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20.特訓

 今までさんざん私にべったりだったランは、休み時間ごとに教室を出てどこかへ行ってしまい、接触を恐れていた私は胸をなで下ろした。


 とはいえ、彼女も私に何か思うところがあるらしく。私だけに分かるように、目が合えば睨んだり、さげすんだ視線で口の端を上げたり……その顔を見るたびに、部屋に押しかけてきたときの彼女の恐ろしい怒声と悪意がよみがえって、身が竦む。そして私のおびえを見透かして、彼女がにんまりと笑うの。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「さぁ! コーラルさん、特訓よ!」


 授業が滞りなく終わり、鞄に勉強道具を片付けている私の机の前に、リコルさんが意気揚々と立ちふさがった。

「え? ええと……? 特訓?」

「ええ。今日一日コーラルさんの様子を見て、これしかないと確信いたしましたわ」

 帰宅準備を済ませ鞄を持ったカティールさんもニッコリと微笑み、リコルさんの横に立って私に起立を促した。


 二人に挟まれ寮に戻った私は、動きやすい服装に着替えるようにとリコルさんに指示され、何がなんだか分からないけれどとにかく急いで、一番動きやすいワンピースと運動しやすい靴を履いて部屋を出た。

「うーんやっぱり、そういうのしか無いよね。わたしの貸してあげるから、これに着替えてきて」

 部屋の外で待ち構えていたリコルさんは、まるで男の子のようなズボンと、お尻まで隠れる長めのシャツを着て髪を頭の上の方できりりと一つに縛っていた。

 そして、彼女から渡された服も、同じようにズボンと丈長のシャツだった。

 身長が同じくらいの彼女なので、ズボンもシャツの着丈も合うんだけれど、胸元が少しきついかしら。

 着替えて部屋を出れば、カティールさんも同じように男の子のような格好になっていた。

 そして連れてこられたのは、学園の裏山だった。

「まずは体力作りですわ」

「え?」



 ――問答無用で、走らされました。


 前にリコルさん、後ろにカティールさん、二人に挟まれて必死に足を前に動かす。足の遅い私に合わせてくれるのが申し訳なくて、荒い息で切れ切れになりながら二人に先を促しても、笑顔で断られ。足がもつれて一歩も前に進めなくなるまで走らされました。

 口の中に鉄の味がします。こんなに汗をかいたのも……そもそも、物心ついてからは走ったこともありませんもの。


 木の根元に縋り付くようにへたり込み、肩で大きくはぁはぁと息をする私が回復するのを、リコルさんとカティールさんはさほど息も切らさずに立ったままで待ってくれている。

 リコルさんは見るからに体力があるように見えるけれども、おっとりしているカティールさんまで軽々と走っていて。私は自分の体力のなさに愕然とした。


「限界は、それを突破するごとに、強くなれるのですよ」


 息が整ってきた私に、慈愛の籠もったほほえみと共に手を差し出してくれるカティールさんの手を取り、プルプルと震える足に鞭打って立ち上がる。

「頑張ろう、コーラルさん! 体力が無ければ、この先の訓練がよりきついものになるからね」

 リコルさんが両手で握り拳を作って力説してくれるのだけれども……この先の訓練って、何のことかしら?



 夕飯には間に合うように部屋に戻ったのだけれども、一度ベッドに突っ伏してしまえば、起き上がる事ができずに、そのまま翌朝まで眠ってしまった。


 翌朝、ドアをノックする音で目を覚ます。

 身動きが取れない程の筋肉痛に、一瞬呪いを掛けられたのかとすら思ったわ。


 鳴り止まないノック音に、ギシギシと体を動かして、なんとかドアを開ける。

「おはようっ。おっ! 用意できてるねっ。さぁ、早朝練習だよっ」

「きゃぁっ」

 朝から元気なリコルさんに手を引かれ、思わず足がもつれて転び掛けたところを、カティールさんに抱き留められる。

「あらぁ、やっぱり筋肉痛ですわねぇ。お休みになる前に、ちゃんとお風呂に入って揉みほぐさなかったでしょう?」

 昨日、裏山で走り終わってから、確かにカティールさんにそう言われていたけれど、それどこではなく眠ってしまっていた。

 体中痛くて身動きもままならない私を、二人がかりでベッドに運ばれ、そしてそのまま二人に体中揉みほぐされた。



「これをすれば、取りあえず体を動かせるようにはなるから!」

 右半身をリコルさんに。

「動くようなればこっちのものですわ。筋肉痛は筋肉痛で相殺ですよ」

 左半身をカティールさんに、揉みほぐされる。


「ふあぁぁぁ~……ぁんっ」

 あまりの心地よさに骨抜きになり。体がほぐれ、手が離れるときには思わず「もっと」とお願いしたくなった程だった。



 そして、清々しい朝の空気の中、昨日と同じように裏山を三人で走りました。

 昨日よりも走れるようになった気がします。

 カティールさんの言った「限界を突破するごとに強くなる」というのは、本当なのかもしれません。


 ただ、授業中に筋肉痛のぶり返しが来て、悶絶してしまいましたが。――それも五日も続ければ体は慣れたのですけれど、今度は集中力を欠いたせいで勉強に遅れが……。


「古代魔法史と精製術の授業は捨ててもいいんじゃない?」

 リコルさんはそう言うけれども、古代魔法史は過去の偉人達が作り上げてきた歴史を学ぶロマン溢れる授業だし、純度の高い魔法薬を作る為の精製術だって大事な授業だわ。

「うふふ、リコルさんはそれに追加して、近代魔法史と魔法薬の授業も捨ててますものね」

「てへっ」

 カティールさんの言葉に、肩を竦めるリコルさん。

「いいの、わたしは実用魔法を習得するために、ここに来てるんだから」

 むんっと胸を張るリコルさんに首を傾げる。

「実用魔法?」

 初めて聞くその言葉に、我が意を得たりとリコルさんが説明してくれる。

 たとえば、洗浄の魔法というのを応用して衣類をより綺麗にお洗濯したり、火を焚かずに湯を沸かしたり、お布団をふかふかにしたり、氷の魔法で夏でも氷菓子を作ったりと、魔法でできる便利なことはたくさんあるらしい。

 実用的な魔法、略して実用魔法なのだと、リコルさんが胸を張る。


「何より重要なのは、魔法の精度なんです。いかに正確に威力を調節できるかに掛かってるんですよっ」

 そう力説するリコルさんに、カティールさんはため息を零す。

「リコルさんが最も不得手とするところなんですけれどね。ほら、リコルさんは、とても大雑把だから」

「てへっ! 今の目標は風と火の魔法を同時に操って、洗濯物を一気に乾かすことです!」

「とにかく魔力の調整を覚えなさいね。この前、火と風を同時にやって炎の竜巻ファイヤーストームになってたじゃない」

「てへっ」

 ……リコルさん、それはテヘッで済む事なのかしら……。


 でも、待ってよ? 家事仕事をするのに便利な魔法ということは。私が、フレイムの元で働く事になったとき、とても役に立つのではないかしら。

 そうよ! 下働きをするなら、きっととても役に立つに違いないわ。


「リコルさん! 私も! 私も家事で使える魔法を覚えたいわ!」

 目を輝かせてそう言った私を、カティールさんとリコルさんはビックリしたように見たが、すぐに嬉しそうに笑って頷いてくれた。

「一人より二人でやるほうが、やる気が出るってものだもの! 一緒に頑張ろうね、コーラルさん!」

「お嬢様の覚えるような魔法ではないのですけれど。コーラルさんが覚えたいのでしたら、私が趣味で編み出した便利な魔法を全部お教えしますわ」

 優しい二人の友人に、涙が出そうになるほど嬉しくなる。


 記憶にある私は級友と馴れ合う事はせず、婚約者であるゲイツの心を奪ったランをひたすらに憎み、どうすれば彼女を苦しめることができるか、そればかりを考えていた。

 授業中も、休み時間も、寮に帰っても……正に寝ても覚めても、彼女を見れば尚更に憎悪が沸き。自分がゲイツと一緒に居ても、彼の手が彼女に触れたのを思い出せばその手に触れるのも嫌悪し、彼が私に気を遣って街に誘ってくれても、彼が彼女と一緒に歩いた街並みなのだと思えば、苦しくて悲しくてとてもじゃないけれど楽しい気持ちになんてなれなくて。


 そんな私と居るのが苦痛になったゲイツは、ランとの逢瀬を繰り返す。


 私が悪かったのかしら……。私が、我慢すれば良かったの? そうすれば、彼が私から離れることもなく、私は半死半生の目にあいながらの覚醒もしないで済んだのかしら。


 親同士の決めた婚約だったけれど、私は彼に確かに好意を寄せていたはずなのに。ランの事も、大事な友人だったはずなのに。



 憎しみに塗りつぶされた私は……心の中で、何度も二人を殺していた。



 だけど、今はリコルさんとカティールさんが居てくれる。彼女達が、余計な事を考える暇がないくらい、忙しく私を連れ回してくれるから。

 私の心は憎しみに塗れること無く、こうして前を向いていられる。


 彼女達にはいくら感謝してもし足りない。


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