55.野営
一度寮に戻って色々と、毛布や食料等を用意するのかと思えば。
「それではいざというときの為になりませんわ。いまから、はじめるのです。裏山の使用許可は頂いていますから、ご心配はいりませんよ」
そうにっこりと言う彼女に、リコルさんが顔を引き攣らせる。
「裏山って……裏山、よね? 野営ってことは、野宿よね? 貴族のお嬢様、よね?」
「貴族だからといって、野宿をしなければならない状況にならない、なんてことはありませんよ」
にっこりと言うカティールさんに、リコルさんが首を横に振る。
「無い! 貴族の令嬢が野宿する事なんて、無いからっ! そもそも、護身術を通り越して、実践で通用する程の技術を持った令嬢もいないってば!」
その言葉を受けて、カティールさんは自分と私を何度か指を行き来させ、首を傾げる。
あら、私が学んでいたのは、実践でも通用する技術だったのね。
「二人が特殊なんだってばっ。――うぅっ、もうっ。御館様には、事後報告させていただきますからね」
「ありがとう、リコルさん」
肩を落として、見過ごすと言った彼女に、カティールさんが楽しそうに礼を言う。
夕飯も自炊だとは、思ってもみませんでした。
いつも訓練で走り回っている裏山の裾よりも奥へ進む。騎士科の実習でも使われる場所なので、踏みしめられた獣道ができている為、思ったよりも楽に進む事ができた。
たどり着いたのは少し開けた河川敷で。聞けば、騎士科の人たちもここで野営の訓練をするらしい。
とはいえ、野営の痕跡は綺麗に片付けられているので、焚き火をするカマドも一から作らなくてはならない。
「川に近すぎてもよくないわよね、ここら辺にしようよ。よっこらしょっと」
リコルさんが手際よく、大きめの石を並べて竈を作ってゆくのを手伝い、ここに来るまでに拾い集めていた枯れ木をその横に置く。
「さてと、ここはやっぱり魚でも釣るのが定石よね?」
リコルさんが立ち上がりながらそう言うと、カティールさんがにっこりと却下する。
「いいえ、今回は小動物を狩りましょうね」
何か思惑があってのことに違いないので、私もリコルさんも少し戸惑いながらも頷いた。




