラケラと笑う彼女は口先で怖い怖いと言って見せるがその目のどこにも恐怖などない。むしろ挑戦的な色を宿していた。きっと自身を引きずり落そうとする者がいれば躊躇なく、一切の返り血を浴びることなく片付けるのだろう。



 「でもよかったでしょ?私がさっさと局長になったから、局長権限によってこの国のあらゆる情報をすべて閲覧できるんだ。何より、メンテ・エスペランサ処刑において派手に立ち回ろうとしてる君たちにとって、私のこの権限の拡大はおいしいだろう?」



 ほら、と渡されるのは数十枚に及ぶ書類。数秒目を通しただけで、今回私が彼女に頼もうとしていた資料だと分かった。

 「彼、ちょっとやらかしすぎて情報の一部伏せられてるんでしょ?一生懸命頑張ってるのに可哀そう。だから気の利く優しいアッセンちゃんがその情報の一切を部下のシリウスくんにプレゼントしちゃう!」



 もっと喜んでくれていいのよ、という彼女にはもう鳥肌しかたたない。私はまだ何も頼んでいない。しかも彼の方が情報の制限を受けていることも軍部の中枢、中将以上しか知らないはずである。公開処刑に関してもテールプロミーズで行うため情報管理局からの協力連携はほとんどない。非戦闘員である情報管理局局員は極力現場を離れ、計画に関しても情報漏洩を防ぐためノータッチである。

 味方側からすれば頼もしいのだが、ここまで先回りされてしまうと空恐ろしい。



 「ありがとうございます、助かります。」

 「……ま、君の上司ならこんなことも想定内なのかもしれないけどね。」

 「そうかもしれません。あの方はすべてを見通していてもおかしくないので。しかしこの局面では不安要素はすべて排除しておくべきです。甘い見通しはすべてを瓦解させかねません。」



 ここ最近、彼の方は考え込むことが多くなった。いや、以前から様々なことに考えを巡らせている方ではあったが、以前にもまして情報の確認であったり、自身の指針が正しかと私に確認を求めることが多くなった。不安、ということはないだろう。ここまで計画を詰めてきたのだ。今更何かが覆ることはない。あとは用意した舞台装置が買って動き出すのを待つだけ。なるようにしかならないのだから。



 「革命軍の動きに関する情報は入ってきていますか?」

 「ああ。今はソンジュくんが革命軍を率いてる。ちょっとびっくりしたけどね。あの小心者にそんな大それたことができたなんて。」



 ソンジュ・ミゼリコルド。数年前に中将であったにも関わらず大火炎の戦いののち、軍を出奔し革命軍に与した。コンケットオペラシオン城での会議についても革命軍に情報を流出させ、甚大な被害を王国軍に出した。それどころか物的被害にとどまらず、王国軍幹部が革命軍に寝返ったという事実は軍内部の結束に綻びを作ってしまった。一人のケースである、ととどまらなかったのは、やはり大火炎の戦いに疑念を持つ者が少なくなかったからだろう。



 「いえ、きっと”涙を流す者”もこうなることを想定していたのでしょう。王国軍という肥大した組織では彼の実直さが活かされない。小さな組織の方が彼の実力を最大限に活かす環境だっだのでしょう。」

 「私は逃げ出すか誰かに投げ出すかすると思ったんだけどなー。頑張るねえ、彼。」



 正直なところ、私もそう思っていた。何度もソンジュ・ミゼリコルドには会っているが、彼は実直すぎると同時に潔癖だった。しかもその潔癖さは自らの矮小さや自身のなさを隠すためのものでしかない。王国軍の中将にまで登ってきたのは完全に運と社会情勢からくるものでしかない。幹部の中でも彼は浮いた存在だった。戦闘などの実力が足りないわけではない、けれど覚悟や信条が未熟だったのだ。必死さが足りず、それを善人を演じることでカバーしていた。そんな人間だった。そのあたりは新しく中将になったヴェリテ・クロワールと真逆だといえる。中将になった彼は小手先の技術よりも感情や信条で実力を底上げして上り詰めた。それは彼の家柄の問題もあるが、追い付き追い越さんとするライバル意識と根性によるものだと評価している。



 「彼さ、一番上とかに立ったり誰かを引っ張るタイプじゃないんだよ。どちらかといえば君みたいな、誰か上の人間をおいて、その下でこそ実力が全部出せる、そつがないっていうのかな。革命軍の一部がさ、メンテ・エスペランサ捕縛の知らせのあとすぐドラコニアに到着したんだ。」

 「ドラコニアに……?」

 「うん。タイミングからしてたぶん総長がソンジュ・ミゼリコルド率いる隊にあらかじめ指示を出してたんだね。誰かに協力を仰ぎに行ったみたいだったから、てっきりそこで新しい象徴になるようなリーダーを持ってくるかと思ってたんだ。でも結局は革命軍を率いてるのはソンジュ。これはちょっと意外だった。」


 「ドラコニアにそんな人材がいるんですか?あの場所に何かあるというのは聞きませんが……、」

 「ま、盲点だよね。細々と復興しようとしてるんだよあそこ。まあ戦えそうな人間はほとんどいない。小さなキャンプみたいところだよ。いるのは傷病者と女性子供、基本的には戦力になりそうもない。でもそこをまとめ上げてるのは別格。以前革命軍に所属していたトルペ・アルミュールなんだ。今は手袋だなんて呼ばれてる。星龍会の神宝を持ってる噂で人の何倍の膂力をもつ化け物らしい。」

 「……しかしトルペ・アルミュールは革命軍には、」

 「うん。結局トルペ・アルミュールはドラコニアに残ってる。今も一応見張りをつけてるけどどこかに行く様子はなく、復興の方を頑張ってるみたいだよ。」 



 思わず眉を寄せる。

 メンテ・エスペランサは部下であるソンジュ・ミゼリコルドにドラコニアに行くように指示を出して、それから王国軍に捕縛された。となるとメンテ・エスペランサは革命軍の戦力としてトルペ・アルミュールを数えていたのではないだろうか。そうであれば計算が狂いかねない。参戦すると予想していた人物の欠落は大きな問題になりかねない。革命軍内の細かなことを総長に一任したことが仇となった。もう少し連携と情報共有を行うべきだった。



 「まあ幸い指示を出した人間は地下牢にいるわけだし、時間があれば一応聞いてみれば?」

 「……わかりました。今日の午後、アルマ・ベルネットを連れてメンテ・エスペランサとの面会があります。」

 「ヒュー知ってるー。」



 どこまでも緊張感がなく飄々としていて力が抜けてしまう。どんな機密情報も、彼女からすれば片手間に手に入れられてしまうものなのかもしれない。



 「それとこれも聞いておいてほしいんだ。」



 そう渡された書類はドラコニアに関するものだった。主にトルペ・アルミュールについてだが、途中から別の人間に代わる。



 「リナーシタ……?」

 「彼からその人について聞いてない?」

 「いえ、初めて耳にすると思いますが……、」



 リナーシタ、聞き覚えがない。軍内の人間の名前であれば一通り頭に入れているが、リナーシタというファミリーネームもファーストネームも記憶にない。



 「じゃあリナーシタっていうのは偽名だね。どうも元軍人らしい。大火炎のしばらく後からドラコニアに来てるみたいなんだ。」



 読み進めるも、個人が特定できるような情報はない。

 背は高く、言葉の訛りはない。快活でよく働く男。四肢の欠損や目立った障害もない。いつもマントを着てフードを被っているせいで顔はわからない。



 「タイミングから考えれば大火炎で生き残った軍人が、トルペ・アルミュールと同じように罪悪感を抱き、そのためにドラコニアに奉仕している。顔を隠すのは住民のフラッシュバックとかを配慮してる。……なんていえば筋は通るし、おかしくはない。」

 「……でも何かあるんですね。」



 彼女はらしくもなく笑みを消して考え込むように言った。



 「革命軍がドラコニアを去ると同時にリナーシタもそこからいなくなった。関係あるのかわからないけど、その直前”前の部下”と再会した。」

 「その、二人の元軍人は、」

 「これがわからないんだよね。革命軍にもドラコニアにも部下をおいてるけど両方とも二人を見失ってる。どうもその”前の部下”ってのがうまく巻いたらしくて。一枚上手を行かれるの最高に腹が立つよね。」



 人を掌の上で転がしたり高みの見物をするのは好きだがされるのは大嫌いらしい。笑っても小馬鹿にもしていない彼女は珍しい。



 「どこに行ったか分からない、となるといなくなった理由も。」

 「わからないね。そもそもメンテ・エスペランサ処刑に関係するのかもわからない。動きが読めないんだよね。ま、一応リナーシタの件も革命軍総長に聞いておいて。」



 ふいに執務室の扉をノックする音がして思わず身を固くする。人払いをしていたはずと、咎めるように名前を呼ぶも、どこ吹く風で手をひらひらと振った。



 「どーぞぉ。」

 「失礼いたします。」



 入ってきたのは書類を持った黒髪の女兵士だった。背は低く、まだ少女と呼べてしまうような見た目だ。そして見知った人間でもある。



 「ヒルマ、」 

 「こんにちは、シリウスさん。」

 「ははは、彼女はうちで預かることにしたんだ。革命軍に紛れ込んでからなんかお堅い兵士感抜けて絶妙に諜報員っぽくなってて気に入ってるよ。」



 突然姿を消したことになっていた彼女をこのタイミングで元の位置に戻すのは危険ということで扱いかねていたが、どうも情報管理局局長自ら匿うことになったらしい。以前会ったときは兄であるヒムロと一緒であったこともあり気が抜けていたのかもしれないが、今の様子からして、彼女の下でもきちんと仕事ができているようだった。ただこの情報局の魔女の下についてどんな風に化けるかと思うと気が気ではない。



 「……当日、君たちはどう動く?」

 「処刑日かい?ま、ほぼほぼ非戦闘員の私たちにできることはないから一線にはいないよ。でもおとなしく避難とかはしないよ。こんな面白そうなお祭りできるだけ近いところで見たいよね!」

 「遊びではないんですよ。」

 「誰に向かって口きいてんのー?」



 にやにやと笑う彼女はもうすっかりいつも雰囲気だ。リナーシタという不安要素はあるものの、彼女たちは当日特に重要な仕事はない。しいていうなら当日、どのように安全圏からこの混乱に関わっていくか考えているところだろう。



 「シリウスさん、ディスフラースさんは当日軍部にいらっしゃるつもりです。もちろん、攻撃を受けるような場所ではなく、ご自身の身の安全は確保できるところ、かつ交戦中直接兵たちの目に映る場所には出てきませんので、ご安心ください。なお、私は当日宰相とヒムロのサポートに回ります。王宮内に給仕として潜り込み最適なルートの確保をします。」



 キビキビと無駄なく話す彼女に少し安心する。情報管理局にはアッセン・ディスフラースのような怪物しかいないと思いがちだが、まともそうかつ真面目そうでよかった。



 「……これからメンテ・エスペランサに会いに行くんだけど、君から見て彼はどういう人間だと思った?」



 ヒルマは少しだけ眉をひそめて考え込んだ。

 彼女は決して短くはない時間、革命軍総長の傍にいた。保護の意味も諜報の意味も人質の意味もあったが、だからこそ革命軍の中でも総長のことをよく見てきたはずだ。



 「変わった、人です。」



 ひねり出すように言う。



 「基本的にはおそらく善人でしょう。一般的に見て、穏やかで、まじめな人です。戦いを好んでいるわけではなく、致し方ない手段だと考えています。……しかしその一方でやや自分本位です。目的のためなら方法を選びません。致し方ないと言いながら無茶なことをすることもあります。いたずらに他人を傷つけたりはしませんが、目的達成に必要なことであれば大事なことを仲間に伝えなかったり、指示の意図を明確にしないことが多いです。……穏やかで、同時に仲間に優しくない、達観している人だと、私は感じました。」 



 そういわれ、少し理解する。確かに彼が王宮に来た時もそんな感じがした。

 人畜無害な顔をしているけれど、目的のためなら自らの命など簡単に明け渡す。必要とあれば仲間に何も伝えない。大義のためならと、やることなすことすべて達観し俯瞰してみている。



 「ありがとう、参考になったよ。」



 午後の面会の時間は決して長いとは言えない。限られた時間の中で少しでも有用な言葉を聞き出す必要がある。

 一度会った様子からしても、多くを語るタイプではなく、かけらだけ渡してあとは本人に考えさせようとするタイプだ。正解であれ不正解であれ、彼の掌の上。達観している人間はつかみどころがない。

 


 私にはわからなかった。失敗すれば真っ先に死ぬ立ち位置に、自らの安全の一切を捨ててその場所に立つ理由や覚悟が。もっと何かいい方法や自分の死ぬ可能性を下げる方法もあったはず。なのになぜ彼は”涙を流す者”の危険な提案に乗って見せたのか。それがわからないと同時に不安であった。何か、状況をひっくり返すような秘策でも隠しているのではないかと。

 それのせいであの方の立てた計画が破綻してしまうのではないかと。

 脚本はすでに出来上がっている。

 舞台役者が勝手にアドリブをいれてはいけないのだ。




**********




 「やあ、久しぶりだね。」

 「そうでもない。」

 「……あぁ、そうでもなかった。」


 「……前は、時間が足りなかったな。」 

 「うん。時間が足りなかった。少し早かったんだ。」


 「王国軍の軍人って楽しいのかい?」

 「……そうでもない。皆不満がある。だが俺にとっては良いところだ。俺のしたいことが、できる。」

 「……そうか、そうなんだ。君みたいなタイプはきっちりルールがあって従うのは好まないかと思ったけど。」

 「規則は好まん。だがそれに従ってでも、したいことがあった。」


 「そこまでして、君は一体何がしたかったんだい?」

 「……俺は、お前の処刑人になりたかった。」


 「僕は、そんなに君に恨まれてたのかい?」

 「ああ、恨んでいた。恨んでいる。……なぜ、お前があんなことをしたのか。」

 「…………、」

 「だがそれはもういい。もうどうだっていい。俺がするべきことは、変わらない。」


 「長かったんだ。あまりにも、長かった。ここまでたどり着くのに、いろんなことがあった。多くの人間に会った。多くの価値観を見た。あらゆる人間のたくらみを見た。……俺には学がない。考えるだけの能もない。」


 「俺が違う人間であるように、お前も違う人間だ。理解などできない。知っていることもたかが知れている。」

 「……じゃあ君はどうするんだい。」

 「……何も変わらない。お前が誰であろうと、何をしてきたとしても、俺は知る由もないし、理解もどうせできん。ただ、長い時間をかけていた。すべての時間を、目的のために注いできた。もう戻れない、立ち止まれない。なら、俺のすることは変わらない。」



 「費やしてきたすべての時間に恥じぬことをするだけだ。後悔なんざ、一匙も残さないように。」




***********




 「これ、捨てておいてくれないか?」



 差し出したそれを、彼は不思議そうに見ていた。



 「なんじゃあ、それは大事なもんじゃないんか?王国軍に来てからもずっと腰に下げとっただろ。」



 アルムファブリケで拾った爪は、もう自分の手のサイズに合い、はめてみれば馴染んでいた。この爪を拾ったとき、この爪でもう一度人を殺したとき、俺はまた人生をもう一度やり直せると思っていた。そして、あの夕方、メンテの首が落ちる瞬間を繰り返したくなかった。あの夕方をもう一度繰り返すとき、持ち帰る結果は必ず、別のものであろうと誓った。


 けれどそれだけではなかった。

 別のものとなったのは一つの事象だけではない。

 あまりにも、前回の人生とは違う道を歩きすぎた。

 会うはずの人間に会わず、会わないはずの人間に会った。

 殺すべき人間と言葉を交わし、隣に並んでいたはずの人間を遠ざけた。


 あの夕方にいたアルマ・ベルネットと、今ここに立つ中将のアルマ・ベルネットは、もはや全くの別人だった。



 「大事な戦いで、これを使うつもりだった。」



 決して忘れないよう。目的を達成することだけを見られるように、使うことこそ勿れ、身に着けていた。

 曲がった刀を捨て、爪をつけてたくさんの兵士を殺した。裂いて、突き刺して、抉った。

 返り血を浴びながら、勝算など微塵もなく、ただただ首を落とされた総長のもとへと向かっていた。

 遠い昔のことのようにも思えるし、ほんの昨日のことのようにも思えた。



 「でももういい。この爪はもういらないんだ。」



 あの時の俺と、今の俺は違う。



 「……そこに、後悔はないんじゃな。」

 「ないよ。後悔なんか。」



 一つのことに向けて、何もかも捨ててきた。

 街も助けず、家族も助けず、一代目の総長も助けず、比較的よくしてくれる王国軍人たちを裏切り続けた。

 挙句の果てに、至上の目的のはずであったメンテのことにさえ疑念を抱き、自らさえも裏切った。

 それでも、その先に立つのが今の自分だというなら。



 「俺は正しい選択しかしてこなかった。ならこれから俺がすることはすべて正しい。これから起こる結果も、正しいことだ。選んだのがそれなら、後悔なんてない。」

 「……そうか。いつかに会ったヤツも。同じようなことを言っとったなぁ。」



 巨躯の男は懐かしそうに眼を細めた。

 彼が会ったという人間もきっと、決断を迫られたのだろう。



 「あんたは、もう後悔してないのか、フスティ。」



 フスティシア・マルトーは大声で笑い飛ばした。



 「後悔などいくらでもしてきた。いい加減飽きが来るというもんじゃ。」



 彼の手の中に収められた爪は子供の玩具のように見えた。



 「もう、後悔などせんよ。……先の涙が最後の後悔。すべてはこの国のため。すべては失われてきた無数の命のため。すべては消されてきた数多の枝葉のため。」



 革袋に入れられた爪は、袋ごとその掌で握り砕かれた。



 「ここから先、あるのは正義の栄光のみ。後悔も涙もありはせん。」



 傷だらけの先達は好戦的に笑って見せた。




 革命軍総長メンテ・エスペランサ処刑まで、あと二日。

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