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会い見ゆ(3)

「戦いってのはさ、戦ってる奴だけのものじゃない。」



徐にそう話し出す。



「どういうことだ。」

「力を振るう者やそれを従える者、それだけじゃない。」



彼が、好きな紅茶を煽る。こんな風に語ることは珍しい。俺が大した思想もなく戦い続けるのを知っているくせに。いや、だからこそ、こうして思想教育のようなものを施そうとしているのかもしれない。だがやはり、頭を使うのは苦手だ。



「ぶつかり合う兵の中、死人は出る。それは仕方ない。戦う者は誰しも命を奪う覚悟をしていないといけない。そして逆に、命を奪われる覚悟もしていないといけない。」

「うん。」



俺がすでに理解する努力を放棄しようとしているのに気づいてか、彼は少しだけ笑う。



「だが、戦場の舞台となる場所は違う。街に、その地域に罪はない。戦いがあれば、そこは焦土になる。建物は破壊され、農地は燃やし尽くされる。生活の場所も、糧も、根こそぎ住民は奪われるだろう。」

「……仕方ない。みんなのためだ。必要悪。犠牲になる者なくして、新たな道はない。」



口の端を歪め、困ったように俺の額を小突いた。怒っているわけではない。だが諦めているわけでもない。幼子に諭すように、彼は言う。



「どれほど素晴らしい名目を掲げようと、崇高な意思を叫ぼうとも、争いがある以上、犠牲は必ず発生する。世のため人のためなんて、そんな大義を振りかざす者は、自らの死で踏みつける市民の姿は見えていない。」



だろうな、でもそれは仕方がない。そう思ったが、たぶん彼が言いたいのはそれではないし、それに賛同すればきっとまた困った顔をするだろう。そう思い口を噤んだ。



「……少なくとも、自分はそんなことはできる限りしたくない。あくまでも、『強きをくじく』よりも『弱きを助く』者でありたい。どちらが善悪か、なんてことはわからない、誰にも。だが強きをくじくために弱きを踏みにじるような真似は、したくない。」



琥珀の色は憂いを帯びていて、途中から俺に説明するというよりも吐露するに近かった。



「それが、『正義の味方』だろ?」



そう言った彼は、果たしてどちらだっただろうか。




********




風が強く吹いていた。水の豊かな地域であり、いくつもの水田が村にはあった。ざわざわと青い穂が波打つ。あまり西側にはない気候だ、主流の小麦ではなく稲を見るのは珍しい。



「中将殿ー。本当にこんなところに革命軍が来るのか?」



まるで敬意のない部下のバンクが間延びしながら問う。そもそも年上でかつては三番部隊の先輩であるから当然だろうが。



「問題ない。来る。」

「つってもさあ。こんな田舎じゃあ来る意味なんてないだろ。なにか重要な商会や屋敷があるわけじゃああるまいし。」



彼の言う通り、ここには革命軍がわざわざ来る意味が見えない。見渡す限りの水田。水路が張り巡らされ、小さな家々がぽつぽつと点在し、ところどころに水車が設置されている。もう少し中心に行けば村の中枢機関もあるが、言ってもとても小さい。まさに農家の集落で、農村と言う表現が一番近い。本当に田舎で、何もないのだ。

ここで三番隊が待ちかまえ革命軍との接触を試みる表向きの理由は、この村は革命軍の針路上にあり、立ち寄る可能性が高いという、ただそれだけだ。だからこの村を訪れず、脇を素通りする可能性も大いにある。だがまあ、偵察をするだけであればそれで十分だ。姿の確認さえわかればいいのだから。



「情報局からの情報が信用ならないか?」

「信用っていうか、長年の勘というか?」

「経験則でものを言うのはやめた方が良い。」



経験云々の問題ではないのだが、それで話を終わらせておく。

部下たちがこの状況に疑問を抱きながらも積極的に交戦しようとしたり、戦線を張り確実に革命軍を捕捉しようとしないのは、おそらく俺が暴走するのを恐れてだろう。触らぬ神にたたりなし。部隊長が兵を置いて激高し勝手に行動するよりも、いっそ何も起こらない方が良いという認識なのだろう。何年もこの三番部隊にいるが故の、総意だ。



「この村に来るとは言わない。」

「やっぱ来ねえんじゃねえか。」

「だが革命軍は必ずこの付近には来る。この村に来るか否かは、俺たちの動き次第だ。」



この村を訪れる一つの理由は知っている。


この村には間者が潜んでいる。

革命軍には主力部隊のほかに諜報員のような奴らがいる。誰もその数を把握していない、どこに居るのかも誰も把握していない。だがありとあらゆる街に、協力者がいるのだ。


特定の身体を持たない、水面下を這い回る影。一般人に擬態する革命の志士たちはいくらでもいる。それは革命軍の特徴の一つだった。


そして、この村にいる間者は俺たち、王国軍が駐留していることを知っている。本来ならば村に着いてからそれとなく接触し情報提供をするのだが、今回のようにさきに王国軍が回り込んだ場合、間者が伝令として走り、主力部隊に概要を伝える。

前回この村に駐留してのはメイスの中将、ヴェリテ・クロワールだった。革命軍の動きを先読みしたうえでここに部隊を置いた。そして革命軍と初めて交戦することとなった。だが今回、俺がヴェリテの仕事を奪った形となり、完全にあの日のヴェリテに成り代わったのだ。


予定通りなら、村から少し離れた森が肝になる。

王国軍が駐留していることを知った革命軍メンテ・エスペランサは、村へは入らず、直前の森で一晩過ごし、それから村を訪れず村を避けて軍を進めようとした。しかしヴェリテ・クロワールはそれを予想しており、村に残らず、森に向かった。布陣としては、森に革命軍、森の外で王国軍が待ちかまえる形だ。一部隊導入しても、巨大な森を囲むことはできない。そこで村側の森の出口に兵を配置した。もちろん、正面から待ち構えていたわけではない。兵たちを隠れさせ、森に潜む革命軍をあぶりだすため、文字通り煙と火を使ったのだ。結果、革命軍は森の外に出ざるを終えず、森の出口で乱戦状態となる。もっとも、メンテとソンジュの知略により、革命軍優勢でことは進み、被害は小さかった。ヴェリテの部隊構成にも問題があったのだが、最終的には王国軍を切り抜け先に進むことができた。



「しばらくはこの村に駐留する。それから毎日10人、交代で湿地の先の森の見張りにいけ。」

「森に?」

「ああ、森だ。革命軍がこの村に駐留しようとするかは定かじゃない。だが森は必ず通る。なに者か森の中で姿を見たら、連絡してくれ。」

「……アルマ、奇襲をかけるつもりか?偵察だけって話しだろうが。」



剣呑とは違う色で詰るように言うバンクに一瞥くれる。が、決定は決定だ。



「偵察するならある程度近づかなければならない。それからこの村で待っていても姿が確認できるか怪しい。ならば迎えに行かなくてはいかないだろう。」

「もう少し冷静に、」

「俺は冷静だ。無理な戦いはしない。お前たちの数を減らす気もない。」



この村に革命軍が来る可能性は低い。だがゼロではない。


ただ、あいつが、この長閑な村を踏み荒らすかと言えば、それはほとんどありえないと言い切れる。


見る限り、この村が革命軍に傾倒している様子はまるでない。ただ潜伏先として利用されているだけだろう。吹けば飛んでしまうようなこの村を消すのは造作もない。少しでも戦いの舞台となれば、きっと何も残らないだろう。



「ちょっとした出迎えだ。そう気を張らなくていい。」



尖兵として送られた第三中将アルマ・ベルネット部隊。

二代目総長メンテ・エスペランサ率いる新生革命軍。


様子を知りたいのはこちらだけではない。


俺にとって、アルマ・ベルネットにとってこの戦いは重要なものになる。確かな目で、革命軍を、メンテを見なければならない。判断せねばならない。



「少し、じゃれるだけだ。」



高揚感に口の端が歪む。部下が微かに顔を引き攣らせた。


中将としての初陣。


そして、王国軍人アルマ・ベルネットとして、初めてのメンテ・エスペランサとの対面だ。


今のあいつが何者なのか、見極めねばならない。


脳裏に、あの日地面に転がったあいつの顔が浮かんだ。




**********




風が強く吹いている。西側から水の匂いがした。足場があまりよくなく、馬がいつもより疲弊している。



「この先は村がある。農村で緑が豊かで多少畜産もしてるようなので馬も休めるでしょう。」

「そう、ありがとうソンジュ。」



自然に礼を言うこの男に未だ慣れない。上下関係の厳しかった軍にいた分、この革命軍の序列の無さがくすぐったかった。つい先日まで王国軍中将だった自分を、革命軍総長は親し気にファーストネームで呼ぶ。

革命軍の総長というのだから、どれほど苛烈な男なのかと思っていたけれど、実際に会ったメンテ・エスペランサは随分とらしくない、長だった。物腰は柔らかく、上下関係は気にせず、誰であろうと実力がれば革命軍に加える。いや、それは語弊があるかもしれないが、メンテ・エスペランサは、国を愛し、革命を志す者であればだれでも仲間に加えた。そのうちの一人が、ソンジュ・ミゼリコルドである。


決して高圧的ではないのに人を魅了し従えさせるその様子には感嘆を覚え脱帽に値する。彼にはついていきたくなる何かがあるのだ。だからこそ、特定の形を持たない巨大な革命軍という組織のトップに立てている。


先日、王国軍を裏切り革命軍に加入したわたしは、彼に直々に誘われたのだ。執務室に置かれていた”涙を流す者”の仲介によって。しかしどうやら彼は革命軍のメンバーに一切の相談もなく勧誘をしたらしく、加入当初は随分と痛い視線に晒され、間者として疑われた。


しかしそれも、コンケットオペラシオン城の襲撃により、晴れた。

新生革命軍の狼煙として活躍できたのは喜ばしいことであったし、それによってメンバーたちとの距離も縮まった。


だがもしも後悔を言うのであれば、総長の奪ってきた胸章や小綬を見て血の気が引いた。


王国軍を裏切ることがどんなことか、知っていたはずだった。それはかつての同僚を、部下を、上司を手にかけること同義なのだ。


総長は誇らしげだった。会議に襲撃し決まるはずだったスラム街の撤去、言い換えれば下級住民たちの排除を阻止することができた、と。そして会議の護衛にあたっていた中将の一人に勝利した、と。


勝利とはすなわち、殺害だ。


革命軍は正義。わたしたちは何も間違っていない。中将もまた、悪の一人だったのだ。そのはずだ。

そう思わなくては、やってられなかった。


だが、今もカルムクール中将のことが頭をよぎるのだ。


襲撃以来、抜擢され総長メンテの側にいる。しかしともにいればいるほど感じるのだ。


カルムクール中将とメンテさんは似ている。

とても、似ている。

殺された者と殺した者が似ている、というのはなんて皮肉だろうか。


見た目は似ていない。体格も髪色も、笑い方も違う。だが志が、雰囲気が、似ていた。



「ソンジュ、どうかしたか?」



でも一番似ているのは目だった。


不思議そうにわたしを見る目は、琥珀を閉じ込めたようで彼とそっくりだ。


その琥珀の奥で、見たはずのない中将の死に顔が見えた気がした。

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