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5.反省房2

 この反省房の寒々しい感じ、いっそ懐かしさがこみ上げてくるわ。

 反省房の前で足を止めたヴィゼル先生が振り向いて私を見下ろす。


「君はこれからこの反省房に入らなければならない。何を反省すべきか、わかっているな?」

 反省を促す硬い声……。

 ああ、やはり彼はランから何か聞いているのね。私に不利な何かを。

 背筋を伸ばし、顔を上げて彼の目を見る。


「級友であるラン・クレイロールと共に、外出許可を得ずに町に下りてしまったことですね」

「そうだ、私のところへ報告があった。君が・・彼女をそそのかし、町に下りたのだと」

 私の言葉を言い直したヴィゼル先生に「いいえ」としっかり首を横に振る。

「それは違います。私は彼女を唆しておりません、ですが、外出許可を得ずに外出するという禁を犯したことは事実です。反省房には入ります。ですが教えてください。何故、彼女はそのあやまちをつぐなわずにすむのでしょう? 仮に、私が唆したとして、彼女がそれを受け入れたのであれば、彼女も私と同じ罰を受けるのが当然ではありませんか」

 実際は、私が彼女に唆されたのだけれども、それを言う雰囲気ではない。

 どう答えが返るのかと、息を詰めてじっと彼の目を見つめる。


「君は自分が唆したと認め、その上で、友人にすら同じ苦痛を与えようとするのか」


 身動ぎして不快を表す彼に、これ以上の陳情ちんじょうは無駄だと悟る。

 ああ、彼も彼女の側の人間なのね……。


「私はヴィゼル先生が公正な先生であると存じております。先生が、私のみ罰するべきであると判断したのならば、私は反省房の中でその意味を深く考え、反省するだけです」


 内心の幻滅を気づかれないように目を伏せてそう言ってから、体の前で行儀良く重ねていた両手にきゅっと力を込め、顔を上げる。


「ヴィゼル先生、どうぞ反省房を開けてください。早くしないと、先生のお夕飯を食べる時間が無くなってしまいますわ」

 彼女の影がちらつく彼とはもう話をしたくなくて親切めかしてそう言った私に、顔を歪めた彼はマントの内側から鍵束を出し、その中から選んだ古めかしい鍵の一つを房の鍵穴に差し込んで開錠すると、分厚く重い扉を開いた。


「コーラル・ユリングス、君は……」


 逡巡を見せた彼の脇を通り、窓の一つもない房の中へ震える足を進ませる。

 記憶の中では何度も入ったこの場所だけれども、決して好ましい場所ではない。の呪いの詰まった、辛い場所。

 泣きそうになるのを堪え、暗い房の中で回れ右をして先生と向かい合う。

「一つだけお願いがあります。私が反省している間、誰もこの反省房へ近づけないでください。間違ってもラン・クレイロールは入れないで……っ」

 記憶の中の彼女からこの反省房の中で投げつけられた言葉を思い出し、最後までちゃんと言えずに言葉が途切れてしまう。


 房の中には明かりがないから、頬を伝う悔し涙は先生からは見えないはず。だから、今は涙を拭わない。顔を覆いそうになる両手を握り締めて堪え、顔を上げて先生を見つめる。


「君は……誰が、君の事を密告したか、理解しているのか」


 吐息のように零れたその言葉に、小さく笑う。

 わからないはずがないじゃない。私が外に出たのを知っているのは、一緒に出た彼女しかいないのだから……。



「君の希望は叶えよう。一晩、ゆっくりと……休みたまえ」



 彼のその言葉を最後に扉が閉められ、ガチンと重い施錠音が反省房の中に響いた。


 ――休みたまえ? 記憶の中では、いつも「反省したまえ」だったのに。


 ヴィゼル先生でも、間違えることもあるのね……ふふっ、オカシイ。




 やっと一人きりになった房の中で、零れ落ちる涙を両手で受け止めた。




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