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15.休日5

「あらまぁ! お嬢様、ずいぶん垢抜けなさって! まるでお姫様みたいですよ」


 事前に帰宅する連絡をせずに帰った実家で、出迎えてくれた古参のメイドであるマコットが褒めちぎってくれる。

 照れくさくて、頬を熱くさせていると。わいわいと使用人たちが集まってくる。

「お嬢様がいつ帰ってきても良いように、ちゃんと部屋も整えてありますよ」

「ちょっと見ない間に綺麗になっちまって」

「お嬢様! 本当にお綺麗ですよ! お嬢様はこういうはっきりした色合いの服の方が似合うんですって! ねっ! 言ったとおりだったでしょ?」

「それに、姿勢も良いから、こういうスラッとした形の服がよく似合うんです」

「そうそう、せっかく有るモンは、しっかり見せなきゃな! 俺たちの目の保よ……」

 最後の言葉にパカーンと頭を張る音が被さり、玄関ホールに笑い声がはじける。


「何を騒いでらっしゃるんですか」


 水を差す声がホールに響き、一斉に階段上に視線を向けた。

 我が家に勤める使用人の制服を着た中年の女性が、こちらを見下ろして立っている。

 思い出したくない記憶の中で覚えている彼女の姿に、気を引き締めた。


 記憶の中の彼女達はお父様と私に取り入って、この屋敷を牛耳っていた。

 当時の私は、尊大な振る舞いを高貴な立ち居振る舞いであると誤解したまま彼女に憧れ、彼女のような振る舞いを目指しそして実行していた。


 だけど、今の私には、彼女の姿が高貴であるとは思えない。


「ねぇ、ハルバード。彼女はどなた?」

 勿論彼女の名も知っているけれど、そんなことはおくびにも出さず私の側にいた執事に顔を向ける。

「旦那様が新しく雇ったメイド達の長でございます、お嬢様」

「あらそう? 何人ぐらいお増やしになったのかしら?」

「五人新たに入りました。後で顔を見せに参ります」

 笑みを消しすました顔で答えたハルバードに頷き、階段の上に視線を向ける。

「そうね、家人の顔も分からないようでは、困るものね?」


 女に向かってクンッと顎を逸らし、降りてこいと命じる。

 一瞬真顔になった彼女だったがすぐにその表情を消し、滑るような足取りで私の前にやってくると、膝を小さく折り淑女の礼をして、愛想の良い笑顔を私に向けた。

「お嬢様とは気づかず、失礼を致しました。ふた月程前より雇っていただいております、マリーと申します。よろしくお願いいたします」

「マリーね。私はコーラルよ」

 私が微笑んで名乗れば、それはもう嬉しそうに笑みを浮かべる。

「コーラル様でございますね。私共は、以前伯爵家で働かせていただいた経験がございますから、なんなりとお申し付けください。過不足無くお仕え致しますわ」

 上位の爵位の家に勤めていたことを披露し、自分の身分が高いように見せようとしているのかしら。


 彼女の堂々とした態度や物腰に臆して、そして心酔したこともあった過去の自分を思い出し、胸の中が苦さでいっぱいになる。そうだ……私はあの時、彼女の言葉に酔って昔から居る使用人のみんなを虐げたんだったわね。


 周囲に目をやれば、胸を張る彼女に古参の使用人達は目を伏せて距離を取っている。

 彼女はすでに、この屋敷の中で優位に立ってしまっているのだろうか。一度目を瞑り、それからしっかりと目を開いて彼女の濃い灰色の瞳を見る。

「あら、伯爵家を出されて男爵家うちにいらしたの? いったいどんな粗相をなさったのかしら? 我が家が男爵であると侮らず、しっかり勤めてくださいね」

 口元に笑みを作り、にっこりと微笑む……目は笑わずに。

「なっ……! なんて失礼な事をっ! 使用人にも心を配るのが主人というものでしょう!」

 簡単に色めき立つ彼女に、これほど簡単に崩れる人だったのかと内心驚く。

 胸を張り、心持ち顎を上げ、そしてうっすらと目を細める。これは昔、目の前に居る彼女に習った『身分の低い者に向ける』蔑みの視線だ。

「貴方、本当に伯爵家で使われていた人なのかしら? 主人に対する言葉すら知らないのに? お父様に聞いて、貴方の後見について確認しておきますわね。もう行っていいわよ」

「そうさせて頂きますわ。私、仕事が残っておりますのでっ」

 優雅とは言えない一礼をして、逃げるように廊下を歩いて行く背中を見送る。


「お嬢様。彼女は、旦那様が特に目を掛けてらっしゃる方なので……」

 ハルバードが迂闊に無下にしてはいけないと、忠告してくれる。

「そうなの? お父様ったら、見る目がないわね。そういえば、今日もお父様はお仕事なのかしら?」

 部屋へと向かいながら、一緒についてきてくれる彼に尋ねれば、そうですと返される。

「連絡は出しておきましたので、夕飯までには戻られると思いますよ。旦那様は、お嬢様が帰られるのを楽しみにしてますからね。もちろん私たち使用人一同もですよ」

「……うん、半年も帰らなくてごめんなさい」

 素直に謝れば、眼鏡の奥の彼の目が優しく弧を描く。

 私が子供の頃から執事をしている彼は、私の第二のお父様のような人だ。幼い私に文字や計算を教えてくれたのも彼だった。

「今度から、なるべく帰ってくるわね」

「お嬢様にはお嬢様の社交があるのは分かっておりますので、無理はなさらないでください」

「無理じゃないわ。今まではちょっと手の掛かる転校生の相手で、なかなか休みも出られなかったのだけれど……。ほら、一度連れてきたことがあったでしょう? ラン・クレイロールさんっていう元気な子よ」

 苦痛を隠しつつ彼女の名前を出せば、彼の眉間にうっすらと皺が寄った。

「彼女ですか。彼女は、たまにこの屋敷に来ておりますよ」

「え?」

「この屋敷の書庫の本を借りに。お嬢様に頼まれたと」

 彼の言葉に気が遠のきかけ、ふらついた体を支えられる。

「わ、たし。そんなこと、頼んだりしていないわ。まさか、そんな……」

「大丈夫ですか、お嬢様。ともかくお部屋へ」

 抱えられるようにして部屋へ入り、ソファに座らされた。


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