確かめなければならない
長閑な村の風景は今のこの荒れ果てた情勢をこれぽっちも感じさせない。作物は実り、戦場には向かない農耕特化の村の構造。近代的文化かと言われれば異なるが、こういった土地が必要なのも真理だろう。第一次産業がなくては国は回らない。人間は生きられない。
見渡す限りの平地は身を隠すものがほとんどなく奇襲には向かないな、と遠見鏡を担いで走ってくる伝令を見ながら思った。
「あれは、ホリスか。」
「ああ、今日の森の見張り担当だった。」
「……改めて思うが狙撃し放題な地形だな。」
「その代わり、狙撃手の身を隠すものない。」
およそ帰ってくる仲間を見ながらする話ではない。
時間外で見張りが一人戻ってくる。それは間違いなく何かがあったからだ。
「何か見えたか?」
「ああ、まだまだ先だが団体さんが。とりあえず残りの9人は森に置いたままで様子をうかがってる。いよいよって時は迎え撃たずにいったんこっちに戻ってくるように指示を出したが、よかったか。」
「いや、それでいい。このあといったん俺もそっちへ行こう。」
「ただあれが革命軍かはわからん。ただの商団って可能性もある。」
「人数は?」
「100もいないな。……あれが本体っていう情報局の連絡も怪しんじゃないか?いくらなんでも少なすぎる。」
訝し気な伝令、ホリスはどこか緊張感がない。思えばこの隊はほとんど革命軍と接触したことがなかったと思い出す。古株の三番隊であるホリスやバンクはドラコニアでの大火炎の戦いに参加しているがあれは総力戦で本来の革命軍の形態でなかった。そのうえ新生革命軍が襲撃したコンケットオペラシオンの件でも、俺たちの隊は偽物の革命軍の捕縛をしていたため革命軍の真骨頂をその身に受けたことがない。
「いや情報局から聞いた進路や進度からして本体に間違いないだろう。人数は少なくて当然だ。革命軍の基本襲撃形態は少数精鋭の奇襲だ。真正面から来ることはよっぽどない。ドラコニアの件が異常事態なだけだ。なにより隊が小さければ小さいほど、敵を撒きやすく、身を隠しやすい。」
それに隊内の情報伝達がすぐにできるため作戦変更などがスムーズだ、と言うのは流石に内情を知りすぎているとおもい口をつぐんだ。
「……コンケットオペラシオンの時からしてそうだろ。まず囮を使い目をそらし、次に先兵が叩き、それから多方面から少人数での襲撃で混乱に陥れる。さらに言えば一隊一隊長居はせず、すぐに退き他の隊と交代する。そうすれば引き際は判断しやすいうえに疲弊も小さくて済む。」
吐き捨てるように言ったのはバンクだった。ちらりと顔色を窺えば忌々しいといわんばかりの顔で、ホリスもまた苦虫をかみつぶした顔だった。
おそらく三番隊の全員がそうだろう。皆コンケットオペラシオンの報告書を隅々まで読み込んでいる。
革命軍はカルムクール・アムの仇だ。それも本体であれば、
「総長殿、メンテ・エスペランサもいるんだろう。」
「……そこまでは見えねえさ。まだな。」
ああ、今回は正解だったな。
二人の顔を見てそう思った。ヴェリテの管轄から仕事を奪ってでも革命軍との接触を選んだこと、そしてこのタイミングは恐らく正しかった。
この接触が決まってからことごとく三番隊の連中が俺を構うようになった。
馬鹿な真似はするな、復讐心に飲まれるな、あくまでも偵察であって交戦は避けるように、とこれだけにはとどまらない。やたらと心配している、と感じていたそれはおそらく勘違いだったのだろう。いや、心配しているのは本当だろう。だがそれ以上に他の意味合いがある。
俺を鏡にして自分に言い聞かせているんだ。
死んだカルムクールはアルマ・ベルネットの後見人だった。アルマ・ベルネットが唯一懐いた存在だった。だから一番つらいのも一番怒っているのもアルマだろう、と。
怒っているアルマ、というものに自分の怒りも憎しみも、何もかも肩代わりさせているのだ。そうして平静を保ってきた。だがいざ革命軍が近づくとなるとそれを肩代わりさせるまでもなく湧き上がってくる。
予期せず、適当な機会だった。
たとえ肩代わりさせていたとしてもそのフラストレーションは半端なものではない。ならばここで発散させてしまった方が良いだろう。
本来の作戦からいくつか変更し頭の中で組み替えた。
「……まあ、都合がいいか。」
「総長がいるってことがか?」
「そんなところだ。」
隣におり聞こえたらしいバンクを適当にごまかした。
「革命軍がこの村に着くまであとどれくらいかかる?」
「あー二日程度だな、たぶん。二日後の昼にここへつくくらいだ。」
「……そうか、バンクは他の奴らに連絡と戦闘準備指示をしてきてくれ。明日の夕方、ここを発つ。ホリスは村の中でここ数日で姿を消した奴がいないか聞いてきてくれ。だがいたとしても詰問することも捕縛することも考えなくていい。聞いてくるだけだ。」
手の内はわかっている。軽く交戦し、適当なところで撤退し、ある程度の情報を毟り取ってくることくらいなら可能だろう。任務完遂自体は難しくない。あとは俺の問題だった。腹の底がざわつくそれが、苛立ちからなのか期待からなのか判別ができなかった。
メンテがもし、俺の知っている通りのメンテなら、俺が意図していることがわかるだろう。わかれば間違いなく誘いに乗ってくるはず。だがそれは決定打にはならない。
作戦が決まっても、俺が知りたいことが確かめられるかどうかは不安定のままだった。
「アルマはどうする。」
「俺はいったん森へ行く。やることがあるからな。済み次第他の見張りも含めていったん村へ戻ってくる。それから出発だ。……交戦もやむを得ない事態もあるだろう。それなりの準備はして損はない。」
バンクの顔を見る気になれず背を向けたまま馬小屋へと向かった。
*********
「常に、ニュートラルな人ですよ。」
不機嫌そうな少女は不機嫌そうに答える。
「ニュートラル、ね。たとえば?」
「初めて会ったとき、入隊直後の実地訓練でも飄々としてました。誰に絡まれても眉一つ動かさない。訓練で盗賊討伐のときも何人殺しても涼しい顔で、盗賊の子供も淡々と殺そうとしました。」
「それはそれは……悪逆非道とでもいうべきか。」
ヒルマの話は私も軍にいるときに聞いたことがあった。過激も過激、雑用上がりのおかげで実践慣れしていて動じることがない。だがそれは実際彼に会って、その評とは異なるように感じた。
同じようにヒルマは首を横に振り否定する。
「悪逆非道、ではありません。決して悪人でも残虐さを好むわけでもありません。ただ何よりも効率を重視します。どうすることも最も効率的なのか。それが行動理念のようです。そして行動の判断に感情は挟まれません。……任務中は絡繰りのようです。」
仲間を死なせない。それは仲間であるから、同士であるから、といった情緒的な理由ではない。戦力を減らし死体を増やすことが非効率的だと考えるからだ。子供だから、という理由で見逃したりはしない。これから先起こりうるあらゆる可能性を未然に摘んでおく。そういう人間だ、と。
「任務中はってことはそれ以外ならそうでもないってこと?」
「ええ、冗談も通じますし、人をからかうようなこともします。それなりに情があるようにも感じられます。仕事が絡みさえしなければ。」
それは仕事とあらばなんだってする、ということだ。
「ちょっと待ってくれるか。私は軍で数年彼と部隊こそ違うが共にいた。けれど彼は君の言うような情のない人間じゃない。たとえ仕事が絡んだとしても、だ。」
少し驚いたようにメンテが目を瞠る。
「仕事が絡んだうえで情に従ったことがある、ということかいソンジュ?」
「ええ、アルマは革命軍に行こうとする私を知りながら、止めようとはしなかった。だから私はここにいる。」
彼は知っていた。何より私は賛同が得られるだろうと思って彼に相談をしたのだ。彼はどちらかと言えば自分の感情で動いているように感じた。顔にこそ出さないが、彼は自分のしたい様に動き、常に何かを疑っている。それは良し悪しであったり、軍の在り方であったり、国の在り方であったりだ。絡繰りなどではない。意志さえあれば何にでもかみつくだろう。
「だから、だからこそ彼は間違いなく今回革命軍に討ちにかかる。メンテさん、貴方は彼の後見人を殺し、私は後見人が死ぬこととなった作戦を提案した。……効率的に考えれば今回軍部は手を出さないことが吉だ。けれど彼は間違いなく情動を優先させる。……接触は避けるべきだ。」
メンテは聞いているのか聞いていないのか、いや、聞いているが聞く入れる気がないのだろう。興味深そうに話を聞いているが意志を曲げてくれる気配がない。
一方の不機嫌そうなヒルマは不可解そうな顔をした。それは彼女の考える彼と私の考える彼が食い違ったせいだろう。それでも私には、彼が情動によって動くという確信に似たものを持っていた。
「アルマ・ベルネット中将は、君の反旗を知りながら見逃したんだね。情によって。けれど後見人を殺された彼の怒りは君への友愛を上回るだろう、ってところかな。」
「違う。」
高い声がメンテの言葉を否定する。面白そうにメンテが顔を覗き込み、続きを促した。
「違、違います。ソンジュ、さんはアルマの情によって見逃されたわけじゃありません。」
「何を根拠に、」
「逆に情に根拠があるかと聞きたいところですが。……見逃したことに、意味があるなら?彼が何かをするために必要なことであったなら?」
発言する、というよりも考えをまとめるようにつぶやく。しかしその言葉に足元が冷たくなった気がした。
「……まさか、そんなはずは、」
「いや、アルマ・ベルネットが情に流されるなら君を引き留める方に動くんじゃないのか?」
「彼は私を止めて、」
そうしてハタと気づく。
『……そうか。あんたのしたいようにすればいい。』
『もしあんたがどうにかしたいと思い、革命軍側に着くならおれは止めない。今の話も全部聞かなかったことにする。』
彼は一度たりとも私を引き留めるような言葉は口にしていない。
「……いやまさか、彼は私の意志を尊重したんだ。」
「本当に?」
「だ、だが私が革命軍に行けば情報が洩れることも、……後見人であるカルムクールさんが殺されることも想像がつくんじゃ、」
「それすらも予定調和だとしたら?」
真っ黒い目が私を揺らすようにじ、と見据えた。
「……アルマはいつも遠くを見ています。」
「遠く?」
「はい。目の前のことには興味がなく、今あることはすべて何か目的のため、のような。」
はっきりとは、いえませんが、と言葉尻を濁した。確信はないのだろう。けれど私の中には得も言われぬ不安が広がった。
私が軍に不信感を覚えることを予想していたのなら。
私が革命軍に寝返ると予想していたなら。
カルムクールさんが殺されることを予期していたとしたら。
「カルムクールが死んだことで、アルマ・ベルネットは何か得したのかい?」
「彼は後釜として中将になりました。」
それは順当だ。三番隊ならラパンさんかアルマがなるのが順当。しかし順当とはつまり想像がつくということだ。お鉢が回ってくるならラパンさんだがカルムクールさんがいなくなった時点でラパンさんが軍に残るとは考えにくい。
「それにいつか話した時彼は、」
「そんなに強くなってどうするの?ヴェリテくんと違って一族の復興とかないでしょ?」
「……とにかく上にいく。できるだけ早く。」
「へえ?国軍総統とか?」
「いや、大将だ。」
「理由は聞いても言いませんでしたけど、彼はとにかくできる限り上へ行くことを望んでた。……ならコンケットオペラシオンのことも、ソンジュさんのことも、アルマの掌の上だったのでは。」
背筋が冷たくなる。そんなことまで彼は考えていたのか。何もかも利用して。むしろカルムクールさんに拾われたことさえ彼にとっては計画のうちではあったのではないか。
無表情で、強くストイック、けれど三番隊の中では末弟のように可愛がられラパンさんとじゃれ、カルムクールさんに諫められる。そんな少し幼さを残した青年兵の姿が途端にかすれた。
彼は、何を目的にしてる。大将になって何をするつもりだ。そのためにどれだけの人を利用するつもりだ。
「王国というのはずいぶんと曲者ぞろいのようだな、ヒルマ。」
「…………、」
ヒルマは不機嫌そうにムスリと黙っていた。だがそんなこともどうでもよかった。彼は一体何者で、何を考え何を望んでいるのか。
「ソンジュ、」
「……はい、」
「アルマ・ベルネット中将殿、久しぶりに会いたくなったんじゃないか?」
「……ええ、そうですね。」
アルマの掌の上というのなら、彼のシナリオに踊らされているのなら、本人に聞かない限り、その本意は図れないだろう。
おかしそうに笑うメンテさんに、少なくとも今私は彼の手の中で踊らされていたことは理解した。




