32.彼の名
喫茶店を出た私は、街中にある図書館を目指した。
一番新しい覚醒者名鑑がそこにあり、もう一つの目的である、魔法体系に関する書籍も。
立派な構えの門を通って少し歩き、街中の賑わいとは無縁の静謐な空間に足を踏み入れる。
独特のにおいの中、司書の方に目的の物のありかを聞けば、丸眼鏡を掛けた壮年の彼は親切にも、私の探していた分厚い魔法の本と豪華な装丁の薄い覚醒者名鑑の二冊を選び出すと近くの長机に本を運び、私のために椅子まで引いてくれた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。では、ごゆっくり」
彼は眼鏡の奥の目を細めてそう言うと仕事に戻って行った。
私は立派な装丁の覚醒者名鑑の表紙を開き、立派な表紙のわりに厚みの薄いその本をぱらぱらと捲る。
私が思っているよりもずっと覚醒をした人間は少ないんだ……。
存命中の覚醒者のみが載っている頁を見ていると、貴族他に稀に平民にも覚醒者が居る事を知る。
覚醒の種類を見れば、水や風、光、治癒、遠見? 記録? 思いのほか他種の覚醒があるのね。でも、火に関する覚醒者は居なかった。
気になって覚醒分野別一覧を見れば、火の覚醒者は居た……五十年以上前の生まれのその人は二十歳の時に覚醒し、覚醒と同時に没すると書かれていた。
――私がこうして生きているのは、奇跡的なことなのね。フレイムが居なければ……私もこの頁に“覚醒と同時に没する”と載っていたのかも知れない。
胸に刻まれた覚醒の痕を服の上から押さえつける。
覚悟を決めて、頁を戻した。
指が覚醒の種類を記した項を滑り“氷”と書かれたそれに行き当たる。
そこに書かれている名前は一人しか居なかった。
「エイシェン・オルフィズ……大公殿下」
――隣国の王弟であるその人は、卒業試験のあの日に来賓として列席していたが、その実、お父様を断罪に来た隣国の特使だった。
捉えられた私の目の前に引き立てられる悄然とするお父様に、朗々とした声で罪状を読み上げていた彼。文末に自身の名を読み上げていたから、名はしっかりと覚えている。
太陽を背に立っていた彼の顔はわからないが、正装を着た立派な体躯の偉丈夫が高い場所に作られた来賓席から私達を見下ろしていた。
そして、魔力を使い果たして種火程の火も出す事すらできず、睨み上げるだけの私の目の前で、お父様の罪は裁かれた。
私は命の火を消される最後のその時まで『許すものか』と血とともに恨みを吐き続けた。
「フレイム……っ」
顔を覆った両手の隙間から涙が零れ落ち、膝を濡らす。
嗚咽を堪え、肩が震える。
どうして? どうして? どうして――
真っ白になった頭の中に、その言葉ばかりがぐるぐると回り続ける。




