14.休日4
「フレイム、この服の代金……っ」
店から離れたところで、そう言いかけた私の唇を彼の指先に止められる。
「俺が着てほしいから、俺が出すのが当然だ。――本当は、アイシスの趣味じゃないだろ? こういう服は」
そう言われて、思わず黙ってしまう。
……本当は、こんな風に体の線がわかる服は苦手。なんだか、品が無いような気がしていたから。
だけど、体型に合った服は動きやすくて……。普段手に取ることのない色のせいか、気分も明るくなる気がするし……試着部屋で見た鏡に映った自分が、なんだか大人っぽいステキな女性に見えたの。
逡巡する私の、彼の肘に絡ませた手を宥めるように、軽くぽんぽんと叩かれる。
「無理に着せて悪いな。だが、似合っている。この服を着た君と歩けて、光栄だ」
そう言ってくれる彼に、この服が嫌なわけでは無いことを伝えたくて、彼を見上げて微笑む。
「あの、ね。少し恥ずかしいだけなの。貴方が着せてくれなければ、私、一生こういう服を着ることはなかったわ。これからは、自分でもこういう服、買ってみようかしら」
胸の大きさとか腰まわりがしっかりしているところを気にして、それを隠すばかりでは駄目なのだと気づかされた。
「ありがとうフレイム。私、貴方に導かれてばかりだわ。本当に、どうやってこのご恩を返せばいいのかしら」
頬に手を当てて思案する私の腰を彼は少し強引な強さで引き寄せ、片手を添えて私の顔を上げさせた。
「体で返してくれてもいいんだぞ」
体?
ああ、そうよね! 彼が望むなら、それはとても良いお話だわ! フレイムは身分がある方のようだし。本当に彼ったら、なんてすばらしい人なのだろう!
「貴方が望んでくれるなら、誠心誠意仕えさせていただきます! 下働きでも何でもかまいません。学園を卒業したら貴方の元で働かせてください。貴方からいただいたこの命を懸けて、精一杯頑張ります! 貴方の事を守れるように、今からもっともっと鍛えて参りますから!」
とっさに口から出てしまったけれど、後悔は無い。
記憶の通りならば、私は近い将来ゲイツに婚約を破棄される。今日の二人の様子を見ていても……その事実は変えられそうにないと、そう思う。
彼のお嫁さんになれないのがわかっているのならば、別の未来を望んでもいいわよね。
絶対に生きて卒業するの、そして、命の恩人である彼にご奉公するのよ!
「…………」
頬に添えられていた彼の手を取り決意を伝えた私に、彼はなんとも言えない表情を浮かべていた。
え? あら? もしかして、違うの……?
「あ、の……。私、貴方に補助していただいたお陰で、炎の覚醒もしておりますし。ここ数年は風邪も引いておりませんから、体も健康です。体力は心許ないので……卒業するまでに、もっとつけますから。だから、貴方のお側で働かせてはいただけませんか?」
請い願うように彼の手を両手で包みこんで胸元に抱え込み、必死に訴える。
「貴方は、かけがえのない、私の恩人なのです」
私が突き落とされるはずだった未来から逃げる術を与えてくれたフレイム。
大切な私の恩人が、少し引きつった顔で私を見下ろす。
「……アイシス。熱烈な告白は嬉しいが、できれば二人きりの時にしてほしかったな」
言われて、はたと周囲に目をやれば。
少し離れた場所から、多くの人の視線を集めていた。じろじろ見られているわけではないけれど、女性同士で買い物をしている若いご婦人方や、ご婦人連れの紳士まで……こちらに好奇の目を向けているのを知る。
「あ……わ、私……っ」
一気に顔に熱が上がり、恥ずかしさの余り目に涙が浮かぶ。
助けを求めるように彼を見上げれば、真摯な深い青味が掛かった緑の瞳に捕まった。
「いつか、君が俺の名を知った時、それでも君がその真っ直ぐな思いでいるなら。君を俺のものにする。いいか?」
予言のような約諾を促す彼の静かな言葉に、ゆっくりと頷いてみせた。
「悪ぃな! 待ったか? あれ? なんだお前、また女の子に声かけてんのかよ」
突然割って入った明るい男性の声に、思わず硬直してしまう。
フレイムの肩に手を掛け、親しげな様子で彼に声を掛けたのは、薄茶色い髪を後ろ頭でひっつめた青年だった。
どこかで会ったことがあるような、無いような、不思議な顔立ちの青年の言葉に、胸の奥がざわめいた。
「お前か。なんの――「すまねぇ! ちょっと出るのに手こずっちまってよぉ。さ、もう良い時間だ、早くしねえとな!」――分かった。アイシスすまないな」
フレイムの言葉を遮る青年に、彼は一瞬苦い表情をしたが、最後には私に別れの言葉を告げた。
「いいえ、お気になさらずに。では、またご縁がありましたら」
私は胸に支える苦い気持ちをもてあましながら。表情には出さずに微笑んで別れの挨拶と共に膝を軽く曲げ、フレイムが頷いたのを確認してから踵を返した。
先ほどの服屋に預けていた、元着ていた服を受け取る。
一瞬着替えようかとも思ったけれど、彼の元で働くという……未来への決意として今着ている服をそのまま着ていく事にした。
胸を張り顔を上げて、久しく帰っていない実家へと足を向けた。