51.接触
誰も居ない中庭で木陰に隠れて、認識を阻害する魔法を詠唱する。
昨夜習得した魔法だけれど、実際に自分の姿を認識されているかどうか、自分以外の人間が居なければ確認できない魔法なので。使ってはみたものの、その効力を実感する事はできていない。
できていないけれど、できているはず。
魔法の手応えがあるもの、大丈夫。
広間、図書室、食堂……公共の場所を見て歩いたけれど、ランはどこにも居なかった。
途中すれ違った生徒に、試しに顔の前でひらひらと手を振ってみたけれど、彼女の視界は揺れることは無く、私の魔法はちゃんと効果が出ていることを確認できた。
それにしても、彼女はどこに行ってしまったのかしら?
もしかして、部屋に戻っているのかも知れない。そう思い付き、急いで彼女の部屋へと向かい、部屋のドアをノックした。
果たして彼女は、部屋に居た。
ドアを開けて首を捻る彼女に、小声で声を掛ける。
「ラン。コーラルです、話がしたいの。貴方の部屋に、お邪魔させてくれませんか?」
一瞬驚いた顔をした彼女だったけれど、さり気ない動作でドアを大きく開け、部屋の外へ出ると何かを探すように周囲を見回し、それからゆっくりとドアを閉めた。
彼女の作ってくれた時間で、悠々と部屋に入らせて貰った私は、魔法を解かないまま、彼女に声を掛ける。
「もしかして、この部屋。監視されてる?」
何気ない仕草で頷いたランは、部屋の窓際にある机まで行くと、一つため息を吐いてから、まるでそのまま勉強をはじめるように机の上に教科書を出し帳面を開いた。
足音を立てないように、彼女の傍まで歩き彼女の手元をのぞき込む。
ぺらぺらと教科書をめくった彼女は、そのまま授業の予習をはじめた。
どういうことかしら? 私、無視されているの?
てっきり、ノートに筆談してくれるものだと思っていたのに。当てが外れて、がっかりする。
「話は、できない?」
彼女の耳元にそうささやきかければ、彼女は手を止めて。考える様子のまま、教科書の文字を、タンタンタンタンと指先で弾いた。
『きかれてる』