72.卒業試合 決勝1
背筋を伸ばし、深呼吸を一つしてから、ゲイツの方を向き、握手すべく手を伸ばす。
その手をゲイツが一瞥する。
「ゲイツ?」
握手されない手を持て余し。訝しみながら彼を見れば、既に戦う目をした彼の視線に射貫かれた。
「気安く呼ぶな、売女め――」
彼の言葉に呆然とする私を、我が意を得たりとした顔で見下ろして言葉を続ける。
「婚約者がある身で外に男を作るその手管、間諜になるにはうってつけだがな」
「なにを――おっしゃっているのかしら? ほら、陛下の御前ですよ。試合前の握手くらいさっさとなさって?」
微笑みを浮かべながら、強引に彼の手を取り、軽く握る。
「……っく、貴様に触れるのも汚らわしい」
本当に心から嫌そうに言われるその言葉に、知らず、額に青筋が浮かぶ。
「あら、奇遇ですわね。売女という在らぬ侮辱、撤回してくだされば、手加減の一つもして差し上げますわよ?」
「本当の事だから怒るのだろう」
「あなたの方こそ、私という婚約者がありながら、ラン・クレイロールにご執心ではありませんか」
「俺は違う!」
振り払うように手を離した彼の瞳に、燃えるような色が灯る。
「俺は彼女に出会い、本当の愛を知った。君のような、浮ついた感情ではない!」
聞き捨てならない言葉に、私の表情も改まる。
「あら……私が浮ついているなんて、よくもぬけぬけと言えたものね。これが終わったら、じっくりとお話ししましょうか」
「断る。ここが君の墓場となるのだからな」
明確に彼の雰囲気が変わり、剣を抜くやいなや、私に切りつけてきた。
咄嗟に炎の壁を作り、大きく後ろに飛び退る。
「不意打ちとは、ご立派なこと!」
「お褒めいただき光栄だが。この程度の魔法で、俺を阻めると思うな“風よ斬りさけ”“唸れ雷撃”」
剣に風の魔法を纏わせて炎の壁を切り裂き、次に剣に雷を纏わせて切り込んでくる。
金物に雷なんて! 彼独特の変態めいた魔法の使い方に戦慄する。
「あっ、あっ、危ないじゃないっ!」
彼と私の間に火柱を乱立させて行く手を阻み、剣に纏われた雷が消えるのを待つ。
長時間発動する類いの魔法ではないのが救いだわ。
「逃げるな。我が手で屠るのが、最後の情けだと気付け」
「なにが情けなものですか! 私は、生きてこの学園を卒業するのよ。大体なんで、私があなたに殺されなくてはいけないのよ“風の刃よ疾く駆けよ”」
斬りかかってくる彼に、牽制の魔法を放つ。
「ふんっ!」
気合い一閃で風の魔法を切り捨て、じりじりと私との間合いを詰めてくる。
殿下も、先程の大男も、彼もそうだけれど。魔法を剣の一撃で切り捨てるなんていう芸当……普通はできないものなのに。
流石は卒業試合に出るような精鋭、ってことなんでしょうね。
でも、こっちだって、命がけで身につけた魔法があるの。
「“氷の盾よそびえ立て”」
「“火よ我が剣に宿りて敵を切り裂け”」
火を纏った彼の剣が、私の盾を破壊しようとした瞬間、私は左手を一閃させた。
「ゆけ」
氷の盾の向こうに細く青白い炎の矢が現れ、彼の胸に突き刺さる。
その瞬間、キラキラとヴィゼル先生の防御魔法が壊れ、私は勝利を得たことを確信する。
「……まだだ……まだ、終わらんぞ」
一瞬立ち止まった彼だったが、昏く染まった目でひたりと私を見据えると、剣を両手に構え私の氷の盾に切りつけてくる。
「“疾風の連撃”っ!」
魔法の波状攻撃も駄目なように、剣の連続攻撃だって違反だ。
私の氷の盾が砕け散る。
観客席がざわめき、審判の教師達が動揺する。
「なんのつもりなの、ゲイツ。勝負は既に決しているわ!」
「これは、死合だ。俺が、貴様を倒すまで、続くっ!」
狂ったように剣を振るってくる彼の前に炎の壁を作り、後ろに下がる。
「やめろ! ゲイツ・グレンドル! 陛下の御前であるぞ!」
「邪魔立て無用ぉっ! “水よ火を打ち消せ”!」
止めに入ろうとした丸腰のヴィゼル先生の制止を振り切り、ゲイツは剣を振りかぶり、私の作った炎の壁に魔法で水を出して相殺しようとする。
「私の炎を、甘く見ないで」
火力を上げた私の炎の前で、彼が二の足を踏む。
「何故私を殺そうとするの? 理由くらいは教えてくれてもいいでしょう」
「なにを白々しい。償わなくてはならぬだろう。貴様の罪もある、そして貴様の父の罪もだ。深すぎる業、その身を以て贖わず、なんとする――“空気よ塊となれ”」
足元に空気の塊を作りそれを足場に飛び上がったゲイツが、炎の壁を超え、その切っ先を私の喉元に突きつけた。
「欲の権化たる、ユリングスの血、残しておくわけにはいかん」
息が掛かる程近くにある彼の目が、深く澱んでいた。
「目を、目を覚ましなさい、ゲイツ! 貴方は騎士になるのでしょう! その意思は、本当に貴方のものなの? 貴方の心に掛けられた魔法に、お願い気付いて」
「……ぐぅっ……くっ、黙れ! 黙れぇっ!」
顔を歪ませ、痛みに耐えるように頭を押さえた彼が、振り払うように剣で私に突きつけていた剣で、私の首を薙ぐ。
剣が当たるその瞬間。キラキラと防御魔法が砕け散った。
本気で、首を取りに来たその剣が、大上段に振りかぶられ
ゆっくりと迫ってくるその剣を、呆然と目で追った――