18.休日8
翌日、昼過ぎまでお父様を待ってみたけれど帰宅されず、仕方なくそのまま魔法学園に戻ることにした。
彼女の居る場所に戻るのは嫌だったけれど、どうしたって顔を合わせないわけにはいかないもの。
針仕事の得意なメイドに今ある服を同じような雰囲気に仕立て直して貰う事にしたので、フレイムに買って貰った服は見本として実家に置いて、いつも通りの体型を隠すゆったりとした服を着て学園へと戻った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あら! コーラル、お帰りっ! 反省房は辛かったでしょう? あたしの差し入れはおいしかった? うふふふっ」
寮に戻るとホールで待ち構えていたラン・クレイロールに捕まった。
見たくも無い彼女の笑顔から顔を背け、彼女を無視して女子寮の自室へ向かう。そんな私の後ろを、彼女はちょこまかと追いかけてくる。
部屋に入ってしまえば大丈夫だろうとドアを開けてホッとした私の背中が、突然強い力で突き飛ばされ背後でドアが閉まる音がした。
「ちょっと、なに無視してんのよ? あんた何様のつもり?」
聞こえた声に、床に這いつくばったまま振り返れば、ドアの前に腕を組んだ彼女が立っていた。
その威圧感に怯えてしまう心を歯を食いしばって堪え、ゆっくりと立ち上がる。
「ああそうだ。約束通り、あんたの彼氏とデートしてきてあげたわよ? 彼なかなかステキな喫茶店とかお店知ってるのねー? ああ、あんたはまだ連れて行って貰ったことなかったんだっけぇ?」
あざ笑うように口を歪める彼女に寒気を感じながら、息を一つ吐いて顔を上げる。
「彼は私の婚約者なのよ? 少しは考えて行動したらどうなの? 貴方も貴族の娘なら、他人の婚約者を連れて歩くなんて真似、はしたないと――」
「あははは! なにそれ! 負け惜しみ? 優等生のコーラルさまから見ればそうでしょうね! でも、最後に笑うのはあたしよ! あんたみたいな、華も無い、ガリ勉の日陰オンナ、誰にも愛されるわけないでしょうがっ! そのぐらい理解しなよ。ほんと、何のためにそのアタマ付いてんの!? 飾りじゃないのぉ?」
突然大声で笑い出した彼女に言葉を遮られ、そして大声で……今まで誰からも掛けられたことの無いような酷い言葉で罵られて、息もできない程驚く。
「やぁっと気づいた? あんたは、あたしの人生を引き立てるだけの脇役オンナなのよ! ゲイツはもうあたしにメロメロだし、今日会ったジャンもリックも良い感じだし! ああん、ゲイツが焼き餅を焼かなきゃ、彼ともお知り合いになることができたのに! 本当に惜しいことしちゃったわ! ほんと、あんたの彼、使えないわよねぇ。あんたと同じで! ある意味、お似合いだったかもね! あはははは」
笑いながら近づいてくると、動けなくなった私の襟首を掴みあげる。
「ねぇコーラル、ゲイツはもうあたしのモノなの。アナタがこれから、どれだけ足掻こうと、無駄よ。あたしは、アナタの不幸を踏み台にして幸せになるんだもの」
愕然とする私を突き飛ばして後ろ手でドアを開けると、にっこりと太陽のような笑顔を私に向けた。
「反省房じゃゆっくり休めなかったでしょ? 今日は夕飯なんて食べないで、ゆっくり休んでらっしゃいね?」
弾むような声でそう言うと優しくドアを閉め、足音も高らかに廊下を歩いて行った。
彼女の悪意を目の当たりにした体の震えが止まらない。
今まで聞いたことも無い怒声、罵声に心臓がすくみ上がった。
荒っぽく掴まれた襟首、蔑む彼女の視線、低く凄味のある声……すべてが恐ろしかった。
「……フレイム…っ」
助けて、と零れそうになる声を、寸前で飲み込む。
駄目よ……こんなことで彼を頼るようじゃ、彼に雇ってもらえないわ。あんな罵声で駄目になるような弱い私では、彼の元で働けるわけないじゃない。
這うようにしてドアにたどり着き、手を伸ばしてドアの鍵を掛けてやっと体の強張りが少し解ける。
ドアに背中を預け、安堵の息を吐いて……息すらまともにできていなかったのに気づく。
もっと、もっと強くならなければ。
悔しさに溢れる涙を、スカートの膝に吸い込ませた。