22.帰り道
今回は短めです。
「余計なことをしただろうか」
彼が十分に離れたところで振り返ったヴィゼル先生が、少しだけ申し訳なさそうにそう言った。
「いいえ、ありがとうございました。あのままだったら、私、きっと泣いてしまいましたもの」
こわばっていた表情を緩めて、感謝で微笑を作る。
颯爽と助けてくれた先生は、まるで物語の中の英雄のようにかっこよかったです。なんて言ったら、俗なものに例えるなと怒られるかしら。
そんな事を考えながら、ヴィゼル先生も寮に戻るところだというので肩を並べて歩いていると、先生が言いにくそうに口を開く。
「コーラル・ユリングス、昨日やった休み前の試験だがな……」
ギクリ――し、試験っ……!
動揺で足取りが乱れて軽く躓いたけれど、何事も無かった顔をして先生の隣を歩く。
昨日の試験で自分の過去最低点になった自覚は、ある。
すました顔で前を向いて歩いていたのに、私の顔を見下ろした先生はため息を吐いた。
「自分でも分かっているようだから、深くは言わん。友人も増えて、君の交友関係が明るくなるのも良いことだと思うしな。だが、このままだと……」
言葉を濁す先生を見上げれば、先生は一度月を見上げて少し躊躇ったようだが、ゆっくりと口を開いた。
「今回の試験で、もっとも成績が優秀だったのは。ラン・クレイロールだ」
「ラン……さんが、ですか」
いつも私が勉強を教えてあげていた彼女が、私の上に?
ああそうだわ! でも、変ね……記憶では、成績が抜かされるのはもう少し後。そう、本当ならば、私が覚醒した後のはずなのに。
――覚醒し、実家に戻っての半月の療養で勉強に後れを取った私とは逆に、彼女はどんどん頭角をあらわしてゆく。特に『治癒魔法』の成長が著しく、治癒魔法担当のハースラ先生も、近年まれに見る逸材だと彼女をもてはやした。
そう、彼女はとても治癒魔法が上手になるの。ゲイツやジャンクルーズ殿下達とも仲良くなりその上ハースラ先生の覚えもめでたい彼女に対する嫉妬心と怒り、そして殺意は抑えきれないものになり、私は訓練場での魔法の授業の時、手元を狂わせたふりをして彼女に攻撃魔法をぶつける。
しかし、皮肉なものでそれが切欠になり、彼女は『治癒』で覚醒を果たす。
私がぶつけた炎の魔法で焼けただれた彼女の肌がみるみるうちに元通りに戻っていき。目をぱちくりとさせた彼女が『何もしていないのに、治癒が……っ!』声を上げ、周囲の生徒達は彼女が起こした奇跡に沸き上がった。
ああ、そうね。覚醒する魔法の種類では、私のように身を焦がし半死半生の目に遭う者も居れば、彼女のように痛みなど無く……むしろ心地良さげですらあった、そんな風に覚醒する者もあるのね。騎士科の屈強な教師二人に両脇から捕らえられた私は、そんなことを考えていたっけ。
「ングス? コーラル! おい、どうした」
記憶を反芻してぼんやりとしてしまった私を、ヴィゼル先生が揺すっていた。
「あ……せんせ。だい丈夫、です。はい」
慌てて気を取り直し、視線を先生へと戻す。
そうよ、あれはまだ先の話。私すでに覚醒してしまっているし、まして彼女に向けて魔法を放つなんて絶対にしないもの。
だから、大丈夫! 大丈夫よ!
自分に言い聞かせながらカバンを握る手にぎゅっと力を込めて、先生にニッコリと笑いかけた。
「成績はちょっと落ちましたけれど、それだけですもの、ね?」
ちゃんと先生の目を見て答えた私に、ヴィゼル先生は肩を小さく下げるとため息を零した。
「それだけ、か。それが君の本心ならば、良いんだ」
「本心?」
止まっていた足を動かした先生について並んで歩き、聞き返す。
「いや。悔しくはないのか? 今までの頑張りを、この期において友……他の者に取られるというのは」
言われて考えてみる。あの子に成績が抜かされて、悔しいと思う気持ちが無いわけではないけれど。
そんな事よりも、今の私にはリコルさんやカティールさんとの特訓のほうが重要だと理解している。今まで勉強に充てていた時間が足りなくなり、それで成績が落ちても仕方が無いと割り切れる。
だから、はっきりと答える。
「私は、いまやるべき事をやっていますから。悔しくないです」
毅然と答えた私を見下ろしたヴィゼル先生は口の端を小さく上げると、長い指で私の頭をさらりと撫でた。
「そうか、それなら良い。君はいい友人に恵まれたようだ。君は決して一人ではない、何かあれば一人で抱え込まず友人達に、勿論私でもいい、相談しなさい。わかったね?」
「はい、ありがとうございます」
真剣な先生の視線に気おされながらも、心配してもらっているという嬉しさで頬を緩めて頷いた。