60.ティータイム3
「君が卒業試合で優勝したなら、君の大切な親友をプレゼントしよう。全力で、戦って手に入れたまえよ」
彼がそう話を締めくくり立ち上がると、どこに居たのか三名の男性が、食堂の陰の方から現れて、床に倒れ伏す男性を二人が担ぎ、もう一人はクレイロール伯の肩にコートを掛ける。
柔らかなコートを翻し背を向けた彼に、はっとする。
「待って下さい! 私に親友をプレゼントするというのは、どういうことなんですか」
きっと彼女に掛けている魔法を解いてくれる事だとは思いつつも、言質を取れない曖昧な言葉を寄越した彼を睨む。
彼は立ち止まり、少し上を向いて考える仕草をすると、半身を引いてこちらを向いた。
「ふむ。無粋だが、まぁいいだろう。君が卒業試合で優勝したならば、僕はランに掛けた魔法を解くと約束しよう」
「……彼女に掛けている魔法は、貴方を信じさせるものですよね。それを解いたとき、彼女は貴方の発言がウソだった事を知るのでしょう? それでは、彼女の心が壊れるのではありませんか?」
睨み付けるようにそう尋ねれば、彼は愉快そうに声を上げて笑った。
「あはははっ! そうだね、きっと、彼女は希望を失ってしまうだろうね! もしかすると、抜け殻のようになってしまうかもしれない」
危惧したとおりに、彼はひねくれた罠を仕掛けていた。
どうすれば、いい? どうすれば、彼女を無事に彼の呪縛から解放できるの?
落ち着いた風を装いながら、ゆっくりと口を開く。
「そんなものをプレゼントして頂いても嬉しくありません。彼女の希望は壊さずに、貴方を信じる心を消すことはできないのですか? できないのであれば……」
両手に一つずつ炎の塊を出現させる。
「いっそ、今、この手であなたを屠ります」
私の荒ぶる心に呼応するように、手の中の炎がうねると。主人を守るように男達がクレイロール伯の前に立ちふさがった。息絶えている従僕は、手放されてまた床の上に逆戻り。
「男爵令嬢が、伯爵に手を出せばどうなるか、おわかりか!」
クレイロール伯にコートを着せ掛けていた男性が、私の炎に怯えながらも、毅然とした態度で意見してくる。
「私の炎は、地獄の業火よ。消し炭一つ残さず、焼き尽くすことだってできるわ」
証拠の一つも残さないと言い切れば、男達は更に殺気立ち、どこに持っていたのかナイフを手にしている。
伯爵子飼いの暗殺者なのかもしれない。それとも伯爵くらいの身分になれば、周囲に侍る人間は全て武に秀でているのかしら。
三人の殺気を浴びて、冷たい汗が背中を流れ落ちるけれど。臆した様子は絶対に見せるものか。
「まぁ、待ちなさい」
クレイロール伯がのんびりとした声で、男達に声を掛けると。三人はナイフを手にしたまま、殺気を鎮める。
「カードは僕が持ってるんだ、そんなに怯えなくても大丈夫だよ」
三人を宥めるように肩を叩きながら前に出てきた彼は、炎を持ったままの私に微笑む。
「僕を殺せば、魔法は解けるだろう。だが間違いなく発狂するだろうね」
誰が、とは言わない彼を、私は睨み付ける。
「それでは、そうならない方法を教えて下さい」
「なに、簡単な話さ。僕が堅く信じ込ませたその殻を、薄皮を剥くように、一枚一枚やさしく剥がしてやればいい。ゆっくり時間を掛けて、慈しみ深くね。そうすれば、心を壊すことなく彼女は自我を保てるだろう」
魔法を行使した様子も、嘘を言っている様子も無い彼に、無理は承知で再度尋ねる。
「殻を剥く魔法を、教えていただけますか?」
「おや? なんでもかんでも教えを請うなんて、随分と甘いお嬢さんだ。生憎と、僕は魔法を使えるほどの魔力は持っていなくてね、魔法を習ったことすらないんだよ。僕の覚醒した魔法はね、僕の中にある、普通なら魔法を発動できないほど僅かな魔力で行使しているんだ。君も覚醒しているならわかるだろ? 覚醒魔法は、普通の魔法よりもずっと魔力の消費が少ないことを」
その言葉には頷かざるを得なかった。
覚醒してはじめて知る事だけれど、彼が言うように魔力の消費がとても少ない。だから、大きな魔法が使えるようになる。
「たとえ、彼女に掛けた魔法を解除できなくても、彼女はいまのままなだけだよ。元の世界へ帰る事を生きる希望に、この世界に染まる事無く、生きてゆくだけだ」
それのどこに不都合があるのかと、彼の表情が言っている。
悔しいけれど、ここで彼を殺すことはできないことだけは、よくわかった。
両手に出した炎を消して、ただ手を握りしめた私を、彼は満足げに見て身を翻すと、振り返らずに食堂から出て行き。
――拳を握りしめる私が取り残された。




