52.接触2
聞かれている……。
でも私が彼女の耳元で小声で話すのは注意されなかった。ということは、全ての音を拾われているわけではないということね。
彼女の耳元に口を近づけて、先程よりも小さな声で尋ねる。
「どうすれば、貴方と話をすることができるの?」
少しくすぐったそうに首を竦めた彼女は、一瞬横目で私の方を睨んでから。机の上を指で叩きながら、私と彼女しかしらないあの言葉を呟いた。
『手、ここ』
ニホン語という言葉なのだと、いつかの時に教えてくれた。
あの頃の私達は、親友と呼ぶに相応しい間柄だった。互いに、互いを支え合うような。
懐かしさに、胸を震わせながら。私は彼女に示された場所にそっと、右手を置いた。
『声ならざる声を、彼女に届けて』
彼女は、ニホン語でそう呟くと。何気ない仕草で、ペンを持った手を私の手に触れさせた。
一呼吸後、彼女の声が聞こえた。
――思い出しちゃったんだ? だったら、あたしに接触するのは危険だってわかってるわよね? なんで来――
頭の中に直接聞こえるその言葉に動揺して、机に置いた手を動かしてしまい、彼女の手から離れると、途切れるように彼女の声が聞こえなくなった。
慌てて、手を元の位置に戻し。彼女の手と触れ合わせる。
――触ってないと、『心話』は使えないのよ。手じゃ無くてもいいわ、どっかあたしに直接触れてて。
そう言って、帳面に教科書の問題の解答を書き込み。勉強をはじめてしまった。
私は彼女の左側に移動すると、教科書を押さえている彼女の左手に、そっと手を重ねた。
――折角、遠ざけてあげたのに。貴方って、本当に馬鹿よね。
真剣に問題に取り組む表情の彼女から、聞き慣れた、呆れたような声が届く。
何度もその声で、怒られたわよね、私。
「馬鹿でもいいわ。大人しく、逃げるなんてしたくないもの」
――もっと小さな声で喋ってよ。姿隠しの魔法ができるなら、心話だってできるでしょ。早く覚えなさいよ、こっちの方がずっと使い勝手がいいんだから。
そう、そうね。心話を使えるようになれば、一方的言葉を送るだけの魔法でも、二人で使えるなら会話が成立するものね。
姿隠しの魔法は、手本無しで書物から覚えたから一晩かかったけれど。心話はさっき、彼女が手本を見せてくれたのを覚えている。
姿隠しの魔法を維持しつつ、心話の魔法に意識を割く。
「“声ならざる声よ、貴方に届け”」




