確かめなければならない (2)
私の中で得体の知れない疑心が渦巻いている間にメンテさんの意志が固まってしまったようで、ここから先待ち受ける王国軍と接触することになってしまった。
この先の村に駐屯しているのは第3番中将アルマ・ベルネット率いる3番部隊。つい先日コンケットオペラシオンで討ち取ったカルムクール・アム中将の部下たちだ。本来であればこのタイミングでの交戦は考えにくい。けれど相手はあの3番部隊だ。間違いなく復讐心に焦がれているだろう彼らが、この機会を逃すはずがない。
「……それで、どうしますか。三番部隊は私たちより約1.5倍ほどの人数がいる。」
「一個部隊で僕らの1.5倍かあ。マンパワーの差は重大だね。」
深刻な話をしているはずなのにどこか気が抜ける。重大と言いながら回避する気がまるでない彼に心なしか胃が痛くなった。
村から来たという革命軍の間諜、マイルズ・リッチモンドからの情報と地図をすり合わせるとここから先は平地で身を隠す場所視界を遮る場所はほぼない。ただ一つぽつんと村とここまでの間にある森以外には。森は大きくはなく通り抜けるのに二刻もかからないほどだという。常緑樹林で整備はされておらず中には獣道程度の道しかない。
「それじゃ、ソンジュはどう思う?どうすればこちらの損害が小さくアルマ・ベルネットに会えると思う?」
「……地形としては少数で動く私たちの方が有利では。森の大きさからしても150程度で森全体を包囲することは不可能なことから森に入ったとしても離脱は比較的容易。火を放って炙りだされる可能性も低い。ただし、接触交戦が長期になればなるほど物資が少なく拠点を持たない私たちの方が不利になるでしょう。」
一応、有利なのは私たちの側だろう。だが考えれば考えるほど、私たちに利がない。ただただ危険を冒すだけ。国軍からすれば仇を打てるチャンスであり、本体の構成について探りを入れる機会にもなる。一方の私たちは第三部隊に関する情報が得られるほか何もない。このまま直進し、やり過ごしたとしても村にたどり着くことはできない。物資の補充もできないだろう。
「……あの、メンテさん。なぜ森で接触する方向になっているんだろう。森での戦闘は確かに有利だけど私たちは損害を被るだけで何も得られない。ならば接触地点を村にした方が良いのでは?村の地形からして即席の要塞や拠点を作れるとは思えない。たとえ準備をしていたとしても座する敵を打つのはゲリラ戦を得意とする革命軍の方がはるかに有利。追い出すことができれば物資の補充も、」
「ソンジュ、」
より良い案だと思い話し出したのに、メンテさんは遮った。その顔を見れば少しだけ困った顔をしていた。琥珀色の目には様々な感情が綯交ぜになっている。ふと、アルマを諫めるあの人と同じ目だと思った。
「ソンジュ、忘れてはいけない。確かに物資が補充できれば重畳だし、一方的に攻める側に回れるのは優位なことだ。けれどそこにいる村人たちはどうする。」
「っ、」
「忘れてはいけない。僕らは民意の象徴だ。この国のため、とか正義のため、とか、そう言ったもののために戦っているわけじゃない。勝利をつかむために力をふるうわけではない。あくまでも、国民のためだ。この国の人々がより良く生きられるようにするためだ。そのために一般人が犠牲となることはあってはいけない。民意の代表たる僕らがまかり間違っても国民を踏みにじるようなことがあってはいけない。」
それは革命軍があらゆる場所に姿を隠しながら大志を抱ける理由そのものだ。だからこそ革命軍は支持されてきた。
目的は政府の打倒ではない。国民の開放だ。政府と敵対するのは国民の開放の道程の一つに過ぎない。それが姥久手にすり替わってはいけない。それが目的となってしまえば国民のため、という言葉は変質し、きっと政府の首が革命軍のもと挿げ替えられるだけとなってしまうだろう。
「すいま、せん。軽率でした……。」
「いやいや、いいんだよ。誰だって間違えそうになることがある。だからこそ仲間がいるんだから。そう硬くならなくていい。」
にこにこと笑って見せる彼は怒っているというわけではなかった。だが一瞬背筋が冷たくなった。そして同時私はきっと未だ王国軍にいたときのような勝利を求める姿勢から抜け出せていないのだろう。
国軍軍人はいくらでも補充がきく駒であり、敵対するのは政府に逆らうものだ。それが義士なのか悪人なのか、区別など付けない。共通するのは政府に逆らうか否か、それだけだ。勝利とは個人の勝利ではない。自分が死んだとしても政府が死なない限り勝利は勝利だ。そしてその政府の意思は、必ずしも自分の意志ではない。だから私は、王国軍から飛び出した。なのに、これだ。私はまだ革命軍人になれていない。
「話は戻るけど、何にせよ王国軍の部隊は森へ来る。」
「……それは、王国軍は村でも森でも有利不利は変わらないなら森まで来るかどうか……、」
「来るよ。彼らも同じことを考えるだろうから。」
「同じこと?」
「一般人を巻き込みたくないって、ね。」
「まさか、」
それはない、と言外に否定するが彼は意に介しないように涼しい顔をしている。
王国軍からすればどちらも変わらない。見逃すのが最も損害が小さく済むが襲撃してくるとあれば、どれだけ革命軍を減らせるかが肝となる。ならば村で装備を固めた方が人員を削り取る分にはいいだろう。
「じゃあなんでリッチモンドはここまで来れたと思う?」
「それは目をかいくぐって……」
「逗留してからしばらくしてから彼は来た。情報を持っていそうな人間をそうやすやすと村から出すと思うかい?」
また足元が冷たくなった。どれもこれも計算だったのだ。間諜が革命軍へ行くのを想定し、わざと村の中での動きを誰に隠すようなこともせず伝えさせた。それは村で交戦する意思がないことをこちらへ伝えるためだったのだ。
「ある意味リッチモンドは伝言役にされたんだ。あくまでも交戦の場所は森って指定はするけど、接触するか否かは僕らの意志に任されている。嫌なら他の道を探せばいい。接触するのであれば、招待通り森へと行けばいい。」
猶更、そこまでわかっているなら猶更接触は避けるべきだ。場所を指定されているなら罠だって先回りして仕掛けることができる。しかしすべてをわかり、そのリスクを理解したうえでこの人は接触を試みようとしているのだから、もはや私の言葉を聞いてくれる気はないだろう。
「僕が彼に会いたいように、彼も僕に会いたがってるんだ。」
そう言う彼はずっと遠く、かろうじて影の見える森を見ていた。
森へは今から馬を進めても日が落ちてからの到着となるだろう。夜になるのは吉とも凶とも言えない。お互いにとって戦いにくい。本来なら避けるべきだ。けれどきっと夜になるように選んだのだろう。この先で待つはずの彼が。
「アルマ・ベルネットについて、確かめたいことがあるんだ。」
「確かめたいこと?」
「ソンジュ、君だってあるだろう?」
ぐ、と言葉に詰まる。このほんの一時間程度の間にアルマに対する疑惑は膨れ上がっていた。もはや敵対している私たちに今更関係性の云々もないのだが、知りたくなってしまったのだ。確かめたくなってしまったのだ。その真意を。
「さあ、僕らも準備がある。森に着く前に部隊編成や役割を決めておこう。ソンジュ、君の力を借りたい。」
「……はい、了解しました。」
私は私なりに全力を尽くすしかない。きっとわかることなんてないだろう。けれど一度会わなければいけない気がするのだ。
「それからヒルマ、あとで話があるからおいで。君に頼みたいことがあるんだ。良いね。」
「……ええ、わかりました。」
後ろの方へと下がっていく彼女を見送る。狙撃手である彼女は今回の作戦では離脱時のサポートの運用になるだろう。
もと王国軍だと言っていたが見たことがない。アルマと同期だというのは納得いくが、女兵士というのは珍しい。どこかで名前を聞いていてもおかしくないのだが。
「彼女、ヒルマはいつ革命軍に?」
「君がここに来るより少し前だよ。元は王国軍情報局にいた。」
「情報局……、」
王国軍情報局はたぬきの寝床だ。腹の底が見えないような奸物しかいないうえ、その組織の全容は他部署には知れない。ただただ情報を提供してもらうのだがその出所、情報収集手法などはまるで明らかにされていない。
「疑わないでよ。彼女は間諜じゃない。知り合いからの預かりものさ。」
「預かりもの?」
「君だって知ってるだろ?『涙を流す者』からの紹介さ。」
「っ!!」
『涙を流す者』
それは私が軍を出奔する前に送られてきた手紙の送り主だった。ドラコニアの殲滅戦における王国軍、王政府そしてアンタス・フュゼ率いる革命軍に関する子細について書かれていた。それはただ事実が羅列されているだけだったが、それは私が退役することを促すようなものであったことは間違いない。『涙を流す者』は私が退役することを望んでいた。そしてその『涙を流す者』は一方で情報局のヒルマを革命軍に送り込んでいた。
「メンテさんは、それが何者なのか知ってるんです……?」
「まあね。でもそれは些細なことだ。軍部にも、僕と志を同じくする者がいる、それだけだから。」
誰だ、と思考を巡らすがそれらしい者に心当たりはなく、むしろ誰もかれもその可能性が出てくる。私が見ていたのはほんの一部にしか過ぎないことにはもう気づいている。
「王政府だろうと、王国軍だろうと、革命軍だろうとどこに所属していても『国民のために』と志す者はいるんだよ。」
どこか満足げなメンテさんはそれだけ言って首から下げた笛を吹いて皆を集めた。どうやら話ができるのはここまでらしい。
何も私がすべてを知っておかなければならない道理はない。革命軍であれば、その長たるメンテさんだけが知っていればいいことだって少なくはない。
「涙を流す者……、」
やはり心当たりはないのだが、この国で「涙」と言えばドラゴン信仰における星龍会の神龍の宝と呼ばれる五つの宝。聖地ドラコニアに収められているといわれているがドラコニアが焼け落ち、黒煤かぶった廃墟群と化している。もはや影も形もない聖地はその宝を有しているかもわからない。
神龍の涙は恵の涙と言われている。地上に澄んだ水を与え、作物を育て大地を潤す。
恵みと今回の涙を流す者は関係ないだろう。
しかし一説に聞いたことがあった。五つの宝の順番は手、足、涙、秤、翼で、それぞれこの地上に与えられた順だといわれている。だが実はこの順番が手、足、秤、翼、涙であったと、言われることもある。
正教は前者であり、後者は噂程度に過ぎなかった。後者にもそれらしい神話があったはずだが、あいにくとそこまでの興味もなかったため記憶にはない。
手で、足で大地を作り、涙による水の恵を与え、はかりにより人間を作り出し、そして翼をはためかせ去っていった神龍。
後者の神話であれば、神龍は飛び立ちながら涙を流したことになる。
神龍は何を思って涙を流したのか。
それ以上は思い出せず、結局メンテさんの背中を追い、間近に迫る王国軍接触の作戦を考えることにした。
「待たせたね。君の配置の位置はもう聞いてるかい?」
革命軍の長であるという年若い青年が柔和な笑みを浮かべて私に聞いた。なぜ、わかりきったことを聞くのかがわからない。革命軍の数人から注意されたが、彼と話をするとき、どうしても不機嫌な顔になってしまう。表情を取り繕うのは得意だったはずなのに。
「いいえ、まだ。あなたから指示を仰げ、と。」
「そうだね。君にしか頼めない、大事な仕事なんだ。細かい動きに関してはその場で指示を出すことになると思う。」
「それで、なんです。」
私は未だ、なぜ自分がここにいるのかがわからない。
「アルマ・ベルネットの顔はわかるね。これを彼に届けてほしいんだ。」
そう言って差し出されたのは一通の手紙。赤い蝋に見たことのない印璽が捺されている。星龍会の印とも似ていたがそれとも違う。
「……まるで間諜ですね。」
「そう言うわけじゃないさ。彼はまだ何も知らない。そしてこれの送り主は軍の人間。たまたま僕ら革命軍を挟んだだけで上司から部下に流れる書類と何ら変わりはないさ。」
どうもこの手紙の送り主はアルマくんの上司らしい。となれば中将以上が送り主となるのだが、それでも絞り切れない。少なくとも革命軍に加担してそうな上層部の顔は浮かばなかった。
「同期、と言っても最初だけです。部署も違う。ただの裏切り者の私を彼が見逃すと思いますか?」
「見逃すよ。見逃さざるを得ないはずだ。」
「なぜ、」
「大丈夫、そのうちわかるよ。君がここにいる理由もね。」
メンテ・エスペランサは王国軍のことを曲者ぞろいだと称したが、この男の方がよっぽど奸物だ。好奇心と邪気の塊のような奸物は上司であったアッセン・ディスフラースを筆頭に確かに情報局には多い。だがこの正義感に溢れ柔和な笑みを浮かべる奸物の方がずっと質が悪い。懐を仲間たちに明かしているように見えて、誰よりも何かを隠し、それを決して誰にも見せない。
今、私にできることはこれくらいだ。仕方なくその手紙を背嚢へと差し込んだ。
「よろしくね。まあ心配しなくても君のすることは悪いことでも何でもない。流れ弾さえ気を付ければただの伝書鳩さ。」
「…………、」
「伝書鳩が終わったら余所との連絡に付き合ってくれないかな。君のお兄さんとも話せると思うよ。」
「ぇ……、」
「ま、気楽にね。」
肩をたたいて前列の方へと歩いていく総長を呆然としながら見送った。触られた肩を確かめても何かが付いているわけでもない。
本当に何を考えているかわからない。この総長も、私を送り込んだ兄の上司も、そして今から会いに行くかつての同期生も。
これから先ろくでもない予測しか建てられない。
「はあ……、」
何にしても、従うことしかできない私はただあのアルマ・ベルネットが見逃してくれることを願おう。いつかに切り殺された多数の盗賊たちの姿が網膜に映って身震いした。




