17.休日7
「コーラル! 元気だったか! ああ、ちょっと見ぬ間に綺麗になったなぁ」
夕飯の前に帰宅したお父様にぎゅうぎゅうに抱きしめられる。
「お父様もお元気そうで嬉しいわ。この半年、全然帰って来ないでごめんなさい」
「いいんだ、いいんだ! コーラルが元気なら、それでいい」
抱擁を解いて夕食の席に着き、和やかに食事をする。
デザートを待っている間、ふと気になった事をお父様に尋ねた。
「お父様、ところで何故メイドを増やしたのですか? それ程、人手が足りないとは思わなかったのですが」
「ああ、その事か。実は知り合いの伯爵家から頼まれてな。一年だけ彼女達を雇うことになったんだ。元は伯爵家のメイドだけあって、しっかりしているだろう?」
そう嬉しそうに話すお父様に、曖昧に微笑んでみせる。
その伯爵家からの紹介だというメイドがここにも給仕で一人居るので、込み入ったことを話すのは憚られた。
私の記憶では、新しく雇ったメイド達と私が対面するのは、私が覚醒で負った火傷のショックで……ハースラ先生の治癒ですら完治することが出来なかった火傷は私の左胸から腕、左の頬に爛れた痕となって残った。痛みは無くとも、心が病み、私は半月程自宅で療養した。そもそも、覚醒の原因が『観月祭』で婚約者のゲイツとランが睦まじくダンスをしているのを見たためだ、あの日がゲイツからの決定的な決別だった。
それまでもランを虐めていた私だったが、あの日を境に手段を選ばなくなっていく。
そして……卒業試合の日に、殺される未来へと続くのだ。
いや大丈夫、今度は絶対に生き残る! そう思い直し、胸元に拳を当てて辛い記憶に引きずられそうになるのを、堪える。
「折角、コーラルが帰ってきたのにゆっくり時間が取れなくてすまないな。新しい事業で、隣国との取引が大詰めなんだ。これが成功すれば、もっとお前に金を残してやれるし、何より世の為になる大仕事なんだ」
「世の為、ですか?」
食後のお茶を飲んだ後、また仕事に戻るというお父様にコートを渡しながら首を傾げる。
――確か、前の記憶では……お父様は、違法な植物を取引していたとして、卒業試験の会場で隣国の王子に罪を言い渡されていたはず。
だけど、今、お父様は『世の為になる大仕事』と、憂いの無い目で言っていた。
ということは、もしかして、私の知る未来ではなくなっているの?
「詳しいことはまだ明かせないが、君のお父様は、なかなかすごいんだぞ」
そう言って、私に片目を瞑ってみせる愛嬌たっぷりの様子に、ああ、何も心配は要らないんだと安堵する。
「はいっ! 私のお父様は世界一ですもの。無理はしないでくださいね」
コートを着たお父様の頬に、背伸びをしてキスをする。
「ありがとう。行ってくるよ」
意気揚々と出かける大きな背中を見送ったけれど……胸の中に小さく残る澱は、消えてくれなかった。