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確かめなければならない (3)

東から風が吹き、緩やかに雲がたなびきその形を変える。すでに夜の帳を下ろし始めた東の空は藍に染まるがその先より暗い影が落ちていた。薄らと湿気がまとわりつく。



「アルマ。」

「……聞け。今回の任務はこの先にいると思しき革命軍の偵察だ。その規模、荷の量、および新生革命軍の武力、装備についての情報の収集が第一となる。また、本隊は革命軍の核となる主力部隊と考えられている。」



森を手前として集まった3番部隊に語り掛ける。皆、大方考えていることは同じだろう。



「なお、本隊には革命軍2代目総長メンテ・エスペランサがいる可能性が高い。」



この一言で取り繕われていたはずの闘志が匂い立つ。

今回の任務は、偵察である。あくまでも命令は、の話であるが。



「任務は偵察である、が各々必要とあれば武力行使は仕方あるまい。何よりかの革命軍の主力部隊だ。子猫を相手取るような手加減は必要ない。むしろ慢心し気を抜く方が愚かだろう。それは総統殿も心得ている。」



偵察であるが交戦もやむを得ない。それも国軍の最高権力者総統パシフィスト・イネブランラーブルのお墨付きと来た。ブレーキなどどこにもない。



「ただしあくまでも偵察であり、殲滅が目的ではない。たかだか偵察ごときでこの部隊の損失を出すつもりはない。そこは各々心得ろ。深追いはするな、力量を見誤るな。それからこれから明け方にかけて雨が降るだろう。雨が降り始めた時点で今回は総員撤退しろ。特に筒は湿気を感じやすい。スカになる傾向が出ればすぐに撤退しその旨を他の奴らにも伝えろ。あちらも同じような条件だ、追ってくることはまずないと考えた方が良い。」



この3番部隊以上に革命軍側は筒を使っている。むしろあちらとしても雨や湿気の幕引きはちょうどいいだろう。これから革命軍が使うであろう作戦もまた、前回と変わっていなければ湿気が致命的なものとなる。



「最後に。理性的に動け。感情的になるな。討ち取ることよりもあくまでも生きて帰ることを優先しろ。これから奴らと戦う機会はあるだろう。今よりもずっと整った状況で。自分の持ち場は離れるな。役割を理解しろ。以上。散。」

「応ッ!」



わらわらと動き出す小隊を見送りながら森の地形や獣道の位置を脳内で確認する。

交戦は結構だ。だがそれにより横槍を刺されてはかなわない。



「板についてきたなあ、隊長殿。」

「それはどうも。」

「……感情的になるな、それはお前にも言えるからな。忘れるなよ。」

「ああ、わかっている。」



いい返事にバンクが納得いかないような顔をする。感情的になりそうな筆頭のこいつはどうにも不安をあおる。言うことを聞かないわけではない。だがいささか直情的なきらいのあるバンクが特に今回の作戦の不安要素だった。一番横槍を入れそうな奴を目の届かないところに遣るのはやめておいたが、ずっとそばに置いておいては不都合がある。適当なところで巻かなければならない。



「ところで、今回一つ前情報をお前には入れておこう。」

「ああ?なんだよ勿体ぶりやがって。」

「裏切者があちらにいる。」

「……ッコンケットオペラシオンのか?」

「ああ。」



あいつには悪いが餌になってもらおう。裏切りにはそれ相応の代償が必要だ。これから同じ道をたどるだろう俺に言えた義理ではないが。



「誰かまではわかっていないがな。軍部から寝返ったんなら警戒して傍に置いてるんじゃないのか。」

「…………、」

「交戦も致し方なし、と判断することもあるだろう。それはあんたに任せる。ただしさっき言ったように、」

「命大事に、だろ。引き際くらいはわかってらあ。おら、行くんだろ。」

「……ああ、行こう。」



赤い日の通らない森の中に隊を率いて踏み込んでいった。



あれから、俺が死んでから何年たっただろうか。

俺が死んだのは26歳の時。訳も分からず退行し、フェールポールにいたのが8歳の俺だった。そして中将になった今が22歳。14年、14年が経った。俺が死ぬまで、あと4年。王国軍と革命軍が大火炎の戦いでぶつかって以来、最大の総力戦。あそこでメンテが死に、革命軍が負け、俺も死んだ。今じゃ俺とメンテを殺したフスティシア・マルトーの下で働くどころか愛称で呼んでいるのだからこの世はどうなるものかわからない。

本来の目的は、ほぼ達成されたといっても過言ではない。俺は当初の目標通り、王国軍中将の地位に就いた。メンテ斬首を防ぐために大将になりたいところだが、大将の座は常に一つ。あの時大将だったフスティシア・マルトー現在中将。おそらくこのまま順当に大将に上がるだろう。従軍年数からしてもあれを押しのけて大将になるのは不可能。第3番中将で打ち止めとなるだろう。



「バンク、燐寸を。松明付けるぞ。」

「はいはい了解。」



雑用として王国軍に潜り込んで14年。愛着がないといえば嘘になるだろう。だがやることは変わらない。変わらないはずだ。俺はメンテを助けるため、来るべき時あの断頭台から生きて逃げ出すためにこうして軍服に腕を通している。恩があるから、仲間だから、敬愛すべき理想の人間だから、唯一無二の友人だから。理由ならいくらでもあった。


だがそれは前回の俺たちの話だった。

今生きているメンテ・エスペランサは10歳の俺を拾って革命軍に引き入れることをしていない。共に剣をふるうこともしていない。ドラコニアで総長だったアンタス・フュゼの背中を二人で見送ることもしていない。

あれは、革命軍を率いるあの男は、俺の知っているメンテではないかもしれない。それは緩やかに俺の胸を決意を巣食っていた。

その疑心は本来なかったはずのコンケットオペラシオン城の襲撃によってその色を濃くした。俺が革命軍にいたころ、このタイミングで城が襲撃することはなかった。確かにドラコニアの戦い、大火炎の戦いによりソンジュ・ミゼリコルドは中将でありながら革命軍側に寝返った。けれどソンジュの持っていた情報を利用し作戦を立て交戦するのはもう少し先の話になる。


これで正しいのか、それがわからなくなりつつある。

俺は、メンテが望んだから革命軍として働いた。メンテの希望だったからこそ革命の意志を燃やした。俺の志は、低かった。だからこそ、今王国軍人として考えるのだ。革命軍とは本当に正しいのか。革命軍がいなければこの国が変わることはないのか。軍は、有用だ。訓練を重ねた軍人たちの力は水準が高く、情報局での情報の取り扱いは国内の追随を許さない。技術力とて最高水準だ。

ならばつぶすよりも取り入れて利用した方がはるかに有用だ。

王国軍は一枚岩などではない。ならば和睦が可能なのではないだろうか。軍はあくまでも、上、国王の命令によって動く。具体的指揮は王国軍総統が執るが、主な指針は王が、王政府が決める。のであれば一足飛びに王政府を抑えた方が合理的だろう。


アルシュ・メタンプシコーズ・ロワ。この最高権力者たる王であり、腐敗の核である。その姿を見たことはほとんどない。式典にすらそのほか大臣、宰相に執り行わさせ、表に出てくることもない。傀儡どころか飾りですらない、応急の貼る家屋に引きこもっている腐敗の王。ある者は怠惰と言い。あるものは強欲と言い。あるものは臆病だと言う。年若い王は自らの罪を知りながら、国民の不満を知りながら、ただただその権力を失うことのないためだけに言葉を口にし、開国を禁ず。そして腐りきった王政府幹部たちは媚び諂い、躍起になって甘い蜜を啜る。


本当に倒すべきは、王政府の方なのではないか。王国軍とて、革命軍を相手取るよりもはるかに王の首を取り新たな政府の建設に邁進した方が建設的ではないだろうか。




「とまれ。」

「何か見え、っ……!おいおい……誰だよ革命軍は少数で動くから小隊ごとの数は小せぇって言ったのは。」

「俺だな。情報局も含めだが。まあ悪くない。」



前方から見える松明の数は俺たちの小隊よりも数が上回っていた。木々の間から燃えるような橙の明かりが漏れる。それはあちらからもこちらが見えていることを指していることに他ならない。

戦う相手がヴェリテ・クロワールから俺に代わっても、作戦は同じらしい。前回の記憶と同じことに、押し殺した安堵の息を吐いた。



「……散れるように準備しておけ。1対2になるようなら極力森から出るように心がけろ。ここなら森の西の入り口に逃げるよりも横っ腹から出た方が早い。良いな。」

「お前は、」

「黙れ、来るぞ。下がれ。」



松明の群れが明確な意思を持って近づいてくる。背後でひるむ気配を感じながら目を細めた。

想定外の事態に弱い。上官にすぐに指示を仰ぐのは及第点だが動揺を表に出すのはいただけない。怒り出すよりもはるかにいいのだが。


全く馬鹿馬鹿しい作戦だ。決行するのも馬鹿馬鹿しいが、それに乗ってやる俺もたいがい白々しい。

先頭の松明がこちらに投げられるのに合わせ走り出す。それはあちらも同じだった。

両刃剣と刀がぶつかり合い鈍い金属音と細い火花が散る。



「よぉ、」

「やぁ、」



橙の火の一団を背にうっそりと笑う顔は、見覚えのある顔だった。琥珀が色濃くどろりと溶ける。楽しくて仕方がない、という顔だ。きっと俺も笑ってる。



「会いたかった、総長メンテ・エスペランサ。」

「奇遇だね、僕もだよ。アルマ・ベルネット中将。」



もう一度刃を重ね合わせれば互いの火の一団は崩れ四方に橙が飛び散った。





「随分とお粗末な作戦だな。」

「お粗末でも見破られたところで痛手はなく、うまくいけばまあ重畳。その程度だよ。それにお粗末なのは君も同じだろう?」



記憶の中にあるものと同じ声で、メンテが話す。

あの日暮れ、どうか返事をと乞うた声。二度と顔を見せることのなかった琥珀の相貌。惰性のままに流れ出した血に汚れることのない顔。

ああ、あの日死んだ奴が、守れなかった奴が目の前で呼吸をし、俺に話しかけている。

俺は湧き上がる衝動のままに刀を振り下ろした。



「熱烈だね。そんなに僕に会いたがってたの?」

「そりゃあ、な。」

「奇遇だね、僕もだよ。」



紙一重でよけながら口調には余裕が残り揶揄うように宣う。東風に舞う銀糸を橙が舐めるように這い、別人のように彩った。


確かめなければならない。そのために俺は来た。


段々と周囲の橙が減っていく。混戦となったのち想定通り陣形はもはや跡形もない。どれだけの時間がたっていたのか遠くに明かりや怒号を辛うじて拾う程度になっていた。

他の中将の管轄から仕事を奪い、総統から恣意的な任を受け、周囲から復讐に明け暮れる者を見る目で見られたとしても。それだけの価値がある。

今一度、俺は問い直さなければならない。



「お前は、何者だっ……!」



辛うじて絞り出した言葉は端的かつ不明瞭だった。だがそれ以上の言葉などなかった。



「僕は革命の徒だ。」



メンテは今日一番の笑みをその顔に浮かべ言った。



「僕はどこにいても、いつを生きていても、たとえ――――、」



耳をつんざくような笛の音が響く。



「――としても、僕は必ず継続した僕であり続け、革命の意志の炎が燃え尽きることも途絶えることも決してありはしない。」



薄暗い森の中、黒みがかった琥珀は俺を淡々と移していた。



「さて、時間切れだ。どうやら雨が降り出したらしい。これでお開きだね。」

「……笛の音が合図か。」

「君も知ってるだろう?それくらいの調べはついているはずだ。」



少し距離をとってから、あっさりと剣を収めた。本当にまるでただのお遊びのように。命の取り合いなんて微塵も感じさせずに。幕引きはいつもこうも呆気ない。血の一滴たりとも掠め取ることのなかった刃を鞘に納めた。



「久しぶりに面白い人と会ったよ。また遊ぼう。」

「……それはどうも。総長殿のお気に召したなら上等だ。」

「ふふ、次は僕が招待状を送ろう。パーティー会場にはもっとたくさんの人を呼んでさ。」



軽く手を振って、メンテは無防備な背中を俺に向けた。警戒心なんてそこには一欠けらも残ってはいない。

ああそう言えばこんな奴だった、と思い返す。そして無防備なところを狙いに行くと躊躇なく刺しにかかってくるのもきっと同じだろう。その背に手を伸ばすことも追いすがることもしない。



「革命が、本当にできると思っているのか?」



振り返ることなく、おかしそうにメンテは肩を震わせた。



「二代目総長として言おう。次こそ必ず、革命は成功し王政府は崩壊するだろう。」



湿気が鼻につき始めたころ、今度こそメンテは走り去っていった。

14年ぶりに会った生きているメンテは、相も変わらず革命という理想の追求者だった。


なんだか無性に泣きたくなった。

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