70.卒業試合5
次の試合はゲイツとランの戦いだった。
私としては先程の戦いで思いの外消耗した魔力を回復させるために、時間を掛けて戦って欲しかったのだけれど。
二人の試合は一瞬で終わった。
ゲイツが魔法を詠唱するランへ、素早く間合いを詰めてその胴を剣で薙いだ。その素早さは、一瞬見逃す程で、彼がランよりも早くなんらかの魔法を詠唱して速度を上げたのだと予想できる。
はじけ飛んだ防御魔法の残滓に驚き、そしてゲイツを睨み付けたランは、一言二言ゲイツと会話してそれから、泣きそうに顔を歪めた。
ゲイツが強引にランを歩かせ、二人並んで中央に立って陛下に礼をする。
肩を落としてふらふらと歩くランに寄り添いながら、ゲイツが戻ってくる。
「コー――」
私と目が合った彼女が私の名を呼びかけたけれど、呼び終える前に唇を噛みしめた。
「ラン……?」
思わず彼女の方へ行こうとした私を、ゲイツが遮る。
無言のゲイツの険しい視線が私を一瞥し、そのまま私の横を通り、何か言いたそうなランを連れたまま出て行ってしまった。
お互いを信頼しているような二人のその距離に、少しだけ胸が痛む。
本当はランを支えるその場所に、自分が居たいとそう思うけれど。
「コーラル・ユリングス。決勝戦だが、時間が早まることになった」
主審を務めるヴィゼル先生がやってきて、私にそう伝えた。
「本来は午後からはじめるはずだったのだが。思いの外早く進んでいるので、少し休憩の後、このまますぐに決勝をはじめることに決まった」
国王陛下の天覧試合であったせいもあるだろう。
「承知致しました、このまま待っていればよろしいですか?」
「いや。開始するのは少し後になるようにした、陛下にも一度退席願っている」
言われて見上げれば、貴賓席が空席になっていた。
「君も一度控えの間に戻って、少しでも魔力を回復したまえ。ついてこい」
案内するように先に立って歩く先生の後をついて行く、控えの間は場内を出てすぐの場所にあり、ドアを開けると、中にフレイムが居た。
「試合が始まる前に呼びに来る。ゆっくり、休めよ」
ヴィゼル先生はそう言うと、激励するように私の肩を叩いて部屋を出て行った。
「頑張っているな」
部屋の真ん中で両手を広げた彼に、ふらふらと近づけば、手を引かれその胸に抱き込まれる。
黒を基調とした凜々しい正装姿の彼に、いつも以上に胸がドキドキする。
「はい、なんとか、頑張っております」
彼の大きな胸にそっと頬を寄せれば、背を抱いてくれている彼の手の力が強くなった。
なにも言わずに抱きしめてくれる彼の温もりに癒やされる。
きっと言いたいこととか、言わなきゃいけないこととか色々あると思うのに、なにも言わずに居てくれる。
優しい、逞しい、凜々しい、嬉しい、好き……大好き。
彼の背中に両腕を回して、私も彼を抱きしめる。
「オルフィズ殿下――」
大好きです。
「コーラル……愛しているよ」
耳朶を打つ低いささやきに熱が上がった顔を、彼の大きな手のひらで上向かされ、唇を奪われた。
驚いて目を瞑った私の唇に、何度も角度を変えて重なる。
「オルフィ――」
制止の言葉を上げかけた私に唇の隙間を割って、彼の肉厚な舌先が口内に忍び入る。
「――っん」
私の背を抱く腕が強くなり、一層激しく彼が私の口内を舐め舌同士を絡める。
深い口づけに目眩しながらも、必死に私も彼の口づけに応えた。私も、あなたを愛しています、と伝わるように、思いを込めて。
ひとしきりお互いを感じ合い、名残惜しみながらゆっくりと唇を離す。
「愛して、おります」
「ああ。私もだ」
額同士をくっつけて、満たされた気持ちのまま告白をすれば、柔らかな声が返ってくる。
そのことが、とても嬉しい。
これからの事は、いまはなにも考えずにいたい。卒業試合を乗り切ってから、考えよう。身分の差があるから彼と結ばれる事はないけれど、彼の幸せを見守る事はできるもの。
強く在ろう――心も、体も。
ドアをノックする音に、時が来たことを知る。
「オルフィズ殿下。もうひと頑張りして参りますね」
離れようとした体を、もう一度抱きしめられる。
「エイシェンだ。エイシェンと呼んで欲しい」
「エイシェンで――んんっ」
熱のこもった口調でそう請われて、頷いて彼の名を口に乗せた唇を、言い終える間もなく塞がれてしまう。
性急にされた口づけはすぐに離された。
「――ゆっくり休むようにと、言ったはずだが? 貴様は、これから大舞台に立つ人間相手に、なにをやってるんだ! 馬鹿者がぁっ! コーラル・ユリングスはさっさと戻れ。エイシェン・オルフィズ、貴様とは少し話をした方がよさそうだ」
ヴィゼル先生の、滅多には聞けない怒鳴り声と共に、私だけ部屋の外に放り出され、部屋を閉められてしまった。




