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64.卒業試合へ

 とにかく体調を全快にすべき、というリコルさんとカティールさんの助言を受けて、私は翌日を一日休養に充てて、卒業試合へと臨んだ。



 フレイムに保護され、公の場に出ることの叶わないお父様の代わりに、執事のハルバードやメイドのマコット達が来てくれた。

 彼らにはお父様はいつものように国外の取引で、長期間家を空けているだけだと伝えられているので、来られないお父様を残念がりながらも、お父様の分まで応援すると意気込んでくれている。


「お嬢様の晴れ舞台の為に! わたし、全ての力を出し切りましたっ!」

 そう言って、目の下に隈を作った針仕事の得意なメリーが用意してくれたのは、深紅と黒を基調とした衣装だった。

「防御の魔法が掛けられるから、防具の類いは必要無いって聞いていたんですけれど、一応胸当てだけは頑丈なものを、防具屋さんに作って貰いましたから。動きにくい箇所があれば言って下さいね、今すぐ手直しさせて頂きますから」

 言いながら、私に衣装を着付けてくれる。

 タイトなのに動きを阻害しないように、肩や胴回り等、必要な要所は動きやすいように工夫され、足回りも動きやすいように深く腰までスリットが入ったスカートの裾には、黒に近い銀糸で丁寧な刺繍が施されており、中に履く黒いズボンもしなやかな素材で、柔らかな革で作られたロングブーツの中に入れてもすっきりとしている。

 最後に胸部を守る革の防具を緩みなく付けて、メリーが離れ、次にマコットが私を鏡台の前に座らせる。彼女の手が丁寧に髪を梳いて一筋の乱れ無くまとめ上げ、薄く化粧を施してくれる。

 眉を凜々しく整え、眦に墨を入れ、唇に薄く紅を乗せる。

 部屋にある姿見に全身を映せば、衣装と相まって、素晴らしく凜々しい私ができあがっていた。

「ありがとう、マコット、メリー」

「お嬢様! とっても、素敵ですっ」

 目をきらきらさせたメリーを抱きしめ、それから、マコットを抱きしめた。

 勝ち上がり、なんとしても皆の元へ帰ろう。

「僭越ではございますが。我々が、旦那様の分も応援させていただきます。頑張ってらっしゃいませお嬢様」

 いつの間に入っていたのか、ハルバード以下馴染みのメイド達がドアの前に並ぶ。

「ええ。行ってくるわ」

 それぞれの顔をしっかり見つめ、力強く頷いて部屋を出た。




 卒業試合が終われば、そのまま卒業式となる為に、制服姿の生徒達が賑わう寮のホールに出れば、卒業試合用に私服であるせいなのか、周囲の視線を引きつけてしまう。


「コーラル様……かっこいい……」

 囁くような声にそちらを見れば、同級生と目が合い、頬を染められた。

 かっこいい、のかしら? この服はメリーの自信作だし、マコットの化粧も素晴らしものね。ふたりの事を褒められた気分になり、嬉しくて微笑めば。周囲の女生徒達から黄色い悲鳴が上がり、わらわらと取り囲まれた。


「コーラル様、どうぞ頑張って下さいませ」

「今年こそ、魔法科に優勝をもたらして下さい」

「魔法騎士科の男子に、手加減などしないで下さいまし」

「応援しております!」


 委員長をしていても、いまだかつてこんな風に慕わしく声を掛けて貰ったことがなかったので、面食らったけれど……。

「ええ、全力を尽くして参りますわ。皆様、どうぞ、応援をお願い致しますね」

 嬉しくて、そうお願いすれば。魔法科の同級生は皆、口々に請け負ってくれた。

「あら、あたしも居るんだけど? あたしは応援してくれないのかしら?」

 ロビーによく通る声が響き、私を含めて多くの視線が声の主を捕らえた。

 白いブラウスの上に、黒革のビスチェを防具とし、格子柄の短い丈のひだの多いスカートの下に足のラインがわかる程ぴったりとした黒いズボンを履いたランが、ショートブーツを鳴らして階段を降りてくる。

 ふわりと舞い上がるピンクゴールドの髪が、いつも以上にふわふわしている。

 彼女が足を進める正面、生徒達が一歩二歩と後退してできた道の真ん中を歩き、彼女は真っ直ぐに私の前までやってきた。


「“声ならざる声よ――」

    彼女の右手が上がり、私が上げた左手と掌が重なり。同時にはじめた詠唱の声も重なる。

        「――あなたに届け”」


 低い位置にある彼女の澄んだ緑色の瞳と、私の視線が絡まる。

 心を繋げたけれどお互いなにも伝えないまま、だけど、確かに温かい何かを感じる。


 私の思いも彼女に届けばいい。私は、あなたが好きよ、あなたがどこの世界の人でもいいの、あなたの優しさを私は知っているわ、だからお願い、壊れないで――この世界で共に生きて欲しいの。

 あなたの愛する家族の居る世界が恋しいのを知っているのに、私は酷い人間だけれど。私はそれを望んでしまう。

 私、必ず優勝するわ、そして――。


「あんたって、本当に……馬鹿ねぇ」

 ピンク色の唇を歪めて、彼女が溜め息交じりにそう言う。

「それは、お互い様だと思うわ」

 そう返せば、ニッと口の端を上げた彼女が、合わせるだけだった手を強く掴んだ。


 ――あたしも、あんたのこと、好きよ。


 払い飛ばすように、彼女に手を振り払われるけれど、それが照れ隠しなのだと私だけがわかる。


「勝ちは譲らないわ。全力でやり合いましょう」


「っ――はい」



 ランの言葉に力強く同意し、お互いに背を向けた。



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