23.観月祭
観月祭――魔力に影響を与える月を敬い愛でる宴。
貴族だけが入学を許されていた時代はドレスで行われていたという宴だけれど、貴族に関わらず門戸の開かれた現在は、制服での参加が原則となっている。
街の業者からお供えの菓子や果物が運び込まれ、先生達が祭壇を整える。
「今日も月が綺麗ね」
「ホント! 不思議よね、なんで毎回晴れるのかしら?」
「月神様が参られているからでしょうねぇ」
日が沈み始めると、生徒たちはそれぞれ蜀台を手にして会場となる中庭へ集う。
私達三人も一度カティールさんの部屋に集まってから、他の生徒たちと同じ方向へ歩いていく。
ゲイツのエスコート無しでこの宴に参加するのは初めてだけれど、女の子同士でこうして会場に向かうのはなんだかわくわくするわね。
「最近発売されたお菓子も並ぶのよね?」
「ええ! とーっても楽しみっ! こっそり持って帰れないかしら? ちょっとくらい良いわよねっ?」
リコルさんが弾みながら歩く後ろに、私とカティールさんが遅れないように早足で追いかける。
観月祭のメインは月に捧げる歌だけれども、生徒としてはその後に行われる宴が一番の楽しみとなっている。
整えられた祭壇の前に、燭台を手にした生徒達が学年も学科も関係無く集い、祭壇に向かって並んでゆく。私もリコルさん達と一緒にそこへ並んだ。
月が祭壇の中央に来た頃合いを見計らい、奏者が最初の音を鳴らし、それに続いて私たちが歌い始める。
低い声、高い声、色々な音程が混ざり合いながらも不思議と調和の取れた歌声が月に捧げられる。
柔らかに最後の音が空に吸い込まれ、一呼吸分の静寂に包まれ。それから誰からとも無くほぅっとため息が吐かれると、後に並んでいた小楽団のしっとりした演奏が始まり、宴が始まる。
他の皆さんと同じように、私達も手にしていた燭台を近くのテーブルに置き、私とカティールさんは興奮したリコルさんに手を引かれ、祭壇から下ろされたお菓子の元へ行く。
あれやこれやと食べ比べ、いつになく楽しい時間をすごした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
先生方と一緒に各組の級長も手伝わなくてはならない後片付けにも二人は率先して手伝ってくれる。
「さっさと終わらせて、帰らなきゃねっ!」
「そうね、明日からの休みの準備もしなくてはなりませんしね」
リコルさんにカティールさんも同意する。
私も頷いて、片付けをする手を急がせたけれど、私が急ぐ理由は二人と違って後ろ向きで。
早くしなければ、また、アレを見なければならないかもしれない。
もう私が覚醒することは無いけれど、ゲイツがランと月光の下で踊っている場面なんか見たくもないもの。
「三人ともお疲れ様。随分助かったよ。これは、お駄賃だ」
片づけが終わり、自分達の蜀台を手にして寮に帰りかけていた私達を呼び止めたヴィゼル先生が、小さな袋に入ったお菓子をそれぞれに渡してくれた。
特定の生徒を特別扱いしないと公言している先生なので、幾ら一生懸命手伝ったからといっても、こんなふうに甘やかしてくれるなんて初めてのことで、私だけじゃなくてリコルさんとカティールさんも目を瞬かせて驚いていた。
私達の様子に思うところがあったのか、ヴィゼル先生はこほんと咳払いすると、私達に寮に帰るように促した。
「さぁ、明日から休みだろう。ゆっくりと休んでおいで」
先生のその言葉に、リコルさんが口を尖らせる。
「休めないよー、家の手伝いあるもん」
「ふふっ、リコルさんの家はパン屋さんですものね。ウチはここぞとばかりに、お見合いをさせられますわ」
カティールさんはまだ婚約者が居ないということで、現在お見合い攻勢真っ只中ということだ。
三人の視線が、私の方へ向く。
……私だってやることはあるわよ? 実家に戻ってお父様の新規事業についても調べたいし、新しく入ったメイドの事も気になる、やることはあるんだけど、皆に言える話ではなくて。
「私は成績が落ちたので、予習と復習を――「うふふふっ」――っ!?」
当たり障りの無い予定を伝えようとした私の耳に、弾むように楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
これは、ランの……声――
ガシッ!
反射的に視線を巡らせようとした私の頬が、大きな手のひらに覆われて固定される。
「……ヴィゼル先生?」
頬を挟まれたまま手の主である先生を見上げれば、先生は私では無く私の後ろに厳しい視線を向けている。その真剣な表情に気圧された隙に、左右からリコルさんとカティールさんに腕を掴まれた。
「いい反射神経ですね、先生っ!」
「お見事です、ヴィゼル先生。さぁ、コーラルさん、お部屋に戻りましょう。休み用の訓練メニューも作りませんと」
「え? え? えっ?」
左右に居る友人達を交互に見るとイイ笑顔を返されてしまい、困惑して正面のヴィゼル先生を見れば、頬の手を離した先生は私の両腕を取る友人二人に頷いて見せ、私達の横を通り後ろの……噴水のある方へ足を向ける。
「こちらは任せておきなさい。よい休暇を」
すれ違い様言われた言葉に、友人達は大きく頷く。
「はーいっ!」
「よろしくお願いいたしますわ、ヴィゼル先生。さ、コーラルさん、寮まで駆け足です」
左右から両腕をつかまれたまま、引きずられるように足を動かす。
「え!? ちょ! なんで!? コーラル待ちなさ――」
焦ったようなランの声が後ろから聞こえたが、両脇を固める友人達が振り向かせてくれない。
ヴィゼル先生の低い声も聞こえたけれど、どんどん離れてしまって、何を言っているのか聞き取れない。
「はいっ! イッチニ! イッチニ! コーラル、足を動かしてっ!」
「後ろはお気になさらずに! 暗いので足元に気をつけてくださいね! はい、イッチニ!」