蓮見 隆文(29)
3-①
「何でだよ……何でなんだよぉぉぉぉぉ!?」
どこまでも続く赤黒い空の下、俺は泣きながら逃げていた。
…願いが叶ったと思った。ようやく俺はあのクソみたいな世界から抜け出せたと思った。それなのに……
俺は小説家だ。いや、これから小説家になろうとしていると言った方が正確か。俺はいわゆるニートだった。
あれは三ヶ月くらい前の事だったか…俺は、たまたま立ち寄った本屋で、一冊の本を見つけた。
それは、有名な小説投稿サイトで人気が出て書籍化されたものだった。内容は、とある島で起きる猟奇殺人事件、島に伝わる鬼の伝承、特殊な能力に目覚めた主人公、などの要素が絡み合うストーリーだった。
……正直、かなり面白かった。本の帯に「10万部突破!!」と書かれているのも頷ける。驚いた事に、この作品を書いた作者はまだ学生らしい。
が……それと、同時にこうも思った。「学生でこれだけのものが書けるなら、俺ならもっと書けるんじゃね?」
……今にして思えば実に浅はかだった。
俺はその本を購入して自宅に帰ると、早速ノートPCの前に座り、作品を書き始めた。冴えないニートの男が最強の力・最高の頭脳・そして超絶イケメンというチート能力を持った勇者として異世界に転移し、美少女ばかりのパーティを引き連れて魔王の討伐に向かうというストーリーだ。
作品を書き上げ、サイトに投稿した時、俺は今までにない充実感に満たされた。俺の作品を読んだ読者が、俺の才能に驚き、賞賛する様が目に浮かぶようだ。
俺の渾身の作品ならすぐに出版のオファーが来て、20万部は軽く行くはずだ……そう思った。もう誰にも俺の事をバカにさせない……そう思った。しかし、投稿から三日経っても、俺に出版のオファーは来なかった。
それから更に一週間程経ったある日、俺が投稿したサイトには「ポイント機能」というシステムがあるのを知った。例えば、自分の投稿した作品を読んだ読者が、その作品をお気に入り登録すると2ポイントが与えられる、といった具合にポイントが加算されてゆく仕組みだ。
要は獲得したポイントが多ければ多い程、人気が高いという事だ。俺は自分の作品のポイントを見た。4ポイント付いている。
俺はふと、あの本屋で買った本のタイトルを入力してみた。A…n…s………っと
「……嘘だろ」
獲得ポイント数、530000……桁が、違いすぎる。宇宙の帝王に睨みつけられた気分だった。
「いや、俺の作品は投稿してからまだ一週間だし……これから、もっと」
自分に言い訳をしたが、二ヶ月経っても、三ヶ月経っても、獲得ポイントは4のままだった。それどころか…
「○○先生の作品の劣化コピーwww」
「中学生レベルの文章力」
「ストーリーに矛盾が多すぎ」
などの誹謗中傷のメッセージが届くようになった。
……駄目だ。コイツらは俺の作品の面白さを何も分かってない!! いや、コイツらだけじゃない……友達も…両親も…誰一人として俺の本当の凄さを分かってない!!
「こんなはずじゃ……俺は……俺はっ……やればできるはずなんだ……っ」
俺は、爪の痕が残る程に、拳を強く強く握りしめた。涙と鼻水がとめどなく溢れてくる。
惨めだった。誰も…誰も俺の事を認めてくれない。世界中の誰もが俺を見下し、嘲笑っている気すらしてくる。
いてもたってもいられなくなって、俺は家を飛び出した。どこをどう走ったのか覚えていない。とにかく逃げたかった、ここではない何処かへと。そうして俺は、体力の続く限り、ひたすら走り続けて、気付けば見知らぬ街にいた。
3-②
ここは……どこなんだ?
いくら再開発で街の景色がどんどん変わっていると言っても、ここまで見覚えが無いはずがない、俺の足で移動出来る範囲なんてたかが知れている。それに、この不気味な赤黒い空は何だ?
「あ、アレは…!?」
俺は、街の外れに歪な形の塔が立っているのに気付いた。見る者をどこか不安な気持ちにさせる不気味な塔だ。
「ふふふ……はははははははははははは!!」
その塔を見て、俺は笑いが止まらなかった。間違いない、あれは……『魔王の塔』だ!! 俺があの小説に書いた魔王の塔そっくりじゃないか!!
俺は全てを悟った、俺は……あの小説そのままに、異世界へと転移したに違いない!!
この世界には、俺を蔑む奴も、見下す奴も、憐れむ奴もいない。俺は、あの馬鹿しかいない世界を抜け出し、この世界で英雄になるのだ。
感慨に浸っていると、向こうから一匹のモンスターが歩いてきた。一見、人間の女性のように見えるが……奴は人間じゃない、人の皮を被ったモンスターだ。
「さぁ……モンスター退治の始まりだぁぁぁ!!」
俺は、すぐ側のゴミ捨て場に置いてあった鉄パイプを拾った。聖剣シャイニングセイバーではないのが残念だが、問題ない。俺は最強の力と、最高の頭脳を持った勇者なのだ。
「オラァッ!!」
俺は、手にした鉄パイプで近付いてきた女型のモンスターの頭を思いっきり殴り付けた。
“ボコッ”という鈍い音を立てて、女型モンスターの頭部が陥没する。倒れたモンスターの頭部からは血ではなく、真っ黒な液体が流れ出ていた。やはりコイツらはモンスターだ。
「……%る流X秒82月シ!?」
どうやら、一撃では仕留められなかったらしい。女型モンスターは、命乞いなのか、わけの分からない言葉を発しながら這いずって逃げようとしている……逃がすものか!!
俺は、何度も何度も逃げようとするモンスターを鉄パイプで殴り付け、息の根を止めた。
あっ、しまった…魔法を使うのをすっかり忘れていた。そんな事を考えながらその場を立ち去ろうとした時、俺は突如として現れた三体のモンスターに囲まれた。コイツらも人間の男に見えるが、もちろんモンスターだ。
「チッ、雑魚共が……刀の錆か、消し炭か、好きな方を選……げえっ!?」
主人公の決め台詞を言おうとしたら、顔面を殴り飛ばされた。痛い……痛い痛い痛い痛い痛い!! 俺は鼻を押さえて地面を転げ回った。
「ぬし¥÷火トマ冥74!!」
「ぐはっ!?」
「超#89回分いz5と!!」
「げふっ!?」
俺は化け物共に、殴られ、蹴られ、ボコボコにされた。こんなはずはない、こんな……俺は最強の……
「詩〒081塁リュ8%!!」
「がはっ!?」
殺される、このままでは殺される!! 俺は、勇者でも何でもない……ただの愚かな感違い野郎だ。
…俺は逃げ出した。
「何でだよ……何でなんだよぉぉぉぉぉ!?」
どこまでも続く赤黒い空の下、俺は泣きながら逃げていた。
ああ、駄目だ……四方八方からモンスター達がやって来る。