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優等生令嬢の憂鬱~絶望の未来から~【書籍化】  作者: こる


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26.休日2

 お父様の会社は街の中の商業区画にあるので、今から歩いて行けばお昼前には着けるだろうと、バスケットを片手に街を歩く。

 背筋を伸ばして、ちょっと周囲を気にしながら歩いた。

 ……もしかしたら、フレイムに会えるかもしれないと思ったけれど、偶然は二回までだったようね。

 何事も無くお父様の会社にたどり着き、はじめて入る会社の雰囲気に気後れしてしまった。

「コーラル? コーラルじゃないか!」

「お父様っ」

 すでに屋敷から連絡が入っていたのか、丁度階段を降りてきたお父様にすぐに見つけてもらえて、嬉しくて駆け寄った。

「お父様と一緒にお昼を食べようと思って、マコットにお弁当を用意してもらったの。お父様のお時間、少しいただけますか?」

 持っていたバスケットを持ち上げほほえみと共に小首を傾げれば、お父様は嬉しそうに頷き、私の手からバスケットを取り上げて三階の応接室へと案内してくれた。

 すれ違う社員の方達も突然来た私に嫌な顔一つせず、会釈を返してくださったので、緊張していた胸の内がホッと緩まった。

 応接室のソファに座ると、例のメイドのマリーがお茶のカートを押して入ってきた。

「マリー、お茶は私が淹れるから、貴女もお昼に行って良いわよ」

「いいえお嬢様、これは私の仕事ですから」

 かたくなに給仕をしようとするマリーを強引に部屋から追い出す。……これからお父様と話す内容は、部外者に知られる訳にはいかないもの。

 私がお茶を二人分いれて居る間にお父様がテーブルの上にお弁当を広げてくれた。お茶を置いた私は、お父様の前のソファに座る。

「じゃぁ、いただこうか」

「はい」

 急いで作ってくれたのに、彩りも鮮やかなサラダにメインのお肉、そしてふんわりとおいしそうなバゲットが入っていた。

 二人で黙々とおいしいお弁当を食べる。

 時々お父様が、あれもこれも食べなさいと言ってくれるけれど、むしろお父様にこそ食べてほしい。

「お父様、お痩せになりましたね」

「そうかい? 体調は良いんだけれどね」

 食後のお茶を飲みながらくつろいでいるお父様は、言う程元気そうには見えなくて……。

 私の心配そうな視線を受けて、きっと自分でも気づいているでしょう、お父様は小さく苦笑を零した。

「もう少しすれば、今の仕事に目処が付く。そうしたら、ゆっくり休めるさ」

「お父様……お聞きしてもよろしいですか? その、新規の事業とは、一体どのようなものなのでしょう? 植物とおっしゃっていましたよね?」

 お父様の目を見て真剣に尋ねれば、少し逡巡した後に、小さくため息を零したお父様が微笑む。

「君はどんどんローズに似てくるね。いいだろう、教えてあげよう」

 お父様は立ち上がると、応接室の窓際に置かれていた薄紅色の花を付けている鉢植えを持ってきてテーブルの上に置いた。

「これがそうだよ。この花を、日に当てずに育てると、万病に効く薬の原料になるんだ」

「こちらの花がですか?」

 鉢植えを引き寄せ、その花を観察する。八重咲きの花はとても可憐で、その割に茎はしっかりと伸び、葉は花の割に小さい。

 でも、この花の姿、どこかで見たことが……。

「万病に効くのでしたら、とうの昔に広く栽培されていてもおかしくないのではないのですか?」

 心に引っかかる花の形状は置いておいて、疑問をぶつける。

「でも、それが判明したのは最近なんだそうだよ。そもそも、花を日に当てずに育てるという発想は思いつかないだろう? 一筋の光でも当たってしまえば、効果は無くなるのだからね」

 日に当てずに育てると、花びらは白いままで育つのだと、お父様は言いながら薄紅色に色づいている花弁を指先で撫でる。

「既に実験も終わって、ある程度安定供給できる目処も付いたんだ。あとは取引相手との内容を詰めるだけなんだよ」

「でもお父様、そのように素晴らしい薬でしたら、もっと広く栽培すべきなのでは?」

 我が家のような小さな男爵家だけではなく、もっと広く……そう、国策として栽培してもおかしくはないのでは?

「勿論ウチだけじゃ無いよ。この話を持ってきてくれた伯爵家も栽培していたんだが、どうにも花を育てる為の暗所を確保できなくなったらしくてね、ウチに話をくれたんだ。ウチはほら、我が家が出資している教会があるだろう? そこの地下を使えば良いんじゃ無いかとね。供給が安定すれば、国に申請してもっと普及させることも出来るだろうと言われているんだ」

 教会の、地下。お母様が亡くなった時に、お父様が出資して建てた小さな教会のことね。

「きっとローズが見守ってくれるよ。本音を言えば、もっと早くこの話を知っていれば良かったと思うけれどね……ローズが生きている内に……」

「お父様……」

 ぎゅっと拳を握りしめたお父様の手に触れれば、ハッとしたように思い詰めた表情を改める。

「せめて、病で苦しんでいる他の人たちを救うことができれば、きっとローズも喜ぶだろう?」

 男爵家の令嬢だったお母様を娶るために、必死に事業を拡大して一代限りのものとはいえ爵位を手に入れたお父様の愛は、お母様が天に召されてからも薄れてはいない。

 お母様の実家である男爵家を継いだ伯父様とはあまり仲が良くないけれど……。

「そうですわね、きっとお母様も喜ばれますわ。ところでお父様、この花の名前はなんて言うのかしら? なんだか知ってる気がするのですけれど、思い出せなくて」

 薄桃色の花びらに触れ、首を傾げた私にお父様が教えてくれた花の名は。


「この花の名は、シロウネ草と言うんだよ」


 シ……ロウネ、草……。


 驚きに息が詰まり、目を大きく見開く。

「お、父さ、ま。それは、本当、ですか」

 あえぐように尋ねれば、私の様子に異常を察したお父様の表情が引き締まる。

「どうしたんだ、この花が、何かあるのか?」

 授業で習った内容が脳裏にはっきりと思い出される。

「シロウネ草は、何十年も昔に、各国で違法植物認定を受けて絶滅したはずの植物、です」

「違法……認定、だって?」

「え、え。光を浴びて育てば、薬草となるのですけれど……」

 言葉が喉につかえる。

「けれど、光が足りなければ、毒草となるのです。依存性が高く、神経を冒し、最初は気分を高揚させ体が軽くなった気になりますが、次第に脳の動きを弱らせ、最後は衰弱して死に至らしめる――」


「馬鹿な!」


 お父様の叫ぶ声に、体が竦む。

「嘘だ、嘘だ、嘘だろうっ!?」

 ソファーに座り込み頭を抱え背を丸めて打ち震えるお父様に、掛ける言葉が見つからない。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 暫く無言で蹲っていたお父様は、やがて両手で顔をこすり、ゆっくりと体を起こした。


「……コーラルが言うのなら、間違いはないのだろう。君は昔から、嘘をつかない……嘘をつけない正直な子だった。この花は、本当に、違法な植物、なんだね?」

 覇気の無い声でそう呟いたお父様に、頷く。

「薬草学の授業で習いましたから。ずっと昔には、そこかしこに生えていたそうですが、毒草と知れてからは駆除の対象となり、近隣の国と共に手を携えて根絶させたので、何十年も昔に自生するものも含めもう無いものと聞いておりました。魔法学園の授業でもなければ、その名を聞くこともないような植物ですのに。お父様……お父様にこの植物の栽培を勧めたのは、一体どなたなのですか?」

 私の問いに、顔を上げたお父様はしっかりと目を合わせたが、小さく首を横に振った。

「教えることはできない」

「なぜですか! お父様をたばかって、違法な植物を作らせる人間をかばうのですか!? お父様にこの話を持ってきたのは、ラン・クレイロールではないのですか?」

 意を決して尋ねた私に、それでもお父様は答えてくださらない。

 お父様は立ち上がって私に近づき、私の横に座ると強い力で抱きしめてきた。

「君は何も知らない。ここで、何も聞かなかった。父の事業には興味が無いから、仕事の話をしたことも無い。誰に聞かれても、そう答えるんだ。――さとい君ならわかるね?」

「お父様!?」

 体を離し、私の目を見据えるお父様の真剣な目を見たら、ぼろぼろと勝手に涙が溢れる。


 ……ああ、そういえば、お父様がおっしゃっていたじゃない。

 この話を持ってきたのは一代男爵である我が家よりもずっと家格が上の伯爵家。先に事業をしていたというその家は既に手を引いていると言っていた。そして、現在、シロウネ草を栽培しているのは我が家。


 どうしたって、断罪されるのは――



 胸の内が荒れ狂う。卑怯な、理不尽なやりように、体を流れる血から火が噴きそうに!

 もしも、未だ覚醒をしていなかったとしたら、きっと、今、私は怒りで全身を焼いたに違いない。

 代わりに、涙が止めどなく流れた。お父様はそんな私を、幼い頃にそうしたように抱き寄せ優しく背を撫でてくれる。

「良い子だ。なんとか君が卒業するまでは、もたせるつもりだが。もしもの時は、すまない」

 覚悟を決めたお父様の声は怖いくらいに真剣で、否を口にできない。


 お父様……お父様…………っ!


「わ、かり、ました……っ。ひとつだけ、これだけ教えてくだされば、お父様の望むようにしますからっ」

 お父様に縋り付いていた体を離し、顔を上げて目を見つめた。



「あの植物を育てている場所は、教会の地下、その一カ所だけですか?」



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