59.ティータイム2
「なぜ……なぜ、私にそんな大事な話を?」
きつく椅子の肘を握りしめ、それだけ聞けば。彼は視線を和らげて、今までで一番優しい顔で笑った。
「君は僕の奥さんに似ているんだよ。ああ、外見では無く、中身がね。外見は勿論、妻の方が数倍美しかったさ」
得意げにそう言って、体を揺すって笑う。
「若い娘さんの外見のことを言うなんて、申し訳なかったかな。僕がこうして君に会いに来たのはね、もう時間が無いからだよ。ほら、卒業試合が目の前だろう? だから、最後の余興を仕込みに来たんだ」
「余興、仕込み?」
その不穏な言葉に、背筋に悪寒が走る。
クレイロール伯はおもむろに手を二回叩いて、従僕を呼ぶとテーブルの上を片付けさせた。
「ああ、お前」
テーブルの上がすっかり綺麗になると、彼は従僕を呼び寄せ――従僕に対して力を使った。
強い魔法を使うとき独特の魔力を感じ、椅子から立ち上がって逃げの体勢を取った私に、彼は制止の声を掛ける。
「座りなさい。僕はいまこの男に、僕の中で最も強い力を使った、言うなれば『盲信』かな。おい、お前にこれをやろう」
おもむろに、ポケットから取り出した小瓶をその従僕へと渡す彼は、いたずらをする子供のような表情で私を見る。
「これは、シロウネ草を精製して作った原液だ。本来なら三十倍に薄めて使うものだがね、このままひと瓶飲んでしまえば、死ぬ、運が良ければ廃人だ」
楽しそうにそう言う彼に、私の胸は嫌な予感にドキドキと激しくなる。
「この男は我が家によく尽くしてくれる、いい男だよ。だが、ちょっと外見が良すぎるかな? 主人である僕が、霞んでしまう」
またくつくつと嫌な笑い方をしたあと、おもむろに「飲め」と冷ややかな声を従僕に掛けた。
「え……?」
私が唖然としているうちに、従僕は躊躇いの無い動作で、瓶の口を開け、毒であると宣言されたその中身を飲み干し、両手で口を押さえて倒れ伏した。
辺りに、シロウネ草の濃い香りが漂う。
「ああ、いい香りだ。彼女の居ない、退屈なこの世界が少しは華やぐね」
彼はそう言いながら、床に転がる瓶を拾い上げて蓋をすると、それをポケットに戻し、呆然としている私の前に立った。
「こうして僕が命じれば、生命すら操ることができるのはわかって貰えたかな。聡明なお嬢さん、僕は君に卒業のプレゼントをあげようと思う」
にぃと口の端を上げたクレイロール伯は、ゆっくりとその内容を伝えた。
「君が卒業試合で優勝したなら、君の大切な親友をプレゼントしよう。全力で、戦って手に入れたまえよ」




