74.卒業試合 決着
「ぐぅっ、くそっ」
爆風の最も近くに居たゲイツは、少なくは無いダメージを負い、剣を支えになんとか膝をつかずに立っているけれど、もう限界なのだと見て取れる。
「ゲイツ。あなた、クレイロール伯にお会いしたでしょう?」
「な……にを」
動揺を浮かべる彼の目を見つめ、剣の間合いの外まで近づく。
「彼は、信じさせる魔法を覚醒しているの。よく思い出して、しっかりと考えて見て、彼の言ったことが正しいのか。お願い、心を強くもって――」
「なに、を……っ。ぐ……っ、く、そっ! くそ……がっ、ぐっ」
突然膝からくずれ落ち、頭を抱えて苦しむ彼に驚いて数歩後退った私の肩を、エイシェン殿下が抱きとめた時、私の視界に赤みがかった金髪が過ぎった。
「ゲイツ!」
倒れ伏している彼に、ランが駆け寄り、強く抱きしめた。
「もう……苦しまないで。忘れましょう、ね」
「ぐっ――だ、めだ、ラン……っ」
彼は苦しみに顔を歪めながら、ランを掻き抱く。強く彼の腕がランを抱きしめて、苦しいに違いないのに、ランは幸せそうな顔でその抱擁を受け止めていた。
「もう、いいの。ありがとう、ゲイツ……」
彼女の魔法が彼を包み込み、気を失った彼の顔から苦しそうな様子が消えた。
ランは力を失ったゲイツの体を横たえ、立ち上がって貴賓席の前まで行くと、片足を引き膝を落として礼の形を取った。
「“声よ通れ”」
拡声の魔法を小さな声で紡ぎ、宮廷魔術師が両側に立つ陛下へ向けて真摯な視線を送った。
「国王陛下。この場を借りて、我が父、クレイロール伯爵の罪を告発いたします」
よく通る彼女の声が会場内に響き、観客席がざわめく。
観客席には、この学園に通っている生徒の他に、卒業式も行われることもあり、その親族が多く集っている……もちろん、その大半は貴族であり、クレイロール伯を知る人ばかりだった。
国王陛下は、右に立つ魔術師に声を掛けてから、一拍おいて口を開いた。
「申してみよ」
厳粛な陛下の声が場内に響き、ざわめいていた声が引いてゆく。
「ありがとうございます。我が父クレイロールは、禁制の植物であるシロウネ草を、わたくしが覚醒した、時を戻す魔法を使い過去より蘇らせ、それを育成し、麻薬を精製し、それを隣国へと流しておりました。事が発覚しかけると、なにも知らぬユリングス男爵を、伯爵自身が覚醒している信じさせる魔法を使い、都合のいいように丸め込み、事業を譲渡し、自身は海外へ逃亡する手はずを整えております――何卒、クレイロール伯爵に罰を」
毅然とした声が暴露した内容に、一時納まったざわめきが再度沸き上がる。
もしもランの言葉が認められれば……お父様の罪が……。
「そなたの申し出が真実ならば、そなたも罪に問われることになるが?」
揶揄を含んだ陛下の声だけど、ランは動じずに毅然と顔を上げる。
「勿論わたくしも、同じく罰を受ける覚悟です。わたくしは自身の時を戻す力を使い、この学園のみならず、多くの人々の時と心……思い出やその時の感情を奪いました。その罪の大きさは、よく理解しているつもりです。どうか、国王陛下の御心のままに、罰をお与え下さい」
朗々とした声で自身の断罪を求めるランを、驚いて見つめる。
「ど……して」
どうして、自ら罰せられようとするの?
よろめきそうになった私を、肩を抱いてくれていたエイシェンの手が力強く支えてくれる。
「ふむ、それは重き罪だ。では死で贖え――」
陛下の言葉に、思わず口を覆い座り込みそうになる。
だけど私の視線の先のランは、毅然と顔を上げたまま、顔色すら変えない。
「――そう、罰を下してもよいと?」
反応を見るように、からかうような口調でそう続けた陛下に、今度こそへたり込んでしまった。
ちらりと、陛下の視線が私を見たような気がしたけれど、多分気のせい……よね。
「大丈夫か?」
私の隣に片膝をついて肩を支えてくれるエイシェン殿下を、泣きそうな気持ちで見上げたとき、清々しさすら覚える声が、陛下の問いかけに応えた。
「勿論構いません。陛下の御心のままに」
ランのその言葉に、私は食い入るように彼女を見つめる。
私の頬を涙が勝手にこぼれ落ちてゆく。
どうして……死を賜る事を恐れないの? 嬉しそうにすら見えるのは、なぜなの?
寸暇、場内に静寂が落ちる。
「死か……。時に、おぬしの本当の名はなんという?」
その陛下の問いにはじめて彼女が動揺を見せた。
「な、にを、おっしゃって……わたくしは、ラン・クレイロール」
「やっと驚いたな。余の耳はよく聞こえ、目はよく見えるのだ。さあ、そなたの名を申せ」
重ねて問う陛下に、彼女は苦い物を噛んだ表情を浮かべた。
陛下と彼女が暫く見つめ合い、彼女が一度視線を伏せて口を開いた。
「わたくしの名は。――紅林、麗蘭と申します」
はじめて聞く不思議な抑揚を持つ名前。
「クレバヤシ・レイランか、よい名ではないか」
陛下はそう言って小さく笑むと、座から立ち上がり表情を改めた。
「ここに、ラン・クレイロールは死した! 余の名において、クレバヤシ・レイランとして生きよ。そなたの力は希有なものだ、卒業後は宮廷魔術師として、余に仕え、世に尽くせ」
「――――っ!」
陛下の沙汰に、彼女の唇は震えて言葉を発せず、ただ、深く、深く頭を垂れた。
よ、かった…………! 安堵と共に、私の意識は薄れていった――――




