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19.朝食

 翌朝、ランを脅える心を奮い立たせ、きっちり制服を着て髪の毛を後頭部の高い位置で一つに結わえて背中に流す。


 意を決して向かった食堂で、私は満面笑顔のリコルさん達に迎えられた。

「コーラルさん、こっちこっち!」

 食事の乗ったトレイを持った私を彼女は手招きしてくれる。彼女達の笑顔に笑顔を返し、ありがたく同席させてもらう。

「お父さんに会えた? 久しぶりの実家だったんでしょ?」

「ええ、久しぶりに会えましたわ。やっぱりちゃんと帰らないと駄目ねぇ」

「ウチの父様も、帰らないと、すぅぐいじけちゃうんですよ」

 リコルさんとよく一緒に居るおっとりした侯爵令嬢のカティールさんがふんわりと笑う。

 あまり話をしたことが無かったけれど、彼女の優しい雰囲気はなんだかとても癒やされる。

 三人でおしゃべりをしながら食事をしていると、食堂の入り口が少し騒がしくなり、そちらに目をやったリコルさんの表情が消え目がすーっと細くなった。

「リコルさんどう――」

「あら! コーラル、おはよう! 丸二日も反省房なんて……本当に、なんて言ったらいいか」

 忙しない足音がして背後から聞こえた声に、リコルさんと同じで私の表情も無くなる。私が口を開きかけたとき、リコルさんがほほえみを浮かべてランに首をかしげてみせる。

「何をおっしゃっているの? コーラルさんは、反省房になんか入っていないわよ? だって、一昨日はわたしと一緒に町に出ましたもの」

「は? ああ、お優しいのねリコルさんったら。コーラルと口裏を合わせて、あの事を無かったことにしてあげるなんて!」

 私だけじゃ無くリコルさんまで貶める事を言う彼女を無視できなくて、振り向けば彼女の後ろにゲイツとジャンクルーズ殿下、そして殿下の親友でいらっしゃるカンドリック様が近づいてきて立ち止まったところだった。


 ランはもう、彼らと仲良くなったの……?

 記憶の中の彼女は、現時点で彼らと面識はあっても、食事を共にするほど親しくはなかったはずなのに。

 それに……私を見る、ゲイツの目が冷ややかに感じる。

 思わず黙り込んだ私を、彼女はいつもの笑顔で見下ろしている。彼女の笑顔にゾッとする日が来るなんて思わなかった。彼女はあの笑顔のまま、罵声を吐ける事ができるということを知るまでは。


「あのこと?」

 やってきた殿下の耳にも彼女の言葉が入っていたらしく、殿下がランに向かって尋ねれば、ほんの一瞬逡巡してみせたランが戸惑うようすで口を開く。

「ええ、休みの初日に、彼女、無断で街に出かけてしまって。あたしも一緒に出かけたんですけれど、あたし、彼女が届けを出してないなんて知らなくて。ヴィゼル先生に彼女と出かけたことを言ってしまったの。それで、彼女……無断外出のとがで」

 言葉を濁したけれど、無断外出は反省房行きだと言うことは周知の事実。暗に私が反省房に入っていた事を教えていた。

 それにしても……なるほど、彼女は自分だけ外出許可を取って、私には無断外出を勧めていたのね。呆れて言葉も出ないわ。

「伯爵家に嫁ぐ予定の者が、反省房に入る等……」

 ぼそりとゲイツが零した言葉に、胸の中がじわりと冷える。

「反省房になんて入ってないって言ってるでしょう! アンタ、コーラルさんの婚約者なのに、他の女とデートしておいて何よその言いぐさ!? アタマいてんじゃないの!」

 ガタンと椅子を蹴って立ち上がったリコルさんが、猛然とゲイツに食ってかかる。

「なっ!? き、貴様っ――」

「リコルさん、言い過ぎですよ! ゲイツも女性の挑発に乗らないでくださいっ」

 立ち上がってテーブル越しにリコルさんをたしなめてから、振り返って眉を逆立てる彼をなだめる。

 カティールさんも立ち上がり、やんわりとリコルさんの口を両手で押さえていた。もごもご聞こえるから、きっと何か言っているのね。

「ゲイツ、私確かに一度反省房には行きましたけれど、ちゃんとヴィゼル先生とお話をして、誤解が解けて寮に戻ることができましたの。だからデートは問題なく行けたんですけれど……何か行き違いがあったようですわね?」

 聞き耳を立てている周囲に広めるような話ではないので、彼に聞こえるだけの大きさでそう伝えれば、彼よりも近くに居るランの顔色が変わった。

「何を言ってるの? 貴女あなた、反省房の中からあたしにゲイツ君への伝言を頼んだじゃないの! だから、あたし、ゲイツ君と――」

 声を荒げる彼女に視線が集まり、気づいた彼女は慌てて言葉をひかえたけれど、今更だわ。

「コーラル、君は彼女が嘘を言っているというのか?」

 ゲイツが咎めるような口調で私に話しかける。


 ああ、貴方は彼女の言葉を信じたいのね?


 彼女の視線に萎えそうになる心を奮い立たせ、彼の言葉に頷く。

「ええ、私はランさんに伝言を頼んだ覚えはありませんわ」

 はっきりと言い切った私に……彼女はポロポロと涙をこぼした。

「そ……んな……っ。コーラルが、お願いするから……あたし……っ」

 嗚咽までつけて両手で顔を覆った彼女の肩を、隣に立っていたゲイツが両手で支え。その瞬間に、彼の胸の中に飛び込む彼女。



「……なんの茶番かしらぁ……」

 ランが悲劇を演じているのを見ながら、ぽそっと小さな声でカティールさんが零したけれど。ええ、本当に、ね。


 こちら側の白けた雰囲気を察したのか、宰相の子息であるカンドリック様が動き、ゲイツと彼女に手を掛けて強引に二人を引き離す。

「いい加減にしろ。公衆の場で、やっていいことと悪いことがあるだろう」

 私も思わず頷きそうになってしまいましたし、リコルさんはカティールさんに口を押さえられたまま思い切り頷いていました。殿下も居るのだから、あからさまにしては駄目だったら、もう、リコルさんったら。

「リック、あちらの方が空いているようだ」

 ジャンクルーズ殿下が離れた席を示せば、カンドリック様は上手くラン達二人をそちらに誘導してくれた。

「あの二人はこちらが引き受けよう、一緒の席にはなりたくないだろう?」

 いたずらっぽく片目を瞑ってみせてくれた殿下に、スカートをつまみ、小さく膝を曲げて感謝の意を示す。

「ご配慮、痛み入ります」

「どういたしまして」

 小さく手を上げて、三人の後を追う殿下を見送ってから、私も自分の席に座る。

 カティールさんに口をふさがれていたリコルさんもおとなしく席に座り、目をキラキラさせて私の方へ顔を寄せてきた。

「ねぇねぇっ! わたし殿下とこんなに近くになるの初めてだったけど、あんなに気さくな人だったのね。全然知らなかった」

「あら、私もよ。お話しするの初めてですもの」

 ウチのような成り上がりの一代男爵の家は、たとえ夜会でご一緒することができても、挨拶すらできないということを伝えれば、リコルさんが「そんなもんなんだー」と妙に感心してくれた。

 私の記憶の中では何回か会話した事があるけれど。それは良い会話ではなかったわ。

 卒業試合で、ランを……亡き者にしようと巨大な炎の龍を作り上げた私を、殿下やカンドリック様それにゲイツや先生達が取り囲み一斉に……。確かその時に、何か話をした気がしたけれど、覚えていない。大事な事だったはずなのに。


 食事に集中するふりをして、記憶を思い返して目を伏せていると、ふと視線を感じて顔を上げれば、少し離れたテーブルに居たヴィゼル先生と目が合った。

 心配そうな顔をしている彼に、小さく笑って大丈夫である事を伝える。

 きっと、さっきのランとのやりとりを見て心配してくれていたんだろう。だけど、先生が出ると事が大きくなるからと我慢してくれたのかしら?


「前からそうでしたけれど、ラン・クレイロールさんの行動は、悪化してますわねぇ」

 食事をしながら、カティールさんがそう零し、リコルさんも大きく頷いた。

「前から……ですか?」

 初めて聞くその話に驚いた私に、カティールさんは頷いてみせた。

「彼女はまず最初に貴方を囲い込みましたから……。知らなくても仕方ありませんわ。クラスを纏めていた貴方を取り込み、自分だけを見るように操作し、さり気なく貴方を孤立させていましたわ。他の方は、気にしていないようでしたけれど。気にしてみれば、酷く不自然な振る舞いが目に付きましたもの」

 冷静な彼女の言葉に声も出ない私をリコルさんが申し訳なさそうに見つめる。

「本当はもっと早くに、教えてあげたかったんだけど。あの子、先回りするのが上手くて。ごめんねコーラルさん」

 謝罪までしてくれるリコルさんに、大きく首を横に振る。

「そんな……っ。こうして、居てくださるだけで、十分です。ありがとうございます、カティールさん、リコルさんっ」

 彼女達が私のことを気に掛けていてくれたなんて、今まで知らずにいたわ。

 なんてありがたいことでしょう!

 思わず目に涙が潤んだ私の手を、身を乗り出したリコルさんがぎゅっと掴んだ。……え?


「全然、十分じゃありません。だから、わたしたち決めたの。貴女を力一杯、支援するって!」


 目をきらきらさせる彼女とその横でお淑やかな笑顔を向けるカティールさんに、どうしてかしら? 背中を冷や汗が流れるの。


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