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21.決別

 リコルさんとカティールさんの特訓で随分体力もついてきたし。リコルさんと一緒に受けるカティールさんの便利魔法講座はとても楽しくて。いまは、複数の魔法を同時に行使するなんていう、授業では絶対に無いであろう無茶な魔法の使い方の実践訓練も始めている。


「コーラルさんは本当に器用よね! もう風と火の魔法を同時に出せるようになるなんて」

 リコルさんがそう驚いてくれるけれど、炎の魔法を覚醒しているので、火の魔法は呼吸するように使えるから、ちょっとズルをしている気分で申し訳なくなる。


 二人にならば覚醒していることを明かしても大丈夫だと思う気持ちと、もしも覚醒していることが彼女達経由でランに知れたらどうなるか分からない……という恐怖で、今はまだ二人に教えることができていない。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 いつもは誰かしらと一緒に帰る寮への道を、今日は珍しく一人で歩く。


 記憶の中の私は今とは逆で、いつも一人で歩いていたっけ。笑顔など忘れて、肩で風を切り、ひたすら前に足を踏み出していた……そうしなければ、立ち止まって泣いてしまいそうだったから。

 思い出の中からぶり返した感情に胸がざわめき、手にしていた鞄を強く抱きしめた時だった。


「コーラル」


「ひゃぁっ!」

 後ろから肩を叩かれ、思わず悲鳴をあげて飛び退いたけれど。この声は……。

「あ、あら、ゲイツ。お久しぶりね」

「ああ、そうだな」

 婚約者であるゲイツは、婚約者である私に向けるべきでは無い渋面で、私から目を逸らしていた。

 自分から声を掛けておいて、この態度はどうなのかしら。


 それに、彼を前にすると……過去の感情が胸の奥からわき上がってくる。

 まだ彼に何をされたわけでもないのに。……悲しみと憎しみ、そして怒り。


 これは今の私の感情ではないと自分に言い聞かせ、食いしばっていた奥歯から無理矢理力を抜いて笑みを作る。


「どうなさったの? お元気でした?」

 魔法騎士科とは校舎で階が離れているせいか、あの日以来顔を合わせる機会がなかったから……彼の事をすっかり忘れていたわ。

 ふふっ、正確には彼の事を思い出す暇なんかないくらい、リコルさん達との特訓が楽しかったからよね。

 私ったら薄情な婚約者かしら?


 二人の事を思い出したらなんだか胸の中が温かくなって、無理やり作っていた笑顔が自然なものに変わっていた。


「ああ。君も元気そうでなによりだ。それよりも、明後日に『観月祭かんげつさい』があるだろう」

 にこりともしない彼に言われて、温かかった胸の内にひやりと冷たい汗が流れ落ちた。

「もうそんな時期ですのね。今年もご一緒していただけるのかしら?」

 内心を押し隠し、控えめに微笑んで見せる。


 学園の中庭で開かれる月を見ながらの宴は。用意された祭壇に蝋燭の灯りと菓子をお供えし歌を捧げる。歌が終われば、下げたお供えを囲んで宴が始まる。

 宴では楽師による楽器の演奏があり、相手パートナーが居る者は演奏に合わせて月下で踊る。

 私も例年ゲイツと共に宴に参加し、踊っていた。


 けれど、今年は……私の記憶の通りならば、私は一人でその宴に参加することになるはず。

 当日・・になって、ゲイツに断られるの。確か、断りの文句は――


「今度の観月祭は君をエスコートできない」


 記憶の中とそっくり同じ言葉で言われ、驚いて彼を見上げる。

 彼はかたくなに私から目を逸らしているけれど。なぜ、この台詞を私に伝えたの?

 本当なら、当日……それもギリギリになって私に言うはずじゃない。そして、彼は宴が終わりひとけの無い会場でランと二人、ひっそりと月光の下でダンスを踊るのよ。とても楽しそうに仲睦まじく、そしてダンスの最後に彼女の前にひざまずき、彼女の手を取るの。それはまるで誓いを立てる騎士の姿そのもので。

 その様子を少し離れた場所で先生方と一緒に宴の片付けをしていた私が見てしまい――。


「君のような者に、気を配る必要など無いとは思うんだが。友人が、通すべき道理は通せと助言するから、伝えにきただけだ」


 憎々しげに言い捨てるゲイツに、胸が苦しくなる。友人って誰のこと? まさか……ランの事を言っているの?

 言葉を詰まらせる私に彼が向けた視線は刺々しく、婚約者へ向ける類いのものではなかった。


 ああ、そうよこの視線は、ランを貶めた私から彼女を救い出した時に私へと向ける侮蔑の視線。

 記憶の中の彼は、何度もこの視線で私の心を殺していたわ。



「君に、彼女の可愛げの一欠片ひとかけらでもあればまだ違ったんだろうな」

 彼から吐き捨てるように言われた言葉に、一瞬頭の中が真っ白になる。


 彼女の……可愛げの、一欠片?


 一度憎々しげに私を睨んでから、踵を返し寮の方へと早足で歩いて行く彼の背を呆然と見送りながら、じわり、じわりと胸の奥から炎が目を覚ます。

 ――そういえば、忘れていたわ。わたし、前の人生ときで、何度も後悔したのよね。観月祭に一人で行ってくれと言われたあの時、立ちすくんでしまったことを。なぜあの時、言い返してやらなかったのかと!


 ぐっと足に力を入れ、地面を蹴る。

 ちょっと前までの私なら追いつく事もできなかっただろうけど、友人達と特訓した私は息切れもせずに彼に追いつき、その肩に手を掛けた。


「ご自分の言いたいことを言って終わりというのは、随分勝手な話ですわね」


 振り向いた彼ににっこりと笑いかけ、殴りたくなるのを鞄を握りしめることで耐える。

 何をしに来たと言わんばかりの表情の彼に、背筋を伸ばして向かい合う。


「ゲイツ、あなたは自分の婚約者が誰であるか理解されていらっしゃらないの? 観月祭に婚約者である私を伴わないということは様々な憶測を呼びますわよ。もしも、私以外に手を取りたい方がいらっしゃるならば、それなりのスジを通してからにしてください」

 通せないならば私の手を取りなさいと、暗に伝えれば。彼の表情が見る見るうちに厳しいものになる。

「君も彼らと同じ事を言うんだな」

 彼ら? ゲイツの零した言葉に引っかかりを覚えつつも、鋭い視線で睨んでくる彼に臆する心をなんとか奮い立たせるので精一杯で、聞き返すことはできない。

「そもそも、俺が君と婚約したこと自体が間違いだったのだと、君も気づいているだろう? 君と俺の家格の差を考えれば、君が俺に意見することなどできないはずだ。違うか?」

 至極まっとうなことを言っているように、彼の口から転がり出る言葉に唖然とする。


 身分が違うのだから、口答えするなと。そう言うの?


 胸の奥がかっかと燃え始め、口が回る。

「仮に、婚約が間違っていたとしても、家同士で決めたことです。家で決めた婚約者をないがしろにして良いと、貴方はそうおっしゃるの?」

 私の言葉を受けた彼は、厳しい顔に眉根を寄せて不快を強くあらわした。

「婚約者という立場を笠に、傲慢な態度をとっているのは君だろう。君の家格で級長などという大役に手を挙げる事自体が傲慢だとは思わないのか? 君は我が家を後ろ盾にするのはやめたらどうなんだ、恥ずかしいとは思わないのか?」


 家格? 後ろ盾? 傲慢?


 彼の口からすらすらと出てくるののしりの言葉に詰まりそうになる言葉を、私はなんとかあえぐように口を開いて震える声を押し出す。

「わ、私は貴方の家を後ろ盾と思ったことも、婚約者という立場を利用した覚えもありませんわ」

「だが事実君は級長となっている……ああ、他の者よりも年嵩があるから、他の者が譲ったのかもしれんな」

 嘲るような笑みを口元に浮かべるゲイツ。この人は……誰?

 年下の貴方に合わせるために、私がこの年齢まで入学を待ったことを知っているでしょう?

 熱かった顔からは血の気が引き唇が震える、とうとう言葉が喉に詰まった。



「見苦しいぞ、ゲイツ・グレンドル」


 横から聞こえた低い声に、ゲイツがはじかれたようにそちらを見る。

 砂利を踏みしめて近づいてきたヴィゼル先生は、私を背にしてゲイツと向かい合った。


「騎士科の生徒とは思えん為体ていたらくだ。ゲイツ・グレンドル、君は騎士の精神を学んでいないのか。学んでいてその有様ならば、落第ものだぞ」

 厳しい声に、ゲイツは顔を歪めてヴィゼル先生を睨む。

「これは自分と彼女の問題です」

 部外者は口を挟むなと言外に言ってのける彼に、先生は一歩も引かない。

「爵位を笠にきて婚約者をけなすのが君の騎士道だというのならば、私もそうさせてもらうが、どうする?」

 高圧的にそう言うヴィゼル先生の爵位は……公爵。この学園で、最も高い爵位を持つお方。


「男としての矜持きょうじがあるならば、退け」



 静かな声の最後通牒を受け、ゲイツは一度私に目を向けてから背を向けて去った。



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