43.誘2
私の返答を待つカンドリック様から視線を伏せて思案する。
地下で聞いた彼女の独白が腑に落ちない。
彼女は自身の幸せを掴むために時間を戻していると思っていたけれど、違うの?
ランが一瞬だけ見せた切羽詰まった様子……そして神父様の彼女に対する態度を考えれば、彼女は彼女の父親、いえ、養父の意図を受けて動いているとは考えられないかしら。
彼女の養父であるクレイロール伯爵は、恐らくお父様を唆してシロウネ草を栽培させた人物。
現在は国内でシロウネ草から作られた麻薬が出回っているという話は聞いたことが無い。だけど、隣国ですでに出回っているというならば、早晩こちらに来てもおかしくないのでは?
伯爵位を持つほどの人が、自国に害をなすようなことをするのかしら。それなら隣国を麻薬で蝕み、隣国の国力を削ごうとしているのかしら?
彼の国とは何度も戦争をした過去があるけれど。和平が成ってからもう百年以上が経過しているし、互いに補い合い、良い関係を保っていると国史の授業で習ったわ。現状で隣国に侵攻する意味はあるのかしら。
それとも私の持っている情報や知識では及びもつかない何かが……あるのかしら。
ぞくりと、背中に冷たいものが伝う。
カンドリック様達の側につくということは、その何かを知ることになるのだろう。
踏み込んだらきっと引き返せない。
だけど……。
私は、自分が生き残るのを望む。
生きてこの学園を卒業する。そのために必要なことならば、逃げるわけにはいかない。
伏せていた視線を上げて、静かに待っていてくれた彼の目を見つめる。
「カンドリック様。そちらの目的はなんなのでしょう、教えていただけますか?」
緊張で騒がしい胸を押し殺し平静を装って尋ねると、私の覚悟に気付いた彼が微笑を私に返す。
「君が承知してくれるならば、教えよ――」
「カンドリック・シソーリム」
彼にばかり集中しすぎていて、後ろからヴィゼル先生が近くまで来ていたことに気付かなかった。
私の正面に座っていた彼は気付いていたのだろうけれど、彼の発言を止めた先生に訝しげな視線を送りつつ姿勢を正す。
私たちのテーブルまで来た先生は、彼の方を向いて立った。
「彼女を巻き込むな」
「なぜです?」
怪訝な顔をするカンドリック様に、先生は鋭い視線を向け低い声で告げる。
「彼女は、一般人だ。深入りさせるわけにはいかない」
「彼女に打診するのは決められたことです」
決められたこと?
引かない彼と寸暇にらみ合った先生だったが、小さくため息をついて折れた。
「――だが、考える時間を与えぬというのは卑怯だろう。コーラル、よく考えて返事をするといい」
「ヴィゼル先生。勝手をされては困ります」
私の方を見た先生が言った言葉に、カンドリック様が椅子から立ち上がる。
先生を睨んだカンドリック様が厳しい口調で続けた。
「時間が無いことはご存じでしょう。なぜ、彼女を庇うのです」
庇う?
その言葉に閃いたのは、リコルさん達が教えてくれた私が覚醒した時のこと。
私自身そのときの記憶は曖昧だけれど、あの時覚醒した私を補助してくれたのはヴィゼル先生で、先生も私も大火傷を負い……治癒の先生が爵位の高いヴィゼル先生を優先したせいで、私の治療が後回しにされ、魔力も足りなくなって完治はしなかったと。
もしかして、先生はその時のことを覚えていらして、私に負い目を感じているの?
「庇っているわけではない。私は公平な立場から、助言しているだけだ」
カンドリック様に向かい合う先生の横顔からは言葉以上の感情は見えないけれど、カンドリック様の表情は厳しいままで。
このままだと諍いが発展しそうな雰囲気に、立ち上がって先生の袖をそっと引き、見下ろしてきた彼に首を横に振る。
「ヴィゼル先生、私は、大丈夫です。カンドリック様、そちらに協力した場合の私の利点はなんでしょうか」
先生から手を離し、背筋を伸ばしてカンドリック様を見つめる。
二人からの視線を受け、それでも視線を逸らさず彼を見た。
せっかく先生に庇っていただいたけれど、いま、決めなくてはいけない。カンドリック様もおっしゃっていたけれど、もう、時間がないんですもの。
私の目を見たまま、彼はゆっくりと答えをくれた。
「君と君の父上の命」
ヒュッ―― 一呼吸分、息が止まる。
知っているの? ……未来の結末を。
震える唇を一度引き結んでから、ゆっくりと口を開く。
「願っても、ないことです」
「そう言ってくれると思ったよ。すでに、サルディン家も動いているんだ」
了承の意を返した私に、彼はホッとしたように表情を緩めたが。私は彼の口から出た友人の家名に、頬をこわばらせた。
「サルディン家と言いますと。カティール・サルディン侯爵令嬢の事でしょうか? もしかして、彼女は貴方たちの意によって、私と親しくしてくださったのかしら……」
おっとりとした彼女を思いだす。彼女の行動が義務だったのなら、私は何を信じたら……。
ランだけではなく……彼女にまで、偽られていたの?
息が詰まりそうになるその事実に顔が強張る。
「それは違うぞ、コーラル」
血の気が引いた手をヴィゼル先生に取り上げられ、意識が彼の方に向く。
「君と彼女が親しくなったとき、彼女にはまだ話が行っていなかったはずだ。この話が大きく動き出したのはごく最近、観月祭の後からだ」
先生の言葉が本当なら、カティールさんは純粋に私に手を貸してくれていた事になるけれど……。
本当かしら、本当に彼女は自分の意思で私につきあってくれていたの?
縋るように先生を見上げれば。小さく頷かれた。
コホンと咳払いされてカンドリック様を見れば、視線がヴィゼル先生に温められている私の手と先生の顔に行ったり来たりする。
ゆっくりと、私の指先を温めていた先生の手が離れていった。
「話を戻すが。サルディン家は国を守護する役目を持つ家系だ。彼の家が動くということは、即ち国家に危機が訪れているという証拠なんだ。君の力がほしい」
カンドリック様の言葉に内心首を傾げる。
サルディン侯爵家は確かに大きな家だけれども、守護する役目であるというのは貴族社会に関する教えを受けたときにも聞いたことが無いことで……。
ということは、国を守護するというのは公になっていない秘密の役目ということ?
そんな重要な事を私が聞いてしまっていいの?
思わずコクリと喉を上下させる。
もう、引き返せないのを覚悟して口を開く。
「――私は、何を望まれているのでしょう?」
私の問いに、逡巡した後に返された彼の答えに、私はもう驚かなかった。
「覚醒した君の火力――」
「やめろ」
思わずといったようにヴィゼル先生が彼の言葉を遮り、彼を睨む。
「本気で彼女を戦力にするつもりなのか」
「この学園の生徒ならば、有事の際に動員される気構えがあってしかるべきです」
当たり前のように言ったカンドリック様の言葉は『生徒心得』の中に一文として記されているを読んだ記憶がある。だけど、平和が続く昨今では、実際に生徒が国の有事に駆り出された事など無いし、私たち生徒もそのような気構えなく学んでいた。でも、それじゃいけないのだと、今更知った。
「生徒として動員させるのなら、学園を通すべきだろう」
憮然とした顔でそう言う先生は、なぜか少しすねているようにも見える。
「できないとわかっているのでしょう。事を荒げる訳にはいかないと。こちらの動きを、察知されるわけにはいかないんですよ」
仕方なさそうに説明をするカンドリック様に苦い顔をする先生の表情を見れば、先生の方が分が悪いのだとわかる。
それでも、食い下がってくれたのは私のためなのかしら。
「こうして、彼女と二人で話しているのもよくはないのに。貴方のように目立つ人物までくるのは想定外でしたよ」
「安心したまえ、目くらましと遮音は掛けてある」
そう言われて集中して周囲を見れば僅かに周囲の風景がゆがんでいる。
二つの魔法を同時に行使しているのに、先生はいつもと変わらない様子であるのが凄い。
「流石はヴィゼル先生。抜け目がありませんね」
「目上の者に対する口の利き方がなってないな。もう一年学園で学び直すか、カンドリック」
「必要だと思うのでしたら、どうぞ」
留年をちらつかせる先生にカンドリック様は肩を竦め、ヴィゼル先生は面白くなさそうに鼻を鳴らす。
けんか腰にも聞こえる会話だけれど、先程までのけんか腰の空気は霧散している。
「さて、貴女の了承はいただけたので、今日のところはこれで。名残惜しいが、あまり遅くなる訳にはいかないのでね。後日、追って連絡を差し上げます。ご機嫌よう、コーラル嬢」
カンドリック様は自然な動作で私の手を取ると、その指先に口づけを落とす。
「ご機嫌よう、カンドリック様」
彼の行動にちょっと驚きながらも膝を曲げて淑女の礼をすると、私に小さく微笑みを向けてから、彼は振り返らずに食堂を去って行った。




